第30話 木の枝に座る女の子

「兄ちゃん早く!」

「わかったわかった。小遣い貰ったし、菓子買いに行くぞ」


 河岡翔かわおかかける、十歳。

 両親の都合でこの街へと引っ越して来た。


 今日はアパートの鍵の受け渡し日。荷物は既に業者によって運び込まれており、後は荷解きをするだけとなっている。


 母から街に慣れるという意味でお小遣いを貰い、兄のみなとと共に出かけることになった。


 目的地は駄菓子屋。ここに来る途中で、車内から見えた駄菓子屋に翔は目を奪われた。


 母からお小遣いを貰い、さっそくその駄菓子屋へと向かう。


「今どき駄菓子屋があるなんて珍しいな」

「駄菓子屋ってお菓子の専門店でしょ?」


 翔は駄菓子屋を見たのも、行くのも初めてだった。

 対して港は何度か行ったことがある。港が翔と同じ歳の時──正確には五年前までは、駄菓子屋はまだ普通にあった。

 しかし、スーパーマーケットやコンビニという業態が出てき始め、次第に消えていった。

 今となっては絶滅危惧種並に希少となっている。


 ちょっとした坂を下ったところで、大きな公園が見えて来た。

 近づくにつれ、公園から子供の遊ぶ声が聞こえてくる。

 サッカーや野球をして遊ぶ子たちやベンチに座って、駄菓子屋で買ってきたお菓子を食べる子たち。


「よく外で遊ぶよな」

「そう言う兄ちゃんはずっと引きこもってばっかりじゃん」

「俺だって外に出てるぞ。砂漠だったり、廃墟だったり、最近は宇宙ステーションに行ったな」

「それ全部ゲームの話でしょ」


 翔は目を細めて港を見つめた。


「翔もやってみればわかるさ。ゲームは偉大だってことがな」

「ゲームは楽しいけど、一人でしてもあんまりなんだよ」

「翔はまだ子供だな。孤独を知ると楽しくなるぞ。まぁ、冗談だけど」


 ただでさえボサボサな頭を手で掻きながら港は苦い顔で笑った。


「家帰ったらお菓子パーティーだな。菓子食べながらゲームするぞ」

「まじで!」

「おう、まじだ。兄ちゃん最近ハマってるゲームあるから、それを一緒にやるぞ」

「うん!」


 無邪気に笑う翔を、優しい笑みで見守るように眺める港。

 二人は公園を通り過ぎ、そこから少し歩いたところにある駄菓子屋へとやって来た。


「わぁ、ここが駄菓子屋」


 他の家と比べると老朽化の目立つ二階建ての一軒家。その一階が駄菓子屋になっていた。

 中に入ると、数え切れない種類のお菓子が壁一面に並べられてあった。

 その光景に翔の目はキラキラと輝く。


 奥には誰も居ないレジカウンターがある。レジシステムはかなり旧式で、手で数字のボタンを打って清算するタイプのもの。

 もちろん電子決済などには対応してない。現金のみの支払いとなる。


 レジカウンターの奥から襖を開けて一人のお婆さんがのっそりとした動作で出て来た。

 お婆さんは背中が丸まっていて、目元にたくさんの皺が寄っているせいでほとんど目が開いてない。

 そんなお婆さんがこの駄菓子屋の店主だと言うのは言わずもがな。


 お婆さんは座布団の上に正座で座ると、翔と港の方へ孫を愛でるような目で見つめた。

 何を言うでもなく、ただ見つめ、眺めている。


「二千円と言う大金を貰ってるから、一人千円な」

「兄ちゃんこれ十円だよ!?」


 翔が手にしたのは、棒状のお菓子。味の種類が豊富で、たこ焼き、めんたい、のり塩、コーンポタージュなど様々。

 そのお菓子の安さに翔はびっくりだった。


 やがてカゴいっぱいにお菓子を詰めた翔は、千円札を持ってレジに向かった。


「ちょうど千円ね」


 お婆さんはカゴの中のお菓子をその細い目で見ると、すぐにそう言った。

 適当なのか、それとも長年の経験なのかはわからない。


 翔はお婆さんに千円札を渡す。

 お婆さんはそれを受け取ると、レジの、会計というボタンを押した。すると下の引き出しがシュッと開き、その中に千円札をしまった。


 港の時も同様で、カゴの中のお菓子を見てすぐに「ちょうど千円ね」と言った。


「よし帰るか」

「うん!」


 お婆さんから貰ったビニール袋にお菓子を詰め終えた二人は、そうして駄菓子屋を後にした。


 その帰り道のこと。

 駄菓子屋に行く途中で通った公園を通りかかった時、ふと、翔は足を止めた。


「翔?」


 隣を歩いていた港も足を止め、翔が見ている方に顔を向けた。


 公園にいくつかある木の中で一際大きくて太い木がある。

 その木の枝に、スケッチブックを膝の上に置いて座る女の子がいた。

 

 翔の視線に気づいたのか、それまで地面をジッと見つめていた女の子が顔を上げた。

 公園の外にいる翔と公園の中の木の枝に座る女の子。二人は離れた位置にいるが、静かに見つめ合う時間が訪れた。


 翔は女の子を見つめながら港に問いかけるように言う。


「もしかして降りられないのかな」

「そうか? 自分で登ったんだろうし、降りられると思うけどな」


 港も木の枝に座る女の子を見てそう言った。


「でも、俺も登って降りられなくなった時あるし」


 小学一年生の時、家族で木に囲まれた自然豊かなところでバーベキューをした際、大きな木を見つけて好奇心から登ったことがあった。

 すいすいとあっという間に高いところまで登ったが、ふと下を見て怖くなってしまい降りられなくなったことがある。

 その後どうやって降りたかと言うと、港が一一度木に登り、そして降り方の見本を見せたことで翔は降りられた。


「気になるなら訊いてみた方がいいんじゃないか」

「うん、ちょっと訊いてくる」

「おう、じゃあ兄ちゃんはここで待ってるな」


 翔はさっき駄菓子屋で買ったお菓子が入ったビニール袋を港に渡し、公園の中に入って行った。

 そんな翔を微笑むように眺めながら港は呟く。


「運命の出会いかな……ゲームでしか見たことなかったけど、もしかしたら、ね」

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