第3話 こうして最初に戻ってくる
とりあえず脱いで、と保坂さんに言われ、最初は上のシャツだけかと思った。
しかし、どうやら違って、上も下も、更には下着も全てだった。
そんなことできるわけがない。
ましてやここは学校。部員たちは帰ったといっても、美術部というのが、他の部と比べると早上がりなだけ。
運動部はまだ残って練習しているし、居残り勉強している生徒もいる。同じ文化部でも、吹奏楽とか演劇などはまだ終わっていない。
美術室の前を生徒が通る可能性は十分にあった。
そんな状況で、服を脱ぐなんてことはできなかった。
というかそもそも女子の前で服を脱ぐなんてできるわけがない。
「それはちょっとできないですね……」
「どうして? 服を脱ぐだけよ」
「いや、服を脱ぐだけって……じゃ、じゃあ保坂さんは脱げるんですか?」
「私が脱いだら脱ぐの? それなら」
「え、ちょ、ちょっとちょっと!」
保坂さんは何の抵抗もなく緑色のネクタイをスルスルと外すと、シャツの一番上のボタンに手をかける。
俺は慌ててその手を掴んで制止させた。
「保坂さんやめましょう」
「どうして止めるの?」
「どうしてって、そりゃ止めますよ。俺男ですよ。それにこんなところで、誰が来るかわからないのに」
「でも私が脱がないと翔は脱いでくれないでしょ」
「何で俺をそんなに脱がしたがるんですか」
こんな簡単に服を脱ごうとするなんて。
保坂さんは一体何を考えているのか。
「私、翔の裸を描いてみたい。それが今の願い。叶えてくれたら、絵が上手くなる効率的な方法を教えてあげる」
「あの、そもそもどうして俺の裸なんて描きたいんですか?」
「私が今描きたいものが翔の裸だから」
「な、なるほど……」
やっぱりわからない。保坂さんが何を考えているのか。
それにこれは取引だ。
保坂さんは俺の裸を描きたい。
俺は保坂さんから効率的な絵の練習法を知りたい。
俺が失うのは尊厳くらいか……。
でも、それだけで効率的な練習方法が知れるのなら。
これは悪魔の取引か。
保坂さんが冗談で言ってるようには見えない。
確かに変なところはあるけど、誰かをからかうようなことをしたというのは一度も聞いたことがない。
ただ裸となると、もし誰かに見られたら……最悪の場合退学なんてことも。いや、猥褻罪で捕まるか。
そうだな。鍵は締めておくか。幸いにも遮光カーテンがあるので、それで締め切ってしまえば外からは見えない。
「わかりました。ただ、パンツだけは流石に」
「小さくて自信ない? 私そういうの気にしない」
「色々気にして下さい。じゃなくて、パンツははいたままでいいなら脱げます」
俺は一体何を言っているのだろうか。
兄ちゃんがよく見ている素人系の動画に出てる女優さんみたいなことを言ってる気分だ。
保坂さんは顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「うん、それで良い。でも脱ぎたくなったらいつでも脱いでもらっていいから」
「たぶんそれはないと思いますけど」
それから俺は制服を全て脱いだ。
ネクタイを外し、シャツを脱ぐ。ズボンのベルトを外してズボンを下ろし、靴下までも脱いだ。
文字通りパンツ一丁。
改めてお腹を見ると、だらしないなぁと思う。
こんなことになるなら、鍛えておけば良かった。
小学校の時はバスケ部に入らされていたから、その時はなかなか良い体をしていた。
中学になってから美術部で、でもすぐに辞めて帰宅部になってからは少しだけ体重が増えた。
「じゃあ、椅子の上に立って」
俺は言われるままに自分が座っていた椅子の上に立った。
保坂さんは俺から数歩離れた位置に椅子を置くと、俺のスケッチブックを手に取って座った。
それ俺のなんだけど。
保坂さんからすればどうでもいいことなんだろう。
保坂さんがジッと俺の乳首をらへんを見つめてくる。
その視線が痒くて、家族に見られるのとは全く違った不思議な感覚だった。
「ポーズは特に要らない。立ってるだけでいい」
「わかりました……」
こうして俺はパンツ一丁で椅子の上に立っているわけだ。
これが終われば、保坂さんから効率的な絵の練習方法を教えてもらえる。
尊厳は失われた気はするが、対価は大きいように思える。
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