第6話 指切りげんまん、破ったら
終わりのホームルームが終わり、部活組と帰宅する組がぞろぞろと教室を出ていく。
それ以外の生徒は居残りして勉強する組か、しばらく談笑に耽る女子グループか。
そして俺はそのどちらにも当てはまらない、屋上へ向かう組だ。
組と言っても俺以外に誰もいないのだが。
そもそもうちの高校は屋上へ上がる階段を封鎖してある。
両端にカラーコーンが立っており、黄色と黒の縞模様の棒で立ち入らないように塞がれている。
ご丁寧に、棒の真ん中に『立ち入り禁止』という張り紙がされてある。
俺はそれを跨いで超える。
なんだか物凄い悪いことをしている気分だ。実際悪いことなんだけど、罪悪感が否めない。
幸いにも先生や生徒がいなかったので、誰にも見られてはいないはず。
階段を上り、屋上に出るドアの前までやって来た。
本来なら鍵がかかっているはずのドアは、ドアノブを回すと簡単に開いた。
鍵は先生が持っているため、ここを開けるには鍵を貰うか、或いは、ピッキングして開けなければならない。
保坂さんならピッキングして開けたと言われても納得してしまうけど、さすがに……ないと言い切れないのが彼女の怖いところだ。やりかねないからな。
ドアを開け、屋上に出る。
一面緑色の床は、たまに清掃員の方が清掃しているため、綺麗に保たれている。
そんな床に仰向けで寝る保坂さんがいた。
大の字になって、ぼんやりと青空を眺めている。
屋上だからか、少し風の吹く勢いが強い。でも、今のこの暑い時期にはそれが心地良かった。寝転んでしまうのも頷ける。
ドアから手を離すと、ゆっくりと閉じていき、ほんの小さなカチャッという音を立てて閉まった。
その音に反応して保坂さんが大の字に寝転んだまま、顔だけをこちらに向けた。
相変わらずやる気をどこかに置いてきた顔だ。陽の光に照らされてもともと白い肌がより白く輝いている。髪の毛の色と同じだ。
保坂さんは全体的に華奢で、色白。
屋上を照らす陽の光は強く、熱中症になってしまうんじゃないかという心配が頭をよぎる。
「保坂さん」
俺がそう呼ぶと、保坂さんは上半身を起こし、気持ちよさそうに両腕を一杯に伸ばした。
「おはよう翔」
「おはようって、もう放課後ですよ」
「おはようはいつ使っても問題ない。それに、翔が来るまでずっと寝てたから」
「ちゃんと水分補給はしてくださいね。風は強いですけど、暑いことに変りないですから」
「心配してる?」
なぜか保坂さんはとても不思議そうな顔をしていた。
俺が保坂さんを心配することが、彼女からしたらあり得ないことみたいに。
「そりゃ心配しますよ。熱中症流行ってますし」
「私と翔ってまだ出会って二日なのに?」
「別に日数は関係ないと思いますけど」
会った回数や日数で親交度が変わるのはゲームくらいだ。
「なるほど……それは考えてもみなかった」
顎に手を当てて思案する保坂さん。
彼女が今何を考えて、何を思っているのか俺にはさっぱりわからなかった。少し、彼女が何を考えているのか知りたかった。と言っても、教えてもらったところで理解できないことばかりなんだろうけど。
「よいしょっ」
そんな掛け声と共に保坂さんは立ち上がった。
お尻についた汚れを手で叩いて落とした後、ふらふらと歩き、フェンスにもたれかかった。
「ふぅ……」
保坂さんは小さく息を吐くと顔を上げ、澄み渡った青空を眺めた。
「そう言えば屋上って入っていいんですか?」
もし先生に見つかったら、物凄く怒られることだろう。特に生徒指導の
「大丈夫。鍵はちゃんともらってる」
保坂さんはスカートのポケットから屋上の鍵を取り出す。それを自身の眼前まで持って来ると、ゆらゆらと揺らした。
「それレプリカとかじゃないですよね」
「作ろうと思えば作れるけど、手間。これは高橋先生からもらった」
「今さらっと怖いこと言いましたね……」
美術室であんな作品を見たからか、鍵のレプリカを作れると言われても出来てしまうんだろうと思ってしまう。
「高橋先生からだったら大丈夫ですね」
それにしても、立ち入り禁止の屋上に入れる保坂さんって。
高橋先生から鍵を渡されてるし、一般の生徒とは待遇が違う。ただその待遇が、問題児扱いなのか、優等生扱いなのかによって変わってくるけど。
「保坂さん、もう逃げ場はないですよ。捕まえたら教えてあげるって言いましたよね。効率的な絵の練習方法を教えてもらっていいですか」
「翔は必死だね」
「それはもちろんです」
「……いいな……」
空を見上げたままぼそりと呟く保坂さん。何を言ったのか声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
訊き返そうと口を開こうとしたら、保坂さんの方が先だった。
「教えてあげる」
その一言で俺は訊き返すのを止めてしまった。
「ホントですね?」
「うん。その代わり、また描かせてもらうから」
「なんでなんですか……」
自分で言うのもなんだけど、俺のパンツ一丁なんて他人に見せられたものじゃない。
でも、保坂さんが描きたいと言うなら、それで教えてもらえるなら、いくらでもパンイチになってやろうじゃないかと。一度なってるし。
「わかりました」
「契約」
そう言って保坂さんは俺に向けて小指を突き出した。少し力を入れただけでポキッと折れてしまいそうな細い小指。
これは、指切りげんまん、というやつか。
「そうですね。契約です」
保坂さんの細い小指に、俺は右手の小指を曲げて絡み合わせた。
すると保坂さんが上下に揺らし、契約の言葉を紡ぎ始める。
「指切りげんまん、嘘吐いたら、身も心ももーらう」
「お、重くないですか……」
それに字余りだし。
「これくらいが丁度良い。別に契約破ってもいいよ?」
「破りませんよ」
保坂さんだったら本当に俺の身も心も全て奪いかねない。それだけのことはしてくるだろう。
「まぁいいや。じゃあ、今日うち来て」
「はい? い、家ですか……?」
「もしかして用事あった?」
「いや、そういうわけでは……」
どうして家なのか。
というより、そう易々と家に招いていいのだろうか。
もちろん何かしようとは思ってない。どちらかと言うと俺の方が何かされそう。
「今日、お父さんもお母さんもいないから、ちょうどいい」
ちょ、ちょうどいいだと……。
保坂さんは何とも思ってないような顔をしているけど、俺からすればかなりドキッとしてしまう台詞だった。
「で、翔は来るの? 来ないの?」
風で靡く髪の毛を、右手で耳裏にかける保坂さん。
「行きます」
効率的な絵の練習方法を知るため。保坂さんなりに何か考えがあると信じて。
「なら来て」
「わかりました」
こうして俺は保坂さんの後をついて歩き、屋上を後にするのだった。
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