第25話 もう大好き!!

 部活の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 いつもならこの後も居残りして絵の練習をしているところだけど、今日は寄るところがあるのでそのまま帰宅だ。


「河岡くんがこの時間に帰り支度してるなんてなんか新鮮」


 荷物を鞄の中にしまっていると、徳永さんから物珍しそうにそう言われた。


「今日はちょっとホームセンターに寄ろうと思ってるから」

「あそこ?」

「うん、あそこ」


 あそこ、と言うのは、学校からほど近い場所にある割と大きなホームセンターのことだ。

 画材道具が充実していることもあり、美術部員が帰り道によく寄っていたりする。俺もあそこでスケッチブックとデッサン人形を買ったことがある。

 でも、今日の目的は台車だ。できれば軽くて持ち運びしやすいものがあればいいけど。


「塾がなければ私も一緒に行きたかったな。買い足さないといけない物あったし」

「塾通ってるんだ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳だね。ってかけっこう大変じゃない? 部活と塾の両立って」


 塾行ったことないから詳しいことは知らないけど、学校で勉強して、放課後に部活出て、部活が終わったら塾に行くってけっこう大変だと思う。


「小学校の時から通ってるから。慣れたらそうでもないかな。あ、でもたまに、サボっちゃおっかなって思う時はあるよ」

「徳永さんでもサボりたいって思う時あるんだ。ちょっと意外だったかも」

「もう、河岡くんは私のことなんだと思ってるの」

「真面目でしょ、聖母のように優しいし、頼りになって、絵が上手くて、あとは──」

「ストップ! ストップ! 急にべた褒めしないで! 照れるからっ」


 慌てて止めに入った徳永さんは、頬を赤らめていた。

 

「も、もう行くねっ。またね!」

「今日もありがとう!」


 今日も徳永さんから色々と教えてもらった。ここ二日間でなかなかに上達したと思う。これも徳永さんのお陰だ。


「どういたしまして!」


 徳永さんは元気よくそう言うと、逃げるように素早く帰って行った。


「さて、俺も帰るかな」


 とその前に……。






「失礼しまーす。保坂さん居ませんか?」


 保健室へとやって来た。

 部活が終わっても保坂さんが来なかったので、きっとここで寝ているのだろうと思った……のだけど。


 保坂さんがいつも寝ているベッドのカーテンは開いていて、パッと見どこにも見当たらなかった。


「あいつなら来てないけど」


 保健師の国近先生は、インスタントコーヒーをスプーンで溶かしながらそう答えた。


「お昼はいましたよね。その後はどこに行ったか知りませんか?」


 お昼休憩に会いに行った時には保坂さんは居た。国近先生のサンドイッチを勝手に食べて怒られていた。

 ハムスターみたいにチビチビと食べていて、小動物みたいで可愛い! と思ったのを覚えている。

 あれからどこかへ行ったみたいだ。


「さぁ。あんたに会いに行ったんじゃないの?」

「いえ、来てませんね。ここに居ないとなると……保坂さんが行きそうなところってあります?」


 美術室、保健室以外で保坂さんが行きそうなところってどこがあるだろうか。

 全く見当がつかない。

 それは国近先生も同じようで。


「さぁ? 連絡先とか知らないの?」

「知らないですね……」


 交換しておけば良かったな。というか、保坂さんの連絡先欲しい。


「あ、もしかして屋上かな」


 本来は立ち入り禁止の場所。鍵が掛かって入れないようになっているけど、なぜか保坂さんはその鍵を手に入れることができて、屋上への立ち入りを許されている。


 たまにあそこで日向ぼっこしていることがある。床に大の字に寝転がって、気持ちよさそうな寝顔で寝息を立てている。

 風が吹いてスカートがひらっと捲れ、危うく保坂さんの下着が顔を出しそうになったこともあった。あの時は心臓に悪かったなぁ。


「屋上見に行って来ます。もしかしたら寝てるかもしれないので」

「こっちも見かけたら確保しとくわ」

 

 なんとも頼もしい。


 それから俺は保健室を後にし、少し急足で屋上に向かった。

 階段を二段飛ばしで上っていると、上から高橋先生が下りて来た。


 高橋先生は俺に気づくと階段の途中で立ち止まる。


「もしかして保坂探してる?」

「はい。保坂さんの居場所知ってるんですか」

「さっき様子見に行ってたからね。保坂ならこの上の空き教室にいるよ」

「あ、そうなんですか!」


 空き教室とは考えもしなかった。

 ここで高橋先生に出会わなかったら無駄足を踏むところだったな、危ない。

 

「なんか珍しく熱が入ってたけど、何かしたな」


 ニヤッと笑いかけてくる高橋先生。


「俺は何も……あ、いや、もしかして……」


 もう作ってくれているのか。

 

「最近保坂と仲良いみたいだな」

「保坂さんがなぜか俺に絡んできてくれるからですよ」

「それだけ興味があるってことだな。先生としてはホッとしてるよ。いつも一人で、友達とか作る気配なかったし。たまに個性的なことするから、それで周りからちょっとした危険人物扱いされて。このまま一人なんじゃないかと心配しててな」

「確かにたまに変なことしますよね」

「そうなんだよ。教室の椅子を全部ひっくり返して積み上げてた時は戻すの大変だったんだから」

「あははは……」


 保坂さんならやりかねない。

 高橋先生も苦労してたんだな。


「だから、これからも仲良くしてあげて欲しい。友達としてでも良いし、何なら恋人でもな」

「こ、恋人!? そ、それはないですよ。向こうにその気がないですし……」

「若いねぇ」

「先生も若いですよね?」


 詳しい歳はわからないけど、二十代だと言うことは知っている。


「学生と比べるとどうしてもね。まぁ、そういう訳だから、仲良くしてあげてな」

「もちろんです! むしろ、俺の方こそ保坂さんと仲良くしたいと思ってますし」

「そっか。なら心配は要らなそうだな」


 高橋先生は俺の肩をポンッと叩いた。


「あんまり遅くならないようにな。あと鍵返すの忘れるなよ〜」


 そう言って高橋先生はそのまま階段を下りて行った。

 その後ろ姿がなんかカッコよく見えた。余裕ある大人の女性って感じで。


 ここか。

 空き教室のドアの前で立ち止まった。


 美術室と同じようにカーテンが閉めきられているので窓から中の様子は伺えない。


 物音は……。


 耳を澄ませてみるけど、外の運動部の叫び声が騒がしくて全く聞こえなかった。そもそもそんなに音が出るようなことをしてない可能性もある。


 まぁ、とりあえず入ってみるか。

 入る前に一応ノックして。

 いきなり開けるとビックリするかもしれないからな。


 そしてドアを開ける。


「っ!?」


 開けた瞬間、目に飛び込んで来た光景に俺は思わず言葉を失い、目が飛び出るんじゃないかと思うくらい見開いた。


「お、俺がいっぱい……」


 至る所に紙で作られた俺の等身大が立っている。

 中には椅子に座って優雅に足を組んでいる俺もいる。


 というか、この数!!

 一体何人の俺がいるんだ……。


 ザッと見ただけでも10体以上はいる。

 そのどれもが有数な美術館に展示されてもおかしくないほどの完成度の高さ。


 そう言えば保坂さんは……。


 教室内をぐるりと見渡すと、机の陰になって床に膝をついた保坂さんを見つけた。

 自分よりもずっと大きな白い紙を、職人のような目つきで一生懸命に折っている。


 折って、折って、広げて、折って、ひっくり返してまた折って……。


「…………」


 俺のためにこんな……。

 あんな真剣な保坂さんを見るのは初めてだ。


 心臓がバクバクと鳴って。手に自然と力がこもった。これは緊張とかではなく、嬉しさと嬉しさと嬉しさと嬉しさと……。

 込み上げてくるひたすらの嬉しさ。


「っ!」


 もう大好き!!

 

 改めて決意したよ。

 俺は保坂さんを振り向かせたいって。

 

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