第26話 一つに決められない
保坂さんは俺がいることに全く気がついていない。
ひたすら、ずっと大きな白い紙を折っている。それだけ集中しているということ。
声をかけようにも、作業の邪魔をしたくないし、いきなり声をかけたらビックリするかもしれない。そう思ってなかなか声がかけられずにいる。
かと言ってここで立ちっぱなしというのも、もしかしたら邪魔になる恐れがある。あと、知らぬ間に人が立ってたら、それはそれでビックリするかもしれない。
気がついたら人がいるって言うのが一番怖いからな。
さて、どうしようか。
俺のためにこんなにも一生懸命作ってくれている保坂さんの邪魔はしたくない。だからと言って、このままそっと帰るなんてことはしたくない。
う〜ん……困ったな。どうにかして気づいてもらえないかな。
なんて一人静かに頭を悩ませていると、俺の気配に気づいたのか、保坂さんが不意にこちらに顔を向けた。
相変わらず瞼が少し垂れ下がっていて、どこかにやる気を置いてきたような目。
でも不思議と、吸い込まれそうで、なかなか目が離せなくなってしまう。
やばい。可愛すぎ!!
床に膝をついて作業していたことにより、こちらを見つめる保坂さんは自然と上目遣いになる。
それがまた堪らなく可愛い。
ずっと、一生見つめていたい。
そんな気分にさせてくる。
「よくここがわかったね?」
「高橋先生に教えてもらったんです。部活終わったのに全然来る気配がないので探してたんですから」
「それはつまり、翔は私ナシでは生きられないということ?」
「ま、またそういうことを言うんですから」
あっぶねぇ!
図星なだけに、反射的に、はい! って告白も同然のことをしでかすところだった。
保坂さん的には冗談のつもりなんだろうけど……ドキッとしてしまう。
「これ全部俺なんですよね」
至る所に立っていたり、座っていたり、あぐらをかいていたりする紙で出来た俺の等身大の模型。
訊いておいてなんだけど、俺だよね?
なんかちょっと不安になってきた。もし違ったら……か、考えたくもないな。
「他に誰がいる?」
保坂さんは不思議そうに首を傾げた。
「ですよね!」
良かった、やっぱり俺だった。
「それにしてもたくさん作りましたね」
もしかしてこれ全部俺にくれるつもりなのだろうか。
流石に持って帰るのに数日は要るな。それに置くスペースをもう一度考え直さなければ。
「翔はどれが良いと思う?」
「え、どれが良いって……」
教室内を占領しつつある紙で出来た等身大の俺。立っていたり、椅子に座っていたり、床に寝転がっていたり、胡座をかいていたりと様々なポーズを取っている。
そのどれもが保坂さんの手で、緻密に、そして丁寧に折られて作られている。
そこに費やした集中力と想像力。それは素人の目から見てもよくわかる。
だから、どれが良いとか一つに選ぶのは非常に難しい。
どれも素晴らしい。というのが俺の答え……なんだけど、きっと保坂さんは納得してくれないだろうな。
でも、はぐらかしたくないし、ここは正直に。
「どれが良いとか俺には選べないです。だって全部良いですし」
「強いて言うなら? 全部良いって言う中の最も良いのはどれ?」
「も、最も良いの……そうですね……」
なんとも難しいことをおっしゃる。
保坂さんは、この中からどうしても一つ選んで欲しいみたいだけど、本当に全部同じくらい良くて、一つとなると決められない。
俺がなかなか決められないでいると、保坂さんが徐に立ち上がった。
ゆっくりとした足取りで近くの、直立のポーズを取った紙で出来た俺のもとへと近づいた。
そして、ビリビリビリ……。
静かに腕の部分を破き始めた。
「保坂さん!? な、何を血迷ってるんですか!!」
「何? どうしてそんなに慌ててる?」
「そ、そりゃ慌てますよ! どうして……俺の腕が……」
時すでに遅し。
紙で作られた俺の右手は無惨にも引きちぎられてしまった。
追い討ちをかけるように、引きちぎられた右手は保坂さんの手によってさらに細かくビリビリに破られ、ゴミ箱に捨てられる。
なんと無惨な……もうこうなっては修復不可能だ。
俺がなかなか決めなかったから、保坂さんは怒って。
でも、全部素晴らしくて、一つに決めることなんて俺には出来なかったんだ。
右腕をちぎられ、左腕だけになった俺を見つめていると、次は保坂さんの手によって頭を握り潰された。
「おうっ」
自分がされているわけではないのに、思わず、反射的に後退してしまう。
「保坂さん落ち着いて下さい。俺がなかなか決めなかったのは、この作品たちが気に入らないとかそういうのではなくて、どれも素晴らしく、素敵だから決めるのが難しかったんです」
せっかく俺のためにこんなに作ってくれたのに、俺は保坂さんの問いかけにハッキリと答えられなかった。
だからきっと保坂さんは怒っているんだ。
表情は相変わらず読めないけど、怒ってないのにこんなことするはずがない。
そう思い必死に説得を試みたのだった。
しかし、それは的外れだったようで、保坂さんは、何を言ってるの? と言わんばかりに首を傾げ、こちらを見つめた。
「私は落ち着いてる。翔は私が興奮してると思った?」
「その、怒ってるのかと……お、怒ってないんですか……?」
「怒る? なんで?」
「俺が一向に一つに決めなかったから。でも勘違いして欲しくないのは、良いのがなかったとかそういうのではなくて、どれも良くて決められなかったんです」
「そんなこと」
保坂さんの返事はとてもあっさりとしていた。そしてそのまま続ける。
「場所がなくなってきたから捨てるだけ」
「捨てるんですか。勿体無い……」
「うん、捨てる。だって、翔に喜んでもらいたいから」
そう言って胸に手を当てて、ほんのちょっとだけ口角を上げて俺の顔を見つめる保坂さん。
不意に見せる彼女の小さな小さな微笑み。
本当にズルいと思う。
こんなの見せられたら、増々好きになってしまうじゃないか。
でも勿体無いな。
せっかく作ってくれたのに。
教室内を占領しつつあった俺の紙模型は、保坂さんの手によって紙屑に変わった。
勿体無いと思いつつも、俺も手伝った。
自分で自分の模型をグシャグシャにするのはなんだか少し抵抗があった。
「翔は残るでしょ」
「いえ、今日は残らないです。このまま帰ります。ちょっとホームセンターに寄りたいので」
「ホームセンター?」
「そうですね。台車を買おうかと。紙で出来てますし、等身大で大きいので台車の方が持って帰りやすいかなって思いまして」
事情を説明すると、保坂さんは徐に帰り支度を始めた。
と言っても、教室の鍵を手に持って、鞄を肩にかけるだけだ。
「鞄持ってきてくれたんですね」
「翔に言われたから」
自慢げに胸を張る保坂さんだけど、よく見ると鞄が全体的に凹んでいる。
「あの、それ教科書とかノート入ってます?」
「ん? 入ってないけど」
「鞄だけ持ってきたんですか! 教科書もノートも持って来ないとダメじゃないですか」
「いる? なくても支障ない」
「な、何も言えない……」
保坂さんの成績は学年トップ。
それも、ほとんど授業を受けてないにも関わらず、その成績だ。
保坂さんが言うと説得力があるから困る。
「行こ」
「え、どこにですか」
一足先に教室を出る保坂さん。
「どこ? ホームセンターだけど」
「保坂さんも用事ですか」
「私は翔について行くだけ。いわゆる放課後デート」
「ホームセンターでデートですか……」
ロマンチックに欠けるな。
デートするなら遊園地とか水族館とか定番なところに行きたいけど。
こ、今度あれだったら誘ってみようかな、なんて……。
でもどうやって誘えばいい? 普通に遊園地行かない? とか……。
そんな自然に言えるのか俺は。
こういう時、何かキッカケがあればなぁ。
そんなことを考えていると、保坂さんが教室の鍵を見せてきた。
「鍵返してくる。翔は下駄箱で待ってて」
「あ、はい、わかりました。では、途中まで一緒に行きましょう」
「うん」
こうして俺は保坂さんと教室を後にした。
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