第13話 誤解と嘘は混ぜたら危険
保坂さんは、お父様が買って来たケーキを取りに行くついでに、マイクロビキニから制服に着替えた。
戻ってきた時には、保坂さんは制服姿で、ようやく目のやり場に困ることがなくなった。
「ティラミスモンブランらしい」
保坂さんがそう言ってケーキ箱を開けると、中からココアパウダーをまぶしたモンブランが顔を出した。
お父様はきっと、このモンブランを保坂さんと一緒に食べたかったことだろう。
多少の罪悪感を覚えながらも、ティラミスモンブランを美味しく頂きました。
後はタイミングを見計らって帰るだけなんだけど、お父様は今リビングのソファに座ってパソコンを弄っているらしい。
保坂さん曰く、お仕事中みたいだ。
なのでしばらくはリビングに居続けるとのこと。
俺がここを出るには、必ずリビングの側の廊下を通り過ぎなければならない。
そしてお父様が座っているソファから廊下が丸見え。俺が通ると必然的に見られてしまう。
でも、リビングのドアを閉めてしまえば、すりガラスになっているので、人影がスッと過ぎるだけで、俺が男だということはバレずに玄関まで行ける。
ということで、リビングのドアを閉めてもらいに保坂さんには先に出てもらった。
その後ろ、三歩ほど距離を空けてついて歩く。
保坂さんがリビングの出入り口に差し掛かる。
「あ、木乃実、ケーキは美味しか──」
ガチャン。
お父様が何か言いかけていたけど、保坂さんは問答無用でリビングのドアを閉めてしまった……。
お父様から反応がない。
恐らく唖然としていることだろう。
可哀想に……。
保坂さんは何とも思ってないというか、いつもと変わらない。相変わらずどこかやる気のない目をしたまま。
でも、今がチャンスだ。
俺は素早く横切る。
そして、玄関まで来ることができた。
後は靴を履いて立ち去るのみ。
俺のスニーカーは、いちいち紐を解かなくてもそのまま足を入れれば履けるように調整してあるので、履くのは早い。
「それじゃあお邪魔しました」
「うん。また」
ボーッとした目で見つめてくる保坂さんに見送られながら、玄関ドアを開けようと取っ手を掴む。
その時だった。
リビングのドアを開けてお父様が出て来てしまった。
「木乃実、お友達帰るのかい?」
そう言ってこちらに向くお父様。
アメフトでもやっていそうな厳つい体躯。
身長は恐らく百八十はあるだろう。厳つい体躯と相まって巨人だった。
黒髪のロングで、後ろに一つにして結ってあり、顔つきは全体的にごつごつとしていて、渋めのイケオジだった。
そんなお父様は俺と目が合うなり、目を細め、明らかな殺意を向けてきた。
「木乃実、彼は誰だい?」
もともと声が渋いのもあるけど、絶対に俺のことをよく思ってない声の低さだった。
保坂さんがマイクロビキニさえ着ていなければ、それか、着替えが地下室に置いてあれば、お父様の目が殺意に細くなることも、声のトーンが低くなることもなかっただろう。
きっとお父様の中で俺の印象はあまりよろしくないはずだ。
俺は背中に汗を掻いた。
学校で一番怖いと評される生徒指導の先生よりも怖い。生徒指導の先生はよく怒鳴るから怖いって言われてるけど、お父様はその逆。静かすぎて恐ろしい。
保坂さんここは何とか宥めてください。
俺ではどうしようもなそうです。というか俺が言ったら火に油を注ぐことになってしまう。
ここは保坂さんに望みを賭けるしかない。
「翔。同級生」
「は、初めまして、保坂さんと同じ学校に通ってます、河岡翔と言います」
保坂さんに言われたことで、俺は自己紹介と共に深々と頭を下げた。
「初めまして。木乃実の父の
顔は笑っているのに、目が全く笑っていない。
それに背も高くて、体つきも厳ついので威圧感が凄い。
「保坂さんとは──」
ただのお友達です。
そう言おうとした瞬間、保坂さんが割って入る。
「彼氏」
「ん!?」
ちょっとちょっと保坂さん? あなたは何を言ってらっしゃるのですか。
見てくださいよ。お父様の今の顔。絶望みたいな顔してますよ。
「か、彼氏……お父さん聞いてないよ」
「言ってないから」
「い、いつ?」
「今日」
「つ、付き合いたて……」
これはまずい。
お父様が段々と心にダメージを負っている。
一刻も早く嘘だと伝えなければ。
「あの、俺は別に彼氏なんかじゃ……」
「翔の裸見たことある」
「っ?!」
お願いなので保坂さんは黙っててもらってもいいですか。
確かに裸は見せましたけど、あれはデッサンのためで、効率的な絵の練習方法を教えてもらえるという条件の下やっただけ。
そこをちゃんと言わないと……お父様が膝から崩れ落ちてしまった。
「男の、裸を、見た……」
「翔またね」
「か、帰れませんよ! 俺たち別に付き合ってるわけじゃないですから!」
声を高々に否定したけど、お父様は呆然自失。
でも俺の声は届いていたようで、ボソボソと何か呟いている。
「付き合ってない……木乃実は付き合ってると……遊び感覚……騙されてるのか……」
「保坂さんからもちゃんと言ってください!」
「うん。後で言う。そんなことより、それ持って帰るの忘れないで」
「あ、ああ、そうでした」
保坂さんから貰った爪楊枝だけで建てられたお城。その台座を慎重に持って玄関のドアを開ける。
「ちゃんと誤解は解いてくださいね」
「うん」
何だか怪しいけど、俺からもちゃんと付き合ってるわけじゃないとハッキリ言ったし大丈夫だろう。
「それじゃあお邪魔しました」
「またね」
相変わらずのやる気のない目に見送られ、俺は保坂さんのお家を後にした。
お父様けっこうショックを受けていたけど、付き合ってないと言ったし、さすがにあんな嘘、保坂さんだって冗談で言ってるはずだ。
後で言うと言っていたからきっと大丈夫だろう。
そもそも付き合ってなんかないし。
それでもほんの少しの不安を抱えたまま、俺は帰路についた。
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