第14話 教室に保坂さんの姿はなく

 昨日、保坂さんがなぜか俺のことを彼氏だとお父様に紹介。

 ちゃんとあれは嘘だったと説明してくれたのか確かめるために、休憩時間に彼女のいる三組に足を運んだ。

 ドアの前で教室内を見回したけど、保坂さんの姿は教室のどこにも居なかった。


 何となく登校はしていると思った。

 たぶん美術室にいるんじゃないかと思う。屋上という可能性もあるけど、とりあえず昼休憩に一度美術室に行ってみよう。


 そう決めたところで、自分の教室に戻ろうと振り向くと、後ろに徳永さんが立っていた。

 その気配のなさに思わず「うわびっくりした」と声を出してしまった。

 

「あ、ごめんね。驚かせつもりはなくて、声を掛けようとしたら急に振り向くから」

「まさか後ろに立ってるとは思わなくて。徳永さん気配消すの上手だよね」

「地味なだけだよ」


 自虐的に笑ってみせる徳永さん。

 おとなしめな性格ではあるけど、地味とは違う気がする。確かにあまり主張するタイプじゃないし、目立つ人間じゃない。

 でも、別にそれはネガティブなものじゃない。


 というか徳永さんはけっこう人気が高い。うちのクラスでも、徳永さんに気がある男子は何人か知ってる。

 それもこれも彼女が優しいからだろう。

 一度も喋ったこともない人に教科書を忘れたから貸してくれって言われて、何の躊躇いもなく、疑いもせず、すんなりと貸してあげたこともあるくらいだ。

 ちなみにそいつはうちのクラスの森本という男だ。

 忘れ物常習犯で、次忘れたら生徒指導室行きだったところを、徳永さんが救った形だ。


 少し心配な部分はあるけど、そういうところが彼女の人気の高さ故なんだ。


「徳永さんのこと地味なんて一度も思ったことないよ。優しいし、天使かと思ったよね」


 俺の下手な絵を見ても貶すどころか、褒めてくれた。それに、下手な俺が美術部で少し浮いていたけど、徳永さんが積極的に話しかけてくれたから、今ではすっかり馴染んだ。

 俺にとっては恩人だ。


「……河岡くんってそういうところあるよね……」

「そういうところ?」

 

 どういうところなんだろう。

 考えてもわからなかったので、訊き返してみたんだけど「何でもない」とはぐらかされてしまった。


「そう言えば、三組に用事?」

「そうだね。保坂さん居ないかなって思って。見たところどこにも居ないから教室に戻ろうかと」

「そうなんだ……」


 徳永さんは保坂さんのことが苦手なのだろうか。

 保坂さんの名前を出すと、どこか顔色が優れなくなる。


「……昨日、たまたま見ちゃったんだけど、保坂さんのことおんぶして帰ってたよね。あれってどういうことなの?」


 やっぱり見られてるよね。

 今日も朝に色んな人から質問された。そのほとんどが、付き合ってるの? というものだった。

 もちろん付き合ってないので、そこはハッキリと答えた。

 ただ、おんぶしていたことに関しては、保坂さんが足を捻ったからと誤魔化した。適当にはぐらかしても良かったんだけど、それだとしつこく訊いてきそうだったし、良からぬ噂が流れそうだったので、とりあえずは出口を作っておいた感じだ。


 本当は彼女の靴が何者かの手によって女子トイレの便器の中に捨てられていて、一応は洗ったけど乾かなかった。それからあれこれあっておんぶに至ったのだが、そんなことは言えるはずもない。

 無暗に事を大きくするのは得策ではない。


「保坂さんが階段で足を捻っちゃって、それでおんぶしてたんだよ」

「良かった。てっきり保坂さんに脅されてるのかと思ってて」

「いやいやそんなことないよ。むしろ保坂さんには絵の練習に付き合ってもらってるから、助かってる」

「それなら良かった。もし困ったことがあったら言ってね。絵とか行き詰ったら一人で考え込んじゃダメだよ」

「ありがとう。ほんと徳永さんは優しいよ」


 美術部に入っていなかったら、こんな優しい子と出会うことはなかっただろう。

 それだけでも入部した価値があるというもの。


「私あんまり褒められ慣れてないから、気の利いたこと言えないよ?」


 頬を赤らめ、黒髪の前髪に目元を少し隠して照れる徳永さんは、いつにも増して可愛かった。


「気の利いたこと言わなくていいって。本心だから。それじゃあ、そろそろチャイム鳴りそうだし戻るよ」

「あ、保坂さんだったらたぶん美術室か保健室にいると思うよ。朝に保健室に入って行くの見えたから」

「おお、それは貴重な情報ありがとう。昼休憩にでも行ってみるよ」


 美術室以外にも保坂さんの入り浸りルームがあったみたいだ。

 美術室に行く前に、先に保健室に寄ってみるとしよう。


 それから俺は教室に戻り、次の授業の準備に取り掛かった。

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