第10話 学校から家まで

 思ったより目立ってしまっている。


 下駄箱を出て、校門に向かう道には、グラウンドがあり、体育館があり、駐輪場がある。

 サッカー部や柔道部、あとはテニス部か。

 今日は走り込みのようで、駐輪場から奥の体育館、そしてさらに行ったところにあるジムを通り、校舎を一周。というコースをぐるぐると周回していた。


 保坂さんをおんぶしている俺は、その団体にジロジロと見られた。

 みんな走り込みの最中なので、俺が保坂さんをおんぶしているのを見ても誰も何も言わないけど、何か言いたそうに、興味ありそうな目で見て、すぐに通り過ぎていく。


 中にはクラスメイトもいて、何やってんの!? というような目で見られた。

 これは明日色々と訊いてきそうだ。

 そんな中でも俺の背中に体を預ける保坂さんは気持ちよさそうな寝息を立てて起きる気配はない。


 校門に差し掛かると、英語教師の外国人──トム先生が立っていた。

 身長は百八十で、スリム体型。金髪のオールバックで、シャツの袖のボタンを外して腕まくりして、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる。

 それだけでも映画のワンシーンのような、とても絵になる。

 これが外国人パワーか。


 トム先生は俺を見るとポケットから手を出して、驚いたように腕を広げながら近づいて来た。


「OH! COOL!」

「HI! えっと、GOOD BYE!」


 英語はあまり得意じゃないけど、知っている限りの単語で何とか対応を試みる。

 トム先生は少しだけ日本語は話せるが、主に英語での会話となる。

 先生は俺と俺の背中で寝る保坂さんを交互に見ながら英語で何か言っているが、速すぎて何を言っているのか上手く聞き取れない。

 でも、満面の笑みなので怒っているわけではないことだけはわかった。


 トム先生は早口な英語を喋り終えると、笑顔で俺の肩をポンポンと叩いた。

 何となく、頑張れ、と言われているような気がした。

 そんなトム先生に見送られ、俺は校門を出た。


 胸ポケットに入った保坂さんのスマホから右へ行くように機械的な音声で言われたので、その指示に従って歩く。

 次は左、その次は右、そしてしばらく真っ直ぐ。


 そして、辿り着いた保坂さんの家。

 ごく普通の一軒家。

 学校近くの、少し歩いたところにある住宅街にあった。

 保坂さんの言った通りすぐそこだった。


「保坂さん、着きましたよ」

「ん……着いた……もう少し……」

「保坂さんちょっと寝ぼけてませんか?」

「ん……」

「着いたので一旦降ろしますね」


 俺はゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

 背中越しに感じていた熱がスッと消える。

 保坂さんが降りたのを確認した後、立ち上がる。


「スマホ返しますね」


 胸ポケットに入ったスマホを保坂さんに返す。


「翔の背中大きくて寝やすかった」

「そうなんですか」

「うん」


 保坂さんとは短い付き合いだけど、彼女がお世辞を言うような人じゃないのはわかっている。

 本当に俺の背中が寝やすかったみたいだ。それは良かった。


「入って」


 そう言って保坂さんは普通にドアを開けるけど、俺は鍵がかかっていないことが気になった。


「鍵かけ忘れてませんか?」

「鍵はかけてない。よく無くすから。鍵は持たせてもらえない。だから鍵はかけない」

「そ、それ防犯は大丈夫なんですか?」

「大丈夫」


 保坂さんは天井に張り付いた二台の防犯カメラを指差した。

 黒いそれは、こちらをギョロッと睨んでいる様に見えた。


「お陰で一度も空き巣に遭ったことない」


 どうして保坂さんが胸を張っているんだろうか。

 元はと言えば、鍵をよく無くすからこうなっていると思うんだけど。

 というかどうやったら鍵を無くすんだろうか、という疑問はあったけど、保坂さんに訊いてもわからないだろう。だって無くしてるんだし、無くしたことに対して一切気にした様子が見られない。


「それなら大丈夫ですね」

「うん」


 保坂さんは小さく頷くと俺の顔をジッと見つめる。

 俺は彼女が何か話そうとしているのかと思いこちらも見つめ返す。


「…………」

「…………」

「……?」

「……?」

「あ、あの、保坂さんどうしました?」


 お互いに見つめ合うだけで何も起こらなかったので、そう訊ねてみた。

 すると保坂さんは首を傾げたまま口を開く。


「翔が何か言いたそうにしていたから。違った?」

「俺は保坂さんが何か言うのかと思いまして」

「なるほど」


 保坂さんは顎に手を置いて少し何か考える素振りをした後、再びこちらを見つめた。


「うん。わからない。とりあえず入って」

「あ、はい……」


 今のは何だったんだろう。

 少し気になりつつも、保坂さんの家にお邪魔する。


 玄関の靴をしまう棚の上に、爪楊枝を器用に組み立て建てられた城が飾られていた。

 ファンタジーでよく見る豪奢な城だ。


「これ、もしかして保坂さんが作ったんですか」

「たぶん」

「どうして首を傾げるんですか」

「あんまり覚えてない。幼稚園で作ったらしい。お母さんが言ってた」

「よ、幼稚園……」


 俺は再び爪楊枝で建てられた城を見る。

 とても幼稚園で作ったとは思えない完成度。どれほどの細かな、そして長い集中力を要することか。

 幼稚園の時、俺は何をしていたかま。確かに記憶はハッキリしない。保坂さんが覚えてないのもわかるけど、これを幼稚園で……。

 幼稚園の頃から彼女の片鱗が垣間見えていたということか。


「欲しい?」

「え?」

「要らないの? 欲しそうな顔をしているように見えたから」

「少しは思いましたけど……部屋に飾ってみたいな、とは。でもさすがにこんな完成度の高い芸術品なんて貰えませんよ。もし壊しでもしたら……」


 けっこう繊細に建てられているし、定期的に管理できる自信がない。


「それ、別に芸術品じゃない。ただの爪楊枝の集合体」

「集合体って……」

「だから壊れてもいい。壊れたら新しく作ればいい。作るかわからないけど。新しく作ればもっと良い物ができる、かもしれないけど」

「なんで最後の方ちょっと曖昧なんですか」

「気力の問題。気力がなかったら作り気が起きない」


 いつも気力がなさそうな保坂さんでも、何かを作る時はちゃんと気力が湧くみたいだ。


「ただの爪楊枝だけど、あげる」

「俺からすれば部屋に飾っておきたい立派な作品ですよ。じゃあ、お言葉に甘えて持って帰りますね」

「うん」


 保坂さんはコクッと小さく頷いた。


「壊れたら言って。作るかもしれないから」

「ちゃんとしっかりと管理するので。でも、もし壊れたらその時は菓子折り持って謝罪しに行きます」

「ふふ……」

「保坂さん今……」

「なに?」

「あ、いえ、何でもないです」


 さっき笑ったような。

 でも、今の保坂さんは、いつもの、どこかにやる気を置いてきたような顔に戻っていた。


 思わぬお土産を貰ったところで、俺は保坂さんに案内され、地下室へと向かった。

 ……地下室があるのか……。

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