第19話 アレとは、お遊びとは

「お前最近、あの変人とよく一緒にいるよな。というか毎日一緒に帰ってないか。やっぱ付き合ってるだろ」


 変人が誰を指しているのか、それは保坂さんのことである。


 一時間目の授業が終わり、次の体育に向けて今は更衣室で体操服に着替えている。

 そんな中、隣にやって来た菊地原きくちはらに付き合ってるだろと言われ、俺はハッキリと否定する。


「絵の練習に付き合ってもらってるだけで、付き合ってはないよ」

「そうなん? でもけっこう噂になってるぜ」

「まぁ、噂くらいならいいんじゃない。事実無根だし」


 保坂さんに同じ質問をしたらきっと付き合ってると答えそうだけど、そもそも彼女に直接訊ける人がいるのかどうか。

 

「っていうかお前って保坂のこと好きなの?」

「好きか嫌いかで言ったら好きだよ。もちろん恋愛的な意味じゃなくてね」

「じゃあ恋愛的な意味だったら?」

「それはわかんないな」


 正直俺もあまり恋愛感情というものをちゃんと理解しているわけじゃない。

 保坂さんがたまに見せる笑顔とか、耳にかかった髪の毛を掻き分ける仕草とかにドキッとすることはあるけど、恋愛感情とはまた別だろう。


「てっきり好きなのかと思ってた」

「嫌いじゃないのは確かかな。悪い人じゃないし、むしろ放っておけないと言うか。心配なんだよね」

「変わってんな、お前も保坂も」

「保坂さんの影響を受けてるのかもね」

「そのうち変人扱いされるぞ」


 そんな台詞を残して、体操服に着替えた菊地原は更衣室を出て行った。

 

 ……変人扱いか。

 保坂さんと比べたら変人さはかなり劣るとは思うけど。


 それから体操服に着替えた後、更衣室を出て、下駄箱に向かった。

 上靴から外履き用の体育シューズに履き替え、下駄箱からグラウンドに向かっていると、後ろから「翔」と俺の名前を呼ぶ声がした。


 振り向くと、茶色のスリッパを履いた保坂さんが立っていた。


「保坂さん、どうしたんですか?」

「放課後、美術室に来て」

「俺美術部なんで放課後は部活で美術室にいますよ。保坂さんこそ部活出ましょうよ」

「私は翔がいればそれでいい。部活には興味がない。結奈ゆなに無理矢理入らされただけだから」


 結奈とは美術部顧問の高橋先生の名前だ。

 高橋先生のことを結奈と呼び捨てにするのは保坂さんくらいだろう。


「翔は部活に出てほしい?」

「できることなら出てほしいです。皆んなが帰った後だとそんなに時間ないですし。たまに他の人も居残りすることだってありますし。特に今はコンクールが近いですから」

「コンクール?」

「え、知らないんですか」

 

 保坂さんは当たり前かのように頷いた。


「興味ないから」

「そうですよね」


 せっかく実力があるのに勿体無いとは思うけど、本人に興味がないなら仕方がない。


「そんなことより、翔はどうして部活に出てほしい?」

「それはさっきも言いましたけど、皆んなが帰った後だとあまり時間は残されてないですから、保坂さんと居られる時間が少ないなと」

「それはもう翔は私に惚れてるということで間違いない」


 薄らとドヤ顔を浮かべる保坂さん。もともと表情が豊かな方ではないので、あれが限界なのだろう。


「どうしてそうなるんですか」


 保坂さんが恋をしてみたいというのはわかるけど、俺である必要性を全く感じない。どこか突出して優れているところがあれば、そこに納得を見出せることができるのだけど。


 変な言動さえしなければ、男なんて選びたい放題なはずだ。どうしてそこまで俺に惚れてほしいのかがイマイチ理解できない。


「思ったんですけど、どうして俺なんですか?」

「覚えてない?」

「覚えてない……? も、もしかして知らないうちに何かしてました……」


 保坂さんが小さく頷いたのを見て、俺の頭は保坂さんと出会った時から現在に至るまでの記憶を総ざらいした。


 保坂さんと出会ったのは居残り練習をしていた時に突然話しかけられたあの時だ。

 それからのことはよく覚えている。

 無意識に何かしていたのか……いや、全く心当たりがない。


「すみません全く心当たりがなくて……何かしました?」

「覚えてないならそれでいい。翔にとってアレはお遊びだったというだけの話だから」

「お、お遊びって……一体俺は保坂さんに何をしたんだ……」


 一線を超えるようなことはしてないとは思うけど……いや、けどじゃない。そんなことしてない。というかするわけがない!


 そんなことを考えていると、後ろから菊地原の声がした。


「おーい! もう皆んな集まってるぞ!」


 振り向くと、菊地原がグラウンドから駆けて来ていた。


「あれ、もしかしてチャイム鳴った?」

「まだ鳴ってないけど、あと数分じゃね。もう皆んな集まってるぜ。お前が来ないから先生に呼んで来いって言われたんだよ」

「それはすまん。すぐ行く」

「おう」


 本当に呼びに来ただけみたいで、菊地原は再び駆けてグラウンドへと戻って行った。


「そういうわけなので、もう行きますね。その、後で何したか教えて下さい」

「思い出したら教えてあげる」

「それもう教えてもらう必要ないじゃないですか」

「行ってらっしゃい」


 そう言って強引に話を終わらせにかかる保坂さんは、俺に対して無気力に手を振ってきた。そして、眠たそうに欠伸をした。


 これは本当に教えてはくれなさそうだ。

 クラスの皆んなが待っているらしいので、長居はできない。

 仕方なく保坂さんに手を振り返して、グラウンドへと向かった。

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