第7話 妖精の仕業
階段を降りて下駄箱に向かう道すがら。
何人かの同級生や上級生たちとすれ違ったが、皆一様に保坂さんを見ると距離を空けたり、見ないように顔を背けたりと関わらないようにしていた。
中には、ヒソヒソと明らかに保坂さんに対して悪口めいたことを言いながら違う方の階段へ遠回りする子たちもいた。
同級生ならまだしも、上級生にまで保坂さんの奇人っぷりは知れ渡っているらしい。
恐らくだけど、部活とかで言いふらされているのかもしれない。上級生と関わることなんて部活以外でほとんどないし。
ただ、そんな露骨に避けなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。確かに変なところはあるけど、俺からすれば保坂さんはどこか放っておけないような、そんな感じがする。
当の本人、保坂さんは……相変わらずやる気のなさそうな顔をしてる。避けられることに対して何とも思ってなさそう。
でも、表面上だけでは、ということだって十分にある。本当は気にしていたりして。
そんなこんなで下駄箱へ到着。
俺は一組なので、一組の方の下駄箱に行き上履きから外履きのスニーカーに履き替える。
うちの高校は上履きは学校指定のもので統一されているが、外履きに関しては自由となっている。自転車で通学する人はスニーカーが多い。ローファーだと雨の日にペダルを踏む時に滑りやすいらしい。
俺は電車と徒歩なのでローファーでも良かったのだが、兄ちゃんがローファーは歩きにくいからスニーカーにしとけ、という助言をもらったのでスニーカーにしている。
下駄箱を抜けると、開きっぱなしの出入り口ドアの前に既に保坂さんは立っていた。
保坂さんは俺が来るのを確認すると、サッと白髪を靡かせて前に振り向き、黒い靴下のまま歩き出す。
俺は一瞬見間違いかと思った。
けど、何度見ても保坂さんの足は黒い靴下のまま。
上履きは脱いでいるのだが、外履きはどうしたのか。
よくボーッとしてる保坂さんのことだから、履き忘れているのかもしれない。
「保坂さん靴履き忘れてますよ」
そう呼び止めると、保坂さんは立ち止まり、自身の足下に顔を向けた。そして、顔を上げると、小首をかしげて訊ねてくる。
「おかしい?」
「おかしいというか、靴履かないと靴下破れますよ」
「あれば履いたんだけど」
「あれば……? って、もしかしてそのまま学校来たんですか?」
履き忘れのレベルが想像を超えていた。
まさかそもそも履いて来ていないとは……そう思っていたら、保坂さんから返って来たのはそんなものではなかった。
「履いて来てる。でも、帰りにはどっか行っちゃう。妖精の仕業かな」
どうやら保坂さんは避けられるだけ、というわけではないみたいだ。
本人は妖精なんて言って誤魔化しているけど、靴が勝手にどこかに行くわけなんてない。ましてや妖精なんて。
どうして、そんなに平気な、いつもと変わらないやる気のない顔でいられるのか。
保坂さんからは、喜怒哀楽のどれも伝わってこない。
感情を隠すのが上手いのか、それとも、何とも思ってないのか。
「それっていつからなんですか」
「いつから? うーん……気づいたら? 昨日もなかったからこのまま帰った」
いつから靴が失踪しているのかは不明。それは保坂さんが全く気にしていないからだろう。この様子だと先生に相談していないのは明白だった。
「そんなことより帰ろ」
「帰れないですよ。靴、探しましょう。それか先生に、高橋先生に相談するべきです」
「妖精さんの悪戯は黙認するのがセオリー」
あくまで妖精の仕業にしたいみたいだけど、保坂さんはわかっているはずだ。これは、明らかに誰かの手によって隠されていることに。
放っておけばエスカレートする可能性だってある。そうなっては遅い。せめて高橋先生には相談した方がいいと思った。
「翔ちょっと顔険しい。怒ってる?」
「あ、いえ、怒ってるわけじゃなくて、そんなに顔険しかったですか」
「うん」
「そうですか……と、とりあえずこのことは高橋先生に言うべきです。妖精の悪戯でも、です」
「どうして? 翔には関係ないのに?」
首を傾げる保坂さん。
関係あるかないかなんてそんなものは決まっている。
「知ったからには関係あります」
「なるほど。翔は面白いことを言う」
「面白いですかね」
俺は保坂さんが未だによくわからない。少しでも彼女の考えていることがわかればいいんだけど。
「翔、ついて来て」
「どこ行くんですか?」
「靴のありか」
保坂さんはそれだけ言うと、下駄箱で上履きに履き、迷いのない足取りで来た道を戻って行く。
「ちょ、ちょっと待ってください。どこにあるか知ってるんですか」
俺は置いて行かれないように慌てて上履きに履き替え、保坂さんの後を追った。
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