第33話 世界的な芸術家
……やっぱり目立つな。
ちらちらとこちらに向けられる視線。
その視線はあるところに集まっている。そのあるところと言うのは、俺が今右手で抱えている台車だ。
台車を抱えて登校してる生徒なんて当たり前だが俺くらいだ。目立って当然。
多少見られるだろうなと覚悟して持って来ているのだから、今さら気にはならない。
下駄箱に到着し、台車を一旦床に置く。上靴に履き替えた後、台車を再び手に取り、向かうのは教室ではなく美術準備室だ。
もし先生に見つかったら、事情を聞かれるだろうが、説明すればわかってもらえるはずだ。 そんなことを考えながら歩いていたが、幸い先生とは誰ともすれ違わなかった。
そして、少し重たい台車を持って美術準備室の前までやって来た。
美術部顧問の高橋先生はこの時間はだいたいこの中で絵を描いている。
「高橋先生」
ドアを三回ノックすると、やっぱり中から高橋先生が出て来た。
空いたドアの隙間からタブレットとタッチペンがちらりと見えた。
「今大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、それなに?」
高橋先生は俺の台車に視線をやり、怪訝そうに眉を顰めた。当然だろう。朝から台車を抱えて訪ねる生徒なんて怪しいに決まっている。
俺はこの台車をここに一旦保管させてもらえないかお願いしに来た。
いつでも保坂さんの作品を持って帰れるようにするために。
それを高橋先生に詳しく説明した。
保坂さんが俺のために等身大の俺を紙で作ってくれるので、それを安全に持ち帰るために台車が必要なのと、その台車をここ美術準備室に一時的に置かせてもらえないかと。
「そういうことなら使ってもらって構わないよ。スペースは全然空いてるし」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
「それにしても、保坂にえらく気に入られてるんだな」
何が楽しいのか高橋先生はニヤニヤしながら俺の肩を何度も叩いた。
「気に入られてるんですかね」
いまだに保坂さんの考えていることがわからない。
「あいつが誰かのために何かを作ろうとしてるのは、少なくとも先生は見たことなかったな。基本あいつは自分の興味のままに動くから」
「保坂さんってけっこう自由ですよね。気になってたんですけど、授業とか出てないじゃないですか。大丈夫なんですか? 成績が良いのは知ってますけど、出席日数とか足りないような気がするんですけど」
「それは大丈夫。そんなことより自分の心配しろ。もうすぐ期末だろ、もちろん勉強してるんだろ?」
「そ、そうですね、当たり前じゃないですか、あははは」
「目が泳いでるぞ」
正直、勉強は苦手。
中間テストでは平均点は超えていたけど、教科によってはギリギリだった。
期末か……考えるだけで億劫だ。
でも、赤点を取ったら夏休みに補習が待ってる。そうなったら絵の練習をする時間が減ってしまう。赤点回避のためには勉強しないといけない。当たり前のことなんだけどね。
「あ、そうだ。一個言うの忘れてた」
「どうしたんですか?」
そう首を傾げていたら、高橋先生から忠告を受ける。
「保坂が作ったもの絶対に売るなよ。出すところに出したら三桁はいくからな」
「え!? それどういうことですか?」
三桁って、保坂さんの作品ってそんなに価値があるの? どういうこと?
「知らないの? あいつ、世界的な芸術家だぞ。イタリアで個展開いたくらいだからな」
「こ、個展……保坂さんってそんなに凄い人だったんだ……」
「だからあいつが作った作品には価値が付く。絶対売るなよ。これフリじゃないからな」
「売りませんよ! というか売れませんよ!」
そもそも売ろうなんて考えてもない。
せっかく保坂さんが俺のために作ってくれるんだ。好きな人が作ってくれたものは、それは俺にとって命くらい大切なもの。
「せっかく俺のために作ってくれるんですから、売るなんてそんな裏切り俺は絶対しませんよ」
「そんな真剣に宣言しなくても、お前が保坂のこと好きなのは知ってる。それに本気でするとは思ってないから安心して」
「す、好きとか、そんな感じゃ……」
待て待て、何で俺は否定しようとしてるんだ。
そんなことしたって意味ないじゃないか。
今ここで言えないようじゃ、いざという時も言えないだろう。
そう思った時、俺は自然と言っていた。
「……いや、好きです。俺、保坂さんのこと好きです!」
「そ、そっか。急にどうした。まぁ、頑張れ」
そう言って高橋先生は肩をポンっと叩いて励ましてくれた。
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