第23話 放課後、部活が終わり二人きり
部活の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「今日はありがとう! めっちゃ助かったよ。お陰で色々と掴めた気がする」
「えへへへ、どういたしまして」
少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに笑う徳永さん。見ているだけで癒される。
「諦めずに描き続けたら絶対上手くなるから。だから、下手でも諦めないで描き続けるんだよ」
「頑張るよ」
「うん! その調子!」
徳永さんは立ち上がると、机の横にぶら下げていた学生鞄を手に取り、それを肩にかけた。
「また明日ね」
「また明日。今日はありがとう!」
「うん! またね!」
徳永さんが教室から出て行くまで手を振り続けた。
徳永さんが帰り、ここ、美術室には俺と保坂さんの二人だけとなった。
俺はいつも通りこのまま居残りだ。
そして、左隣には保坂さんが座っている。
ここから先時間外労働をしようとしている俺に付き合ってくれている。まぁ、労働ではないけど。時間外だからと言って絵が上手くなるとかそんな縛りもないけど。
「どうですか? 俺的にはけっこう上手く描けたと思うんですけど」
徳永さんからのアドバイスをもとに描いた渾身の一枚。
我ながら上手く描けたと思う。
けど、それを保坂さんに見せたところ、反応はあまり良くなかった。もともと感情表現が薄いのもあるが、今の彼女の顔はどこか……不機嫌?
少しだけ、ほんの少し、よく観察しないとわからないくらいの微妙な変化。
「体は?」
「え……」
「顔だけだと全体的なバランスがわからない。翔は顔ばかり描きすぎ、体も描いて」
ごもっともな意見。
顔を上手く描きたいがために、体を描くためのスペースなど気にしていなかった。
このまま体を描こうとすれば、顔の大きさに合わせることになるので、元の絵より大きくなってしまう。そのせいで体全体がこの一枚に収まりきらないだろう。
「体も練習」
「はい……」
ぐうの音も出ない。
保坂さんの言う通り、顔だけじゃなくて体も描かないと。
でも、体って異様に難しくて……服とか着てると余計に。それもファンタジーとかだと、この世に存在しないデザインだし、それを模写するのは難易度が高すぎる。
「翔」
「はい! 何でしょう?」
「最初は服まで描こうとしなくていい。服は裸体を完璧に描けるようになってから」
「も、もしかして声に出してました?」
無意識に心の声を喋っていたのかと思い恐る恐る訊いてみると、保坂さんは静かに首を横に振った。
「声には出してない。でも、顔には出てた」
俺そんなに顔に出やすいタイプなのか!?
今度から気をつけないと……。
「……? 保坂さん?」
なぜか突然立ち上がる保坂さん。
そして、徐にネクタイを外し始める。
「ほ、保坂さん!?」
俺が慌てふためいていることなど構うことなく、保坂さんはネクタイを外すと、次に制服のシャツのボタンを上から外し始めた。
ヤバい! この人ここで裸になるつもりだ!?
ここには俺以外に他の生徒はいないけど、俺がいる!!
早く止めねば。
そう思い、保坂さんの細く繊細な手首を掴んだ。
少し傾けたら折れてしまいそうなほどの脆さ。できるだけ力は入れないように、子犬の頭を撫でるくらいの力加減を意識して握った。
「急に脱がないでくださいっ! びっくりするじゃないですか……」
「じゃあ脱ぐ」
「せ、宣言したら良いってものでもないですからね!」
手を離したらすぐにでも服を脱いでしまいそうだ。
というか、男の俺に見られて恥ずかしいとか思わないのか。もしかして俺って男として見られてない……。
保坂さんにとって俺は、恥ずかしいとかそんな感情を抱くに値しない存在なのか……。
こんなにも俺は……保坂さんのこと意識してしまってるのに……。
「とにかく、服は脱いじゃダメです!」
「翔は、絵、上手くなりたくない?」
「それはもちろん上手くなりたいですよ。でも、保坂さんが脱ぐ必要ないですよね!?」
「ヌードデッサン、知ってる?」
「突然どうしたんですか。知ってるもなにも、俺ここで何回かパンツ一丁になりましたよね?」
「そんなこともあった?」
「どうしてそこ疑問系なんですか。忘れたとは言わせませんよ」
証拠はこの俺のスケッチブックにある。
ってか、自分のスケッチブックに、自分のパンツ一丁姿のデッサンがあるって異様だよな。
「冗談」
「冗談ですよね……」
真顔で言うから本気で忘れてしまったのかと。ただでさえ、保坂さんって冗談とか言わなそうだから、余計に信じてしまう。
「話を戻しますけど、ヌードデッサンがどうしたんですか?」
「体を描く練習には最適。絵、写真、図で見るより実際に見て触って確かめた方がわかりやすい。それに、人の裸はそれぞれ個性があって楽しい」
俺は、保坂さんの最後の言葉を聞いて少し胸がざわざわとした。
まるで、今まで何人もの人の裸を見てきたみたいじゃないか。
そんな俺の心持など知らずに、保坂さんは続ける。
「裸を見れば、その人の生態が何となく見えてくる。例えば翔は、下腹は出てるけど、全体的に筋肉質で痩せてるから、昔はスポーツしてて、今はしてない、とか」
「恐ろしいですね。当たってます。昔はバスケしてたんで、その時はもうバキバキでしたよ」
「やっぱり」
そう言って真顔で胸を張る保坂さん。彼女なりにドヤッているつもりなんだろうな。
えっへん、とか聞こえてきそうだった。
「私の体は健康体そのもの。翔も見ればわかる」
「前に見てるんですけどね……」
マイクロビキニを着た保坂さんを。
保坂さんには悪いけど、とても健康体とは思えなかった。むしろ、栄養足りてる? と心配になるほど痩せている。
そんなことをしているうちに、時間はあっという間に過ぎ、完全下校の五分前を知らせるチャイムが鳴った。
「あ、もうこんな時間」
「明日は私がモデルになる。だから翔は私の体の隅々まで描いて」
「そ、それは出来ませんって! というか恥ずかしくないんですか。俺、男ですよ」
「恥ずかしい?」
どうしてそこで首を傾げるの!
「翔になら良い」
「そ、それって、俺のことが……す、好きだから、とかですか……? ってそんなわけないですよね!」
「ん?」
「だからどうしてそこで首を傾げるんですか! もう帰りますよ!」
完全に保坂さんのペースだ。巻き込まれては大変。
俺は素早くスケッチブックや筆箱を鞄の中にしまう。
教室の戸締りを終え、鍵は職員室に高橋先生が居たので渡した。
下駄箱から出て来た保坂さんの足元を見ると、前に俺がトイレで回収したスニーカーを履いていた。
良かった。今日は隠されてないみたいだ。
それから俺は保坂さんと一緒に下校するのだった。
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