第5話 そのためだけに作ったのか
朝のホームルームの始まるニ十分前に登校した。
机の中に教科書やノートなどをしまった後、保坂さんのいる三組へ向かった。
一組の俺が三組に行くと、そこの生徒からジロジロと見られる。
俺はそんなこと気にせず教室内を見回す。
保坂さんの席がどこかわからないが、彼女は目立つほどの白髪。いたらすぐにわかる。
だけど、どこにも保坂さんの姿は見当たらなかった。
そんな俺のもとへ一人の女子生徒がやって来た。
黒髪のショートヘアで、可愛らしく垂れた小動物のようなお目目が特徴的な彼女は、同じ美術部員の
保坂さんとは小中と同じ学校に通っていた人。そして現在高校までも一緒。保坂さんとは親しい仲ではなく、中学校では同じ美術部だったので、保坂さんの奇行はよく見ていたらしい。
背丈は百五十三と低く、俺を見上げるような形で見つめてくる。
「どうしたの?」
「ちょっと保坂さん探してて、見てないかな?」
「え? 保坂さん?」
徳永さんは保坂さんの名前を聞いた途端、顔が引きつった。
「見てないよ。たぶん休みじゃないかな。あの人よく休むし」
「休みか~……」
やられた。
奇行の目立つ保坂さんだが、成績は優秀。
授業を受けなくても、安定して満点を取れるほどの天才だ。
徳永さん曰く、満点以外を取ったところを見たことがないのだとか。
学校を休むくらい保坂さんからしてみれば痛くも痒くもないことなんだろう。
「河岡くん、保坂さんなんか探してどうしたの?」
「探すと言うか、捕まえないといけなくて」
「つ、捕まえる?」
心配そうに眉を歪める徳永さん。
「そうなんだ。捕まえたら効率的な絵の練習方法を教えてもらえるから」
「そ、それなら私が教えてあげるよ! ちょうどコンクール用の絵を描き終えたし、手が空いてるから」
相変わらず徳永さんは優しいな。
俺も保坂さんほどではないけど、絵が下手なのに美術部に入部したものだから最初は奇異な目で見られたものだ。
そんな中、普通に接してくれたのが徳永さんだった。
俺が上履きのデッサンに苦戦していたら、親切にここをこう見るんだよ、と教えてくれた。でも、俺には実力も経験も圧倒的に足りていなかったため、徳永さんの言っていることが半分も理解できなかった。
結果は散々で、上履きと呼ぶには顔を顰めてしまいそうな、ただの模様のある板ができあがってしまった。
あの時は本当に迷惑をかけたと思ってる。
でも、徳永さんには悪いけど、今は保坂さんなんだ。パンツ一丁のお代をまだ貰ってないからな。このままなかったことになんせさせるつもりはない。
「ありがとう。でも今は保坂さんを捕まえたい」
「そ、そうなんだ……あんまり関わらない方がいいと思うよ」
「そうかな。保坂さんけっこう変わってるし、たまによくわからないことを言うけど、意外と優しいと思う」
変わってるけど……。
「そうだね、うん……でも何かあったら言って、力になるからっ」
「あ、ありがとう」
拳をギュッと握って詰め寄って来るので、そこまで心配しなくても、とは思った。けど、気持ちはありがたく受け取った。
朝のホームルームが終わり、それから四時限目の体育。
今日はグラウンドでサッカーだった。
正直サッカーはルールも知らなければやったこともほとんどない。ボールを渡されてもドリブルなんてできず、気づいたら後ろから来たクラスメイトに横取りされた。
横取りした相手はサッカー部。
さすがに上手すぎた。
彼はそのままテクニカルなドリブルで次々と抜かして行き、あっという間にゴールまで迫り、そして勢いよくボールを蹴った。
ゴールキーパーは素早く飛んで来たボールに反応できず、気がつけばボールはゴールネットに受け止められた。
その後の俺はひたすら相手ゴールと味方ゴールをひたすら行き来するだけに終わった。一人だけシャトルランをしている気分だった。
チャイムが鳴り、日直の号令で体育の授業は終わった。
グラウンドから下駄箱に戻る途中で、校舎二階の美術室前、その廊下で保坂さんの姿を見た。
どこを見ているのか。遠くの景色をぼーっと眺めている。
陽の光に照らされて白く輝く白髪は、不意に風が吹き、ふわりと軽やかに靡く。顔に髪の毛がかかり、それをどこかやる気のない目をしながら手で避ける。
徳永さんからお休みじゃないかと言われていたから、てっきりそうなのかと思っていた。
そう言えばたまに美術室にこもって絵を描いていることがあった。保健室登校ならぬ、美術室登校。
俺の視線を感じ取ったのか、保坂さんがこちらに顔を向けた。
その瞬間、保坂さんは逃げるように姿を消した。
後ろの美術室に入って行ったのか、その場から離れてどこかへ行ったのか。
どちらにしても、ここで逃がすわけにはいかない。
俺は駆けた。
「河岡? どした?」
クラスメイトに不思議そうな顔を向けられたが、俺は構わず走った。
下駄箱に行き、素早く上履きに履き替え、階段を駆け上がる。
二階に到着したが、案の定そこに保坂さんの姿はなかった。
美術室のドアは……開いていた。
遮光カーテンが隙間なく閉め切られていて、照明も消えていたので室内は暗かった。
俺は照明の電気を点け、室内を明るくした。
「っ!」
一気にパッと明るくなった室内で、俺の目に飛び込んできもの。
椅子の上に立った、昨日の俺。パンツ一丁姿で棒立ちした俺。それは絵ではなく、一枚の紙を複雑に折られて立体的に作られた俺の等身大の模型だった。
「す、すげぇ……」
白い紙のはずなのに、一目で自分だとわかるほど精巧に折られている。
何をどうすればこんな作品が出来上がるのか。
身長も俺と同じ。
体型も、少しだらしないお腹も再現されている。
俺には想像を超えた作品だった。
まさに芸術。
俺は保坂さんを探すことを忘れて、紙で作られた自分の等身大模型をくまなく観察した。
けれど俺には到底理解のできない作りで、見ても何がどうなっているのかさっぱりだった。
その自分の模型の手に、一枚の正方形に折られた紙が挟まっているのに気づいた。
「何だろう……」
倒さないように恐る恐る紙を手に取って広げてみる。
そこには、俺宛てのメッセージが可愛らしい丸文字で綴られていた。
『翔へ、放課後、屋上で』
もしかして、これを渡すためだけにわざわざ作ったのか! お、俺の等身大模型をっ……。
信じられない思いでいっぱいになった。
「…………」
俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。
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