第29話 思い出の地
「ここに戻って来るなんて…完全にこの区がガスに埋まってる…あれから何日経った?意図的に回収しない限り消えないんだ。最悪。」
久しぶりにやってきた故郷、フィレ区は全域が毒ガスに汚染され、酷く視界が濁り、人の気配は微塵もなかった。まさに死んだ場所だ。一先ず、私たちはバイクを止め、廃病院の入口へと向かった。ここも突破されたまま手つかずで、鉄柵やドアの残骸が散乱していた。
「毒ガスと共に進行していたので、探索はされていませんね。タイムリミットがあったはずですし。重要な書類なども残っていると良いですね。」
エーツは言うまでもないが、やはりビクターはこのガスの影響を受けていないと見て間違いなかった。いつも息をするために肩から掛けたカバンから顔だけ出しているのだが、何もないかのように振る舞っている。
「花を持って来ればよかった。腐敗が進んでいるけど、ハエとかは舞ってない。」
階段を上がって直ぐにケナーの死体が目に入った。私たちは最初にランプたちと最後に戦闘した場所に向かうことにしていたのだ。このガスの中では人間じゃなくても生きられないらしい。
廊下を直進し、恐る恐る部屋の扉を開いて顔を覗かせる。扉は殆ど壊れ、バリケードもあったため中に入らないと様子は伺えなかった。当然のように何人かの死体があり、銃痕があり、それ以上の荒らされた形跡はなかった。排除だけが目的だったようだ。
「私の抜け殻…凄い!衛星端末や分析回路は生きてますよ?奪われなくて良かったです。ヴェミネさん、すみませんがこのプラグを私に刺していただけませんか?」
ランプたちの死体には目を瞑ることにし、エーツは自分だったガラクタの所に向かっていった。手のような機器はないため私が掻き分けていると、彼女が気づいたというわけだ。帰ったらアームくらいつけてあげないと。
「どう?何か変わった?」
言われた通りにし、エーツは暫く沈黙の中にいた。まるでおいしいモノを食べているときのように、一言も話さず機械音だけを上げて。
「お待ちください。何か仕込まれてます。流石フォビーさん。解体だけを済ませたんじゃないですよ。前には無かった機密ファイルみたいなのが存在しています。…小ラボに行きましょう。」
解ったのか解っていないのか、彼女は急に振り返り部屋を後にした。不審には思ったが、私が予想した知りたくないようなことを目にした可能性を考慮し、何も言わず付いていき、階段を降りていった。
前とは違うルートでラボまで行った。普段はバリケードが張られ、進行は非常に困難だ。トラップも張られているし、知らないと時間が掛かりすぎる。私はチームで共有していた方法を使い、その場を超えた。
「それ、フォビーのPC。埃被ってる。大事な情報はここには無いんじゃない?」
ラボは別にある。実験を主に行っていたのはそっちだし、フォビーは重要な情報は個人で管理していると公言していた。ここはあくまで小ラボ。ここでやっていたことも大したことではない。
「いえ、私の中に…。フォビーさん、悪い人かもしれません…クラウズ・スレデムの動きを既に知ってたんですよ。研究所が崩壊したことに関わっています。」
エーツは自分のコードをそのパソコンと接続し、物悲しい様子で語った。悪い人か。エーツは純粋ね。それで言ったら私も悪よ。仲間と言えど、利用してた節が私にもあったから掛ける言葉が難しかった。ここに居た皆は、決して良い人達ではない。
「でも、守った。ここに敵が来ると例え知ってたとしても、自ら死んでまで残したものは何かしら。失望する必要はないと思うけど。」
あっち側ではない。それだけで信用する理由は十分だった。機械が好きで愉快な奴。その印象はエーツの言葉からは拭えなかった。
「確かに疑わしいものばかりではありませんね。見てください。これは「あの日」の記事です。嫌な、歯車ですね。」
解像度の荒いPCには何やら事件のように纏められた記事が載っていた。誰によって書かれたものなのかまでは不明だった。
本日、何者かによって「ビビア」研究所が壊滅の危機に瀕した。極秘プロジェクトは急停止を余儀なくされ、研究所を移すこととなった。新兵器についての進展は滞りなく進んでおり、未来次章については綻びがないものと思われる。
(黒い鳩が消失した。旧暗号解析ツールとしての伝書鳩としてカモフラージュされていたが、より高度な知能を有していた。情報漏洩を防ぐため部隊を当てたが、弱った直後その場から消え、追跡が不可能になった。他に部隊を回す必要があったため、捜索は断念され、認識の誤謬をどのように捉えるかの研究も追う必要がでてきたようだ。)
大きく動いた点は、この崩落によって新兵器の投与を進めなくてはいけなくなった点だ。この街での戦争を試み、全てを薙ぐ為の計画を決行することとなった。これは研究チーム、並びに旧フィアーズの危機的状況を覆すためである。この街を支配する力のある者たちは、共存を止め、この街を正当な力によって守ることを宣言した。時代は動き、我々の望んだ片道にその轍を作り上げられるかもしれない。本日の出来事は好機であり、反撃の狼煙の第一陣となるだろう。
「おかしなものでしょう?私のデータには、ビビア研究所の襲撃内容が残されていました。フォビーさんは、戦争の火蓋を落としたんです。戦争になるって隠してたんですよ。自作自演、とまでは行きませんが。あの人の事です、ここまで広がることも理解してたはず。」
ビクターが私の元に飛び立ったあの日から、既に事は始まっていた。あの日から今日まで、繋がっていた。エーツは残念そうだけど、わざわざそれを見える形で残したというのがどう説くかではないのか。
「エーツは?あんたを作ったのは、ただ素材が手に入ったから?動機までは解らないけど、ついでみたいに襲ったとは思えないわ。復讐、あるいは…。酷いことをしたとは思いたくはない。それにしてもビクター、あんた普通の鳩じゃないのね。ドゥイェンが不意打ちに気づかないのが変だと思ってた。」
あの戦闘は、単に奴が油断したわけではなかった。思い返せば、ビクターはコンテナに飛び立つところを目で追われていることもなかった。運命に寄りかかっていた者を拾い、自分がその運命に居るとは不思議なものだ。
「きっと、ヴェミネさんの方がフォビーさんを知っていると思います。だから、貴方がそう言ってくれるなら、そう思いたいです。私が存在する理由も、あるわけですし。最後の戦いに備えましょう。毒ガスに相反する物質はある程度掴めているようです。でも、ラボに行かないとどこまで進んでいるか確認できません。今は帰りましょう。そろそろ時間です。」
エーツは内側に持つ情報を全て開示しようとはしなかった。洗いざらい見せてくれるなら、今彼女が完全に納得していない理由も解るはずなのに。敢えて問いただす理由もあらず、私は彼女の意思を受け取り、その日は帰ることになった。
現アジトに帰り着いた私たちは、素材の提供が間に合いそうなことだけを伝えた。自分の亡き仲間が、戦争勃発の主犯格だとはどうも説明しづらかった。コットたちは肯定的な情報だけで満足してくれ、あまり質問も無く次の段階に入った。
「私を自立行動できるように改造して頂くことはできないですか?ラボまで行って、素材について調べ尽してきます。私一人の方がリスクは少ないです。」
ラボに答えはありそうだという話になった途端、エーツがこの様に言い出した。まあ、不便に感じる部分は多いだろうけど、理由はそこじゃなさそう。
「僕には無理だ。機械には自信があるが、一人で行って情報や素材を取ってこられるモノが出来上がる自信はない。部品を削ぐのとは別だからね。誰かを付けてくれ。」
とコットは説得したが、エーツは頑なに一人が良いと言いたげに、はい。とは言ってくれなかった。皆は変に思っていないようだが、私は一連のことが気になった。
「チェットにでも頼む?また重量が増すけど、あれこれできるようにはなるわ。」
しかし、突っ込むことはしなかった。気になった程度だったからだ。それ以上の考えはなく、また、どうでも良いと思っているのかもしれない。エーツは私が気を遣っていると捉えたのか、申し訳なさそうに感謝を述べ、改造が施される手はずとなり、一人でラボまで向かった。
「素材を必ず突き止めます。充電も万端なので、次合う時は完成の時です。何日か時間をください。」
見送られる前は元気だった。憂鬱だけに動かされているのではないと知り、一安心だった。後は、待つだけだ。
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