第27話 至近距離戦闘

 至近距離の銃撃戦が始まった。私たちは壁に張り付きながら弾を通した。爆弾を投げることも考えたが、あいつなら投げた瞬間に狙い撃ち、悲惨な結果を生むことが想定されるためできなかった。狭い場所に二人で弾幕を張っているというのに、勝算は簡単には傾かなかった。相手の攻撃は未来のオートタレットかと思うくらい正確で、迂闊に体を出せば簡単に撃ちぬかれる。まだ負傷はないが、このままでは。あの日、敗北を擦られたようにその実力は計りしれないものだ。

「あいつ、リロードしながら別の銃を撃ってやがる。それも精密ときた。弾切れを待つのは無理だな。こっちが制圧される。」

 カラーは私よりも銃の扱いに長けているが、彼女でも苦戦していた。時々しゃにむに体を乗り出して乱射するので心配だ。それはまあ、撃ちぬけるような隙ではないけれど、死んでも良いという意思が匂ってくるようだった。差し違えてでも殺す。私は聞いてもいないのに、カラーがそんなことを言っているように聞こえたのだ。

「カラー、またタイミングを合わせよう。全弾あそこにぶち込んで貰えれば、私ならこの距離くらいは詰められる。あんたは軍じゃないんでしょ?言っている意味、解る?ああ、でもできれば、当てないようにね?」

 私は新たな策を呈した。詰まるところ、私は気にせず、距離を縮めている間にその中を撃てと言った。狙いを定めてくれるなら、姿勢を低くすれば致命傷は避けられる。多分。カラーの腕なら、この狭い空間でも的のど真ん中に当てるなんて言うミスはしない…かな?またまた解り切ったようなことではなく、面倒くさがりな性格が主張した、私の案だった。

「流石に死傷者は避けるぞ。だが、そうだな。毒を以て毒を制す。鬼のような奴ならば、普通しないこともしなくては…行ってくれ。当てないように尽力する。死んだら…すまん。」

 作戦は意外にも上手くいった。奴もそんなことをしてくるとは思っていなかったのか、カラーの弾丸が頭上を掠めるために、低姿勢での射撃に切り替えた。だが、私も銃を撃ちながら前進したため、それを阻んだ。私は肩と右腕を擦られる軽症で済み、カラーの弾倉が空に成るころには拳の入る位置まで届いていた。やはり、信用して正解だった。腕なんか当てた日には多額の請求をしてやろうと思ってた。

「そんな玩具に頼ってばっかじゃだめよ。」

 ゼッシは冷めた目で拳銃を引き抜き、速射したが、この距離なら私の方が速かった。その手を蹴り、銃口を遠ざけた。

「くそっ。ヴェミネ、早く片付けろ。」

 なのにどうやってか軌道修正し、後ろで援護しようと近づいて来ていたカラーに命中させた。あれは致命傷か。振り向く余裕もなかったが、腹部を抑えているように周辺視野では見えた。カラーは直ぐに壁に張り付き、それ以上顔を出すことは出来なさそうだった。

「この距離まで近づけたのはあんたの落ち度。」

 カラーを撃ちぬいたと同時にもう片方の手で別の拳銃を引き抜き、私に銃口を向けたが、私は躱し、胸部にナイフを突き立て前に進んだ。体で押したナイフは深々と刺さり、刀身が全て体に埋まる程に浸食した。

「…。」

 痛みはないのか倒れることなく眉間にしわを寄せ、奴はふらついた。そのまま後ろに下がり、奇妙な行動に出た。こいつはナイフをゆっくりと引き抜いて、そのナイフで自分指を一本落とした。狂気じみている。

「何か?あんた、舌が無いのよね?まさかとは思うけど、自分で切り取ったの?」

 私の問いに、ゼッシはこくりと頷いた。フィアーズの中で一番狂ってるのはこいつだ。何を考えてるのか全く掴めない。そんな会話も直ぐに終わり、殺し合いがもう一度始まった。こいつの射撃能力だと撃たせたら負けるため、別のナイフを取り出し、素早く次の攻撃に転じた。

 相手は近接戦闘が全くできないという事でもなく、確実に戦えると言えるだけの実力は兼ね備えたものだった。しかし、ドゥイェンとの戦闘を経てか、元来接近戦しかしない私の手に負えないものではなかった。ナイフだけで言うならば、こちらが優勢だった。あいつは拳銃を使おうと何度か試みたが、それだけは防いだ。血濡れたナイフをくれてやったんだ。我慢してもらわないと。私も残弾を使わないように試みているのに。

「?!。」

 結果、最後に一発の銃弾を撃たせることになったが、私は横にずれて躱し、次の一発が放たれる前に奴を引き寄せ、腹部を刺し、社交ダンスのように拳銃を持つ手を掴んで封殺し、腹のナイフを引き抜いて首に深々と刺した。

「踊ろうってツィーグは言ってたね?良かったじゃん。」

 首からは見たくもない血が噴き出し、二メートルは離れてる路地の壁を濡らした。ゼッシは倒れ、その寸前にもマシンピストルを取り出しこちらに向けて乱射したが、素早く動いたため、脚に弾を受けるだけで済んだ。射線の直線状に居たらヤバかった。普通に死んでいただろう。地面に突っ伏すと動かなくなり、息もしなくなった。

「倒したのか?気にするな、致命傷じゃない。強がりでもなくな。治療は済んだ。」

 路地から出ると、カラーは重たげな顔で立ち上がった。床には体から抜かれた弾丸と、ナイフが落ちていた。よく声も上げずにそんなことができるものだ。奇跡的に内臓に損傷はないらしく、撃たれたのも端の方だった。

「カ…隊長…直ぐに…離れてください。」

 ゼッシの死体を背に歩き出そうとした所、苦し気な声が無線機から響いた。ケッペルのものだ。あの環境だけどガスマスクもしていたので問題は無さそうだった。何か別の問題か。

「行くぞ、ヴェミネ。帰りは簡単だ。」

 私たちは先ほどの位置まで移動した。既に戦闘は終わっており、敵勢力の姿は一人もなかった。ケッペルが居た位置まで行くと、彼は項垂れ、肩で息をしていた。

「この毒ガ…吸わなくても…長時間…急性症状が出ます。あの撤退…意味が。」

 彼は手を伸ばし、必死に遠ざかるように訴えていた。ガスマスクだけではダメらしい。何時間だ。私とカラーは時間で言えば一、二時間くらいか。ケッペルはもっと居たようだし、私たちに残された時間は僅かではないだろう。しかし、思えば当たり前のことか。街を征服するためのガスが、アイテム一つで無視できるのは武器として成り立たない。ガスマスクは一時的な防衛に過ぎないわけだ。

「お前だけでも救う。来い、まだ何とかなる。」

 カラーは抱き寄せ、立たせようとした。だが、彼はぐったりとして凭れ掛かることしかできないようだった。目からは血の涙を流しているのが見えた。

「カラー、運んでいくのは無理。第一にこのガスから抜けないと。どこまで広がってるかもわからない。」

 バイクでは二人までが限界だ。ここに二人の内どちらかが残って徒歩で移動するというのも博打が過ぎる。その上、解毒ができない。ここまで毒が回ってしまったらもう、助けようもない。それはカラーも解っているはずだ。

「どうか…ご無事で…ヴェミネ、お前もな…」

 ケッペルは最期の力を振り絞って自ら遠ざかり、拳銃をこめかみに当てて自殺した。畜生、後味の悪い言葉を付け加えやがって。安らかに眠って。

「ケッペル!全て崩れていく…何か返せると、思っていたのに。行こう、あまりここに居たくない。」

 感情に押し流されることなく、カラーは私の肩に手を置いて後ろを指さした。私よりも多く、何度も誰かの死を見届けたことがこれだけで伝わった。

 帰りもカラーに運転してもらうことになった。それくらいの体力は残ってるとのことだった。辛い気持ちがそうさせるのか、スピードも飛ばしているように感じる。速く駆けていると毒の霧も晴れ、広がってはいるが街全域に広がっていないことが分かった。

 一息ついたと思ったが、私たちとは違うエンジン音が後方から聞こえてきた。

「ヴェミネ!止めを刺さなかったのか?!」

 濃霧の中から顔を出したのはゼッシだった。首の傷は塞がり、バイクを走らせ、こちらに向かって来ていた。絶対にありえない。どう見ても致命傷だった。動きもしなかった。

「そんなはずない。ドゥイェンの時と同じ。こいつら不死身なんだ。」

 だが弱っているようではあった。苦しそうに姿勢が低くなって、どちらかと言うとバイクに捕まっているという表現が正しいだろう。あちらはマシンピストル、こっちはサブマシンガン。あまり冷静な判断でもないのではないか。カーチェイス並びに銃撃戦が始まり、私は振り返って銃を構えた。

「後部席はカラーの方が良かったね。私はバラまくことしかできない。」

 相手が全力を出せなくて助かった。マガジンの弾を全部打ち切ったみたいだが、バイクに何発か当たり、横転もせず、私たちも無傷だった。あの様子だと視界もはっきりしていなさそう。まるで執念に体を操られてるみたい。

 私も打ち返し、フルバーストで応戦した。当たったのかそうでないのか、簡単にゼッシのバイクは横転し、お互い数十発の弾を放っただけで戦闘は終了した。恐ろしく決着が早く、思っていたような危機感も殆ど感じることはなかった。しかし

「どうせ生きてるんだろな。」

 重要なのは倒したという事実ではなく、死なないということだった。絶対に死なないとは考えづらいが、首を跳ねたりしない限り死んではくれなさそうだ。不死に追われるような不気味さを残し、私たちは街を抜けた。

「前は急所を外したのとばかり思ってたけど…違ったのね。弱点とかってやつを早く見つけないと。」

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