第26話 パーティー
「ヴェミネ!外を見てみろ。敵は隠れることなく動き出した。包囲網が敷かれたようだ。」
また何日かが経っていた。状況は進行中、動けはしない。あの後、カラーは娘の行方が分かったと言ったが、暗い顔を見せるだけで全てを語らなかった。大分落ち着いているようで、行動に支障は出ていなかった。今のところは。
「包囲網?!ああ、びっくりした。ここかと思ったわ。」
辺り一面には張り紙が張られていた。紙にはクラウズ・スレデムの名前が掲げられ、この街を浄化する旨が記載されていた。カラーの言った包囲網とは、この街を囲う様に、外側の区が全てガスで沈んだという意味だった。私としては、一夜にしてこんな張り紙をバレずにあちこちに張ったことの方が驚きだ。嘘だけど。
「何を呑気な…もう一カ月もないだろう。あいつらを止める方法も、解ってないんだ。されど、戦争に備えねばならんのだ。」
終わりが近づいていることは私にでも解ることだ。カラーの言う様に、直ぐに全域が駄目になる。全面戦争を奴らが享受したという事にもなる。いや、名のある組織は殆ど各個撃破されているのだろう。今回の場合、戦争は勝手に潰れる期待ではなく、大胆不敵な壁が立ちはだかったという方が考え方として正しい。
「冗談。コットはまだ…」
私が話し始めた時、街全体へ向けた放送が開始され、爆音が響き渡り、それを伝い、忌々しい声が話し始めた。
「どうも~。この街にお住いの皆さん!この街の新たな門出を祝して、今日は記念日とするよー。聞いてるかあ?野郎ども。我らはクラウズ・スレデム。真の時代に相応しい、厳粛なる組織。ああ、順番が前後しちゃった…記念日ってことで、パーティのはじまりだー。今日も今日とて街を浄化するだけでなく、皆で踊ろうではないか。」
声の主はフィアーズのツィーグのものであり、またしても親玉が表に出ることはなかった。そうして放送は終わり、余韻と耳鳴りだけが残った。
「これのことか。二度目の敗北時、もうすぐパーティを行うとか何だと言ってやがったんだ。あいつらのことだ、ヤバいことが起きる。」
なぜか終末感が既に漂っていた。空気は重く、どんよりとしている。あの日、私たちを染めた絶望の色が、濃く滲んでいる感じがした。
「お前ら、大変だ!バラン区での抗争、J・ジャスムが敗北した。パーティとやらを聞いたか?首を集めたり、小さなアジトに強襲に入ったり、やりたい放題やってるぞ。何て奴らだ。」
私たちが立ちつくしていると、オーシャが帰って来てこのように伝えた。J・ジャスムは難攻不落とも言われていた組織だ。カラーもその絶大な実力は知っているはずだ。周りはこれを見て、大幅に戦意が下がる事にもなるだろう。
「くそっ。向かおう。グラッスも増援として向かいかねない。私は恩情がある。」
カラーは百歩譲って自分が居た組織が壊滅したことは良いとして、直属隊は守りたいと言いたそうだ。私のバイクに直ぐに跨り、エンジンを蒸かした。
「ヴェミネ、付いていけ。俺はここに残る。ただし、直ぐに帰ってこい。俺が骸になって見つかっても良いなら別だが。」
オーシャはそう言って建物内へと入っていった。この辺りにも奴らが派遣されないとも限らない。確かに全員がここを留守にするのはまずそうだった。私たち二人は黙って頷き、私はカラーの後ろに跨った。
バラン区に差し掛かるか否かという場面で、バイクを止めることになった。ここら辺は狂気じみた音楽が放送され、先の景色は火の海で、おまけに銃声が止まることなく奏で続けられていた。また当然のように例のアイベンとかいうガスに満たされていて、景色が濁っていた。ガードレールや車を使い、銃撃戦が道で行われていたのだ。幸い、あちらにいるのがクラウズ・スレデムの勢力みたいで、前線はごたごたしているものの、包囲されて完膚なきまでに叩きのめされている状況ではなさそうだった。カラーはバイクから降りて真っ先に遮蔽まで走り、そこにいる人間に詰め寄った。私も流れ弾が嫌なのでそれに付き従った。
「カラー隊長?!どうしてここに居らっしゃるのですか?」
この顔には見覚えがあった。グラッスのケッペルとか言ったか。先日、少し話をしたときに、直属隊にはこれからお世話になるかもしれないとかカラーは言ってた気がする。私はどこまで曖昧なんだ。私たちの登場で、険しい顔が少し和んだようにも見えた。
「そんなことはどうでも良い。戦況を教えろ。」
カラーの目が鋭くなった。劣勢だというのは最初から承知の上なのだろう。幾度となく目標を攻略してきた武勇伝を、今度聞いてみるのも悪くないかもしれない。
「J・ジャスムの援軍として、第5部隊までが派遣されました。途中、第1、第3部隊の壊滅後、J・ジャスム本陣が壊滅いたしました。残る3部隊は命令系統を私に切り替え、現在交戦中です。敵の進行は包囲ではなく正面からのもので、応戦し、時間を稼ぐことは可能です。幾つかの組織は逃走に成功しました。ですが、時間の問題です。」
最後の言葉は私たちにだけ聞こえるように放たれた。この場に留まり、戦い続けることは死を意味することはこいつも解っているらしい。J・ジャスムが陥落している時点で、その下に就くこいつらの実力では、この作戦は玉砕と同じだ。
「あいつららしい。やはり戦闘員の殆どはフィアーズ由来だ。バラン区側か…J・ジャスム側の鉄橋を爆破して落とせ。ここまで来てる部隊は銃撃戦で鎮圧する。装甲車を使って展開し、台形に陣営を取れ。」
彼女は冷静そのものだった。付近の兵士は怯えながら銃を撃っていたが、それだけで士気が上がったようで少し冷静さが見られた。
「了解、指示を出します。こちらの状況ですが、相手の狙撃兵が厄介です。あのガードレールが見えますか?先ほどからあそこより対物ライフルで制圧されています。スムーズに前線を押し上げることは困難です。今も!こんな風に遮蔽裏の兵士が打ちぬかれ、数を減らされています。」
こうしている間にも兵は前に進み、射程を短くして火力を上げようと試みていたが、途中にある軟な遮蔽物ごと破壊され、何人も倒れていた。またアイツか。銃撃は的確で、銃声がすれば必ず誰かが倒れると言っても過言ではなかった。
「通信機を貸せ。私とヴェミネが潜伏する。奴だけでも何とか撃てない位置まで誘導しよう。お前は準備が出来次第、部隊を再展開しろ。どうやるかはお前に任せる。」
何か策があるようで、カラーは次の行動に出た。まさか私も交わって兵隊ごっこをやる日が来るなんて思いもしなかった。昔の私が見たら腹を抱えて笑うかも。
「作戦は良いんだけど、どうする気?カラー隊長。」
ひとまず匍匐前進し、こちら側にあるガードレールまで移動した。ここならゼッシに狙撃される心配はない。問題は、他の兵士同様この先に向かって反対側のガードレールに辿り着くことだ。道幅は無駄に広く、優に二十メートルはある。途中、車や詰まれた荷物などで体は隠せるが、出来ても二、三人。またそこから移動する最中に優先的に攻撃されることとなる。
「からかうな。あいつの攻略に策なんてあるわけないだろ。相手はゼッシ、その危険性を知ってるのはお前と私だけで良い。まあ、無謀に走ったわけではない。策と言う程ではないが、こちらの弾丸が通る位置まで移動することは可能だ。取り合えず撃てる位置まで移動するぞ。」
弾丸が通る位置か。私たちが持っているのはライフルなどではなく、サブマシンガンだった。勿論、十分既に有効射程内だが、決められたターゲットを、それも長射程を得意とする奴を仕留めるためには接近は必須だった。
「はあ、私絶対撃ちぬかれて死ぬ…何?!あ、パーティね。」
その時、爆発音がした。先程のカラーの命令が実行されたのだと思ったが否だ。大きな花火が打ち上げられ、音楽の音量が増した。ここで戦うゼッシは舐めたことに、リズムに合わせてライフルを撃ち始めた。無論、適当ではない。
「なぜ感心してるんだか。ガスも濃度が増した。淀んでいる…。よし、来たか。残りは居ないな。ケッペル、ランチャーで二時の方向、我々の装甲車を破壊しろ。」
カラーは次に、とち狂った提案をしだした。ゲームだったらフレンドリーファイアで大きく減点だ。現実ならどうか、そんな話では済まされない。しかし、有無を言わさずロケット弾が発射され、有言実行となった。
「フフフ、ヴェミネ、私たちは軍ではないんだぞ?梱包爆弾のお陰で爆発範囲は甚大だ。見ろ、あちらの道路は封鎖された。横入れが無くなったんだ。」
動揺する私を見て、こいつは高笑った。一番近い塀と周辺の電柱などを巻き込み、崩れたお陰で近辺の勢力も削いでくれた。正直、私でも無茶だと思う。あの辺りにいた友軍はどんな気持ちなのだろう。死傷者は出していないようだけど。
「要するに、今行けと。しょうがない、カラー、一瞬だからね。直ぐにそこのガードレールに張り付いて。」
私は例のお手製爆弾をガードレールの奥に投げ込んで、爆発と共に飛び出した。気づけばゼッシとは至近距離、援護する者も殆どいなかった。ここまで前進できた兵は少なく、こちらも同じ条件だった。
「もう居ないぞ。勘が鋭いな。あそこか…。あいつ一人だ。他の敵は展開ルートが違う。」
よく見たらここは狭い路地が多く、この場所に陣取っていたのはあいつだけだったらしい。今は路地のゴミ箱から顔を出して前を伺っていた。敵兵は幾つかいるが、もうじき到着する友軍とぶつかることになり、サッと通れば、バレずに一騎打ちを仕掛けられそうだった。
「カラー、変だ。奴ら、引いていくぞ。」
私たちは前に進むだけだったが、敵がぞろぞろと前線を下げ、帰って行こうとしていた。こちらとしてはありがたいことこの上ないが、それは目先の利益でしかない。しかし、それでも討つべき者が前に居る。行動する外なかった。今後これ以上近づける保証はない。今は殆ど奇襲と言う形で接近することに成功しているのだ。
「…。」
私たちの接近に気づくと、奴はこちらに手を振って来た。少々驚いた様子を見せ、私たちが近くにいることは本当に気づいていないみたいだった。
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