第11話 通告

「脱退しろとおっしゃるのですか?!」

 J・ジャスム本部の医療棟から帰還した私に向けられた総長からの言葉は、労いの言葉ではなく、最悪な通告だった。言った通り、除隊命令が下されたのだ。

「お前はJ・ジャスムの面汚しだ。相手になんの打撃も与えず、粗末な作戦を決行した。」

 何も知らないのか。フィアーズがどれだけの組織だったか。あいつらが解散していなければ、とっくに街が終わっていることも。私より長く生きているのかもしれないが、その程度の情弱か。

「フィアーズの構成員が動かしていました。お言葉ですが、作戦に問題があったわけではありません。奴らが異常なのです。」

 言い訳に聞こえる。実際そうなのだろう。しかし、あいつらは別次元だ。まるで、違う世界から連れてきて人間を蹂躙することを目的に存在しているような、太刀打ちできない奴らなんだ。

「フィアーズ?カラー、それが何だと言うのだ。お前は、我々の最も尊重する意思を踏みにじった。本当なら処刑する所だ。だが、今までの功績はないがしろにはしない。さっさと、居なくなってくれ。さよならだ。」

 全部が全部、私情ではないことは知っていた。この組織が規律を重んじる余り、それを超えることが許されないという掟は自分が謳ってきたことでもある。解っていようとも、理不尽に首を切られたことが許せなかった。

「総長!どうか、チャンスを下さい。私はあいつらに泡を吹かせられるなら、腹を切っても構いません。」

 無駄だと解っていながら主張した。この熱意は心の一番深い場所から来る感情だ。何もかもを捨てても、復讐する必要があった。今部隊を失えばそれも限りなく遠くなる。私は頬を殴られ、連行されることになった。

「もう、終わったんだ。悪く思うな。」

 私はぐったりとして、引きずられていった。望んでいないのに徴兵されてしまったかのような悲愴を連れて。私は本部の外へと放り出された。またも、またも。私には居場所がないのか。

 私は立ち上がり、遠ざかるために本部から歩いていったが、道中で耐え切れず泣き崩れてしまった。そうだろう。こんなにも弱いなら、負けて、追い出されて当然じゃないか。

「隊長?カラー隊長?」

 もう死のうかとも思い詰めていた所、ケッペルが通りかかり膝を立てて心配そうに寄って来た。

「その名で呼ぶな。もう私はJ・ジャスムには居ない。」

 私の顔は酷いものになっているだろう。今の顔を見られたくもなく、私は俯きながら答えた。

「そんな…何があったんですか?」

 ケッペルにはまだ、尊敬の意思が映っていた。それでも、用済みと分かれば興味も失うだろう。それがこの世界だ。

「負けた。それだけだ。前に、フィアーズの話をしたな。奴らだ。」

 以前、劣悪な組織が居たと話したことがある。あいつらは悪名こそ名高いが、あの頃から名前を出すのもタブーとされていて、その時代を生き残った少数しかその真髄を知らないためそこまで広がっていないのだ。

「覚えてますよ。隊長、俺は隊長の強さを知っています。決して、それを聞いても見下したりはしません。理不尽ではないですか。許せない。隊長は悪くないはずだ。」

 心の内を代弁され、私は無意識にまた涙が流れてしまった。私は唾を吐きかけられると思っていたのに、その熱情が暖かかった。

「私は終わった。もう関わるな。ロクな噂が立たないぞ。」

 私はケッペルの肩を軽く押し、遠ざけた。今の私にできることと言えば、汚名が移らないように気を配ることだ。

「隊長、俺が隊長を見捨てられるわけがないじゃないですか。生きる力を与えて下さったのはカラー隊長だ。時間が経ったのならグラッスに来てください。歓迎しますよ。名前も聞かなくなった頃なら入ることは容易です。実力がモノを言う世界ですし、グラッスの雇用にJ・ジャスムは関与しませんから。」

 ケッペルは私の押す手を握り、近づき抱擁してくれた。私は子供のように泣いてしまいそうだった。こんなにも近くに、理解してくれる奴が居たとは。力だけが生きる全てではないと教えられることになった。それから彼は拳銃を引き抜いて、幾つかのマガジンと共にこっそりと私に手渡そうとした。

「お前もグラッスに居られなくなる。受け取れない。」

 その好意を受け取りたかったが、バレたならただでは済まない。言うなれば、今回の私の失敗よりも重い罪だ。苦痛を伴う処刑が行われることになるだろう。

「良いんです。俺はこれでも武器管理をしています。一丁程度なら簡単にちょろまかせられるので。それに、俺はよくものを無くすんです。今日も銃を一丁落としました。もう誰かに拾われてるでしょうね。」

 彼は私の手に拳銃を握らせ、笑いながらそれに指を指した。武器管理を任されているのに、モノを無くすというのは無理のあるジョークだった。私はケッペルの手に額を当てて感謝を示し、それらを仕舞った。

「ケッペル、一つ忠告だ。今話題となっているキラーゴースト、戦う時が来たら十分に注意しろ。最悪、身を引いてしまうのも悪い選択じゃない。どうかこれからも、強く生きてくれ。戻る日が来たのなら、その日は宜しく頼む。」

 私はせめて立ち上がるだけの勇気は持てた。重い体を何とか起こし、この場を去る事にした。絶望に満たされているのは変わりなく、全てをやり直そうという気概はまだ持てなかった。この振る舞いも強がりだ。内はぼろぼろだった。

「ええ、誰よりも警戒いたします。お待ちしておりますよ、隊長。」

 ケッペルは敬礼せず、会釈した。遠くから私に対して敬礼をしているところを見られれば、それだけで問題になるからだ。気を配ることができるこいつは、グラッスの一部隊隊長なだけある。そうして私たちは背を向け合い、別々の道を歩き出した。

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