第10話 解散

 私たちは食卓に集合し、奴らが来るのを待った。スナイパーがいるなら廊下は危険、ましてや銃を持った奴らもいるというのなら、そこに留まるのは得策ではない。ここにも戦えるだけの物資はあり、何とか近接戦闘には持って行けそうだった。

「フォビー何してる?!手を貸せ!」

 数分後、戦闘が始まり、早くも事態は緊迫していた。固めたドアはバールでこじ開けられようとされており、既に破壊されたバリケードからは何人かが侵入してきており、接近戦を余儀なくされていた。

「少し待ってくれ。エーツをあんな奴らに渡すもんか。脳回路だけでも抽出する。」

 その状況で、いや、彼も敗北が近づいているのは分かっていたのかもしれない。愛おしそうに鉄塊に抱き着き、解体作業に取り掛かっていた。だが、数十秒で終わらせ、他の事を初めてくれた。テーブルを倒して遮蔽物を作り、驚くべきスピードでそれに鉄板をあてがって釘を撃ちこんでいた。限られた時間でそれをしたため、テーブルに乗っていた一切合切は床に散乱し、皿やグラスは破片となって地面を汚した。

 ランプも手伝ったおかげで、幾つかのテーブルが半身を隠す遮蔽物になった。その間に私とラベンダーも入口を投擲物によって守っていたが、その攻防空しく破られることになった。

「ああ、もう!入って来るよ!」

 塞ぐものとドアごと乱暴に破壊され、一つの入り口が完全に開き切った。私たち全員はそれぞれのテーブルに身を隠し、近づいているのを待った。幸運なことに、奴らはテーブルに向かって弾幕を張ったが、鉄板が銃弾を止め、時間稼ぎにはなった。しかし、こんなやり方で逆転の方法などあるわけもなく、次第に部屋を埋める人の数に盤石に態勢を整えられるだけの状態だった。だから、私たちは戦うしかなかった。この状況でなるべく銃を撃たせない方法。それは敵にこれ以上なく近づくことだ。

 ラベンダーは私と同じことを考えており、破壊された扉の一番近くに居た彼女は、遮蔽を利用して近づき、最初の一人の脳天にバットを振るった。それを皮切りに、援護するためにいよいよ部屋を横切ろうとする奴らとの肉弾戦が始まった。入口が狭いので、最初の数十秒は持ちこたえることができた。倒した敵を盾にして次を狙い、絶対に部屋の外からの射撃を許さないことを徹底した。とは言え、こいつらは脳の小さいぼんくらとは違い、戦い方に心得はあった。隙を与えてしまった一人に射撃の猶予を与えてしまい、狭い中で放たれた弾丸はフォビーをハチの巣にしてしまった。

 そいつをランプが倒し、その援護者を私が倒した。入り口は今もなお拡張されていて、もはや三人で手に負える人数ではなくなり、他の入り口も破壊され、終局が近づいていた。そして、遂に私たちは包囲され敗北が決定した。奴らも降参すれば生かしてやるなんて常套句を吐くつもりもないらしく、殺気は抑えられていなかった。

 終わりだと思ったその時、ラベンダーが煙幕を焚いてくれた。部屋を完全に満たす程の凄まじい煙と共に、銃が一斉射撃され、下手な鉄砲なんとやらと言った具合に煙幕の中を百とも思える弾が飛び交った。私は身動きが取れなかった。後数秒、私も穴だらけになって死ぬのだ。伏せるというのもばかばかしくなる。その中で誰かに手を引っ張られ、壁にぶつかったと思ったら、今度は落下した。私を引っ張ったのはラベンダーか。

「げほっ…真っ暗だ。ここはどこ?」

 高さも解らず、受け身を取れずに体を打った。落下したという言葉に遜色がないくらいの距離はあった。

「緊急脱出ポット。ただのハッチだけんど。床の一部を一回だけ開くようにフォビーが改造してくれた。」

 ラベンダーはライターを取り出して煙草に火をつけると共に、辺りを照らした。私が最初に見たのは彼女の悲し気な表情だった。上の方では制圧射撃の音が鳴り止んだが、束の間、とどめを刺すような音が二発鳴り響いた。何が起こったのか、音だけで分かる。

「逃げ道はちゃんとあるんでしょう?ラベンダー、逃げよう。」

 降り立ったところはあまり見覚えのない部屋だった。私たちもこの病院全域を管理しているのではなく、封鎖されたまま置いていた箇所も何個かあった。

「「メイク」って呼んで。それが本名。ヴェミネ、私結構カンカンよ?いつか、復讐も考えよう。ああ、それと、はい。これはあんたが持ってた方が良い。」

 この部屋の扉は不自然な位置についていて、どうやらフォビーにしかできないような改造がされているみたいだった。メイクがその扉を開くと、非常通路のような所に繋がっていた。それから、振り向き不敵な笑顔を見せて何かを私に手渡した。正体を明かしたとしても、このタバコ野郎は謎が多い。

「復讐ねえ…何これ?」

 それは半透明のシリンダーにチップがくっついた何かの機械だった。全く何か分からない。

「エーツちゃんだよ。さっき隠れてる時フォビーが転がしてくれたんよ。多分、色んなとこ行くヴェミネなら、起動方法も直ぐに分かると思う。」

 私はため息をついて、渡された機械をバッグの中に入れた。フォビーの意思が乗っかっていると思うと荷が重い。しばらくは、またこいつを喋らせるために労力を割くことも考えてしまうだろう。

「ここは小ラボか。なるほど、やったね。」

 廊下を歩いて行き、また扉を開けるとちょっとした研究や改造のために使っていた小さな部屋へと行き着いた。バイクなんかを作ったのもここで、ここから外へ脱出することができた。こっち側は高い塀に囲まれているため敵に包囲される心配は少ない。バイクにキーを差し込み、シャッターを開いた。既にガスで先の景色は濁り、それらが充満していた。

「待って、誰か来る。一人だ。」

 バイクに跨ろうとするとメイクが外の一点に視線を向けた。だいぶ近くまで来ていた。何を使ったのかその進路は塀があった場所で、よじ登るのは常人の技ではなかった。この濃霧の中、マスクもせずに堂々と歩いていた。私は遠巻きでも、その立ち振る舞いで誰か分かった。

「メイク、逃げるぞ!そいつはヤバい!」

 あれは鬼畜だ。文字通りの。前は「フィアーズ」という組織に属しており、私が居た組織が壊滅した元凶だ。中でも武闘派の奴らは桁違いで、三人居る中のこいつもそれに当たる。名前は「ゼッシ」。女だ。あの時代は、女が強く組織の長も女が多かった。それが尾を引いている。三人衆の一郭は男だが。

「だろうね。二人で逃げるなんて無理だよ?こっちのガスマスクは故障しててさー。相手するのはどっちか解るよね?」

 相手はライフルを装備していた。さっきケナーを狙撃したのもこいつだ。メイクはまた煙幕を焚き、シャッターの陰から体を出して敵の方へ向かっていった。今の言葉は逃げろという意味らしい。私はその意図を信じ、発進した。先の方ではバットが空を切る音が聞こえてきていた。しかし、一発の銃声とともに誰かが倒れ、煙幕の先で戦闘が終わった。私はその横を突っ切るように走った。

 そうすると時間を置いて三発、後方から轟音が鳴り響いた。それら全ては私を掠めていった。これは外れたのではなく、外したのだ。またも腕っぷしだけで己の技量を語る。私はお前など簡単に殺すことができると。私は見逃された。侮辱ある敗北を擦り付けられて。狭い出口の木片を突き破り、絶望的な敗北に焼かれながら毒ガスの中を突っ切っていった。

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