第33話 超人
私たちはカラーと離れ、共に建物の上を目指していた。
「おかしい。敵が少ない。簡単に登ってこれた。銃声もしてるし、カラーの所に集まってるのかな。」
もっと戦闘が起きると思ってたけど、苦戦を強いられることなく私たちは次の階層へと足を運んでいた。多少、避けられるように潜行していたがそれにしてもだ。
「ここが囮に使われてるってことはないよな…死人は出てるわけだし。別の企みがあるのだろう。早く深部まで行って確かめよう。」
全く人が居なかったわけではない。巡回兵のようなものは何人かおり、集団は一方的に暗殺で仕留めてた。これから先に戦力を裂いているのだという推測なら、杞憂で済むかもしれない。それはそれで問題だけど。
そんな感じで三階まで楽に辿り着き、不気味さは増す一方だった。二階層目に至っては、奴らの好きそうな風合いに雰囲気が改造され、いよいよかとも思われたが、一階よりも手薄だった。そして、この階層以降、悪趣味な内装が続くことが予想できた。ここも同じく、宝石店や時計屋などは、禍々しい見た目になり、視界を遮るものは幾つか取り払われて広々とした空間が演出されていた。
外周全面はガラス張りで外の緑に近い空気が月明りに照らされ屈折し、部屋中を明かりが満たしている。
「あーあ、カラーじゃないのかー。パーティに誘ったから、一緒に踊りたかったんだけど。」
天井からぶら下げられたシャンデリア風の照明には、ツィーグが腰かけており、上から私たちを見下ろしていた。
「ちっ。上か。」
さっきまで居たのか。視界には収まっていたはずだったので気づけないというのは異様だった。私はサブマシンガンを上空へ向け、乱射した。まさに格好の餌食だ。
「ふふふ、不意打ちなんてしないってー。」
しかし軽々とした身のこなしで滑るように飛び、奴は私の攻撃を躱しながら離れた位置の地面に着地した。受け身も取らず、五、六メートルの高さから足で着いて、くるっとこちらを向いた。ちゃんと狙ったのに、一発も当たってない。
「こいつも超越者か。背筋が凍るな。」
直感でオーシャは一歩下がり、ため息をついた。前に自分では歯が立たないと十分に教えられている上、超越者の中では一番腕が立つツィーグと向かい合った恐怖は計り知れないものだろう。身のこなしも超越者などと呼ばれていることに呼応するようだ。
「勝負は最初からついてるね。つまんな。あんた、ヴェミネだっけ?ゼッシに聞いたよ、わざわざ醜態晒して生き残ったって。ちょろちょろ鬱陶しかったから早く始末したかったの。自分から来てくれてありがと。」
奴はそう言い、鞘から刀を抜き取って鞘を捨てた。まだ距離はあった。こちらに詰め寄ることもなかなかしてこない。これが余裕と言うやつか。
「あいつとコミュニケーション取れるんだ。ゼッシに言いなよ。あいつ、わざと外したから。(まずいね、オーシャ。剣技は見切れたもんじゃないから、逃げる方法でも考えて。)」
ツィーグの言ったように、勝負は既についていた。いくら私でも、時間を稼ぐことすら難しい。会話はしつつもオーシャにだけ聞こえるように私は話した。
「ああ、そこに居たんだ。黒い鳩。私には見える。うんうん。目は健在。そいつも死ぬのは悲しいねえ。」
少し近づいて来て、私たちは距離を取った。やっぱりビクターは普通の鳩じゃないのか。認識の誤謬とか何とか書かれてたっけ。自分を隠すことができるらしい。
「別に。焼いたらおいしいかなとか思ってたし。」
私は無駄に意地を張った。ここまで一緒に来た相棒だ。流石に死んでしまっては悲しい気がする。
「いいの?そいつ、もともとノマのだったのに。知ってた?」
ツィーグから聞き捨てならない名詞が放たれた。まさかそんな筈は。だって、こいつはお前らとつるんでる馬鹿な組織が躾けた伝書鳩であって、時系列的な部分では誤りは出ないが、関係性という視点で見た時に様々な矛盾点が挙がってくる。
「何を馬鹿な。くだらない冗談はよして。」
「(ヴェミネ、戦うしかないようだ。この階層から飛び降りて生きていられるのは、それこそあいつらくらいだ。)」
時間稼ぎの一環ではあったが、真実を知りたかった。ノマは何を残し、何に生きたのか。遺言書すら見つからなかった。その生きた証が乗せられた何かは、何であれ貴重だった。オーシャは身振るいしていたが、私を捨てようなどという魂胆はないらしい。
「良く懐いてるみたいだけど?ノマは組織を裏切るようなことは吐かなかったけど、相当苦しかったのかそれ以外のことは沢山話してくれたのよ。私たちは彼女の個人的な遺産を譲り受けたの。その鳩、普通気づかないようなことを知らなかった?そうだとしたら、そんな情報網をどうやって説明するのかなー。」
ガスマスクや警報装置の場所。偶然、レティミストはあの区に居ることが多い時期もあった。他に思い当たる節は無かったが、ノマが育てた鳥だって言う可能性は否定しきれなくなった。
「あんた、私の所に来たのには理由があったのね。捨てられてもおかしくないのに。」
きっと本当の事なのだろう。多才だったノマに、こんな知性溢れる芸達者なペットが居たと思うと納得できる。私を助けてくれたのも、私だったからなのかもしれない。
「んじゃ、話し合いは終わり。少しは遊ばせてよね。」
ツィーグはそう言うと、横に向かって飛び、一番近い遮蔽物へと身を隠した。跳躍力は凄まじく、その間に撃ちこむようには反応できなかった。重量のある棚に隠れられ、それごと撃ちぬくことは出来なかった。あいつはそのまま棚を押しながらこちらに前進してきた。普通はフォークリフトなんかを使って動かす棚だ。人一人で動かすのは無理があるため、その行動は人間離れしていた。詰められるわけにはいかないので、私たちは二手に分かれ、左右からの攻撃を試みた。
「どこ?!」
攻撃が通る場所まで移動して決め撃ちを仕掛けたものの、私たちは驚愕する。棚は残った力だけでも少しだけ前に進み、既にツィーグはその場を離れたいた。視界は開けているが、あいつの身体能力なら隠れられそうな場所はいくらでもあった。
「近い。何て速度だ。」
オーシャが居たのは私の手の届く距離ではなかった。死が近づいてくるからと言って、分散したのが間違いだった。物陰から出てきたと思ったら、既にオーシャの傍らに居た。
「まあ、こんなもんか。」
胸を刀が貫き、鋭角に割かれて血が噴き出した。決死の覚悟でマシンピストルを彼は撃ったが、ツィーグの体は弧を描いて弾道から逸れ、彼の腕ごと切り伏せた。やはり見切れない。こんなの、理不尽よ。ドサッという悲し気な音色と、刀を振って血を飛ばす冷たい音が交差した。
「どう?凄いでしょ。ちょっと本気出しちゃった。てへへ。」
血を払った傍から死体に剣を突き刺し、弄んでいた。何度も刀が刺さる度、骨が抜かれたように刀身が深く埋まっていた。刀の切れ味が凄まじいからではないのは確かだ。
「最悪ね。こんな絶望、もう味わいたくなかった。」
私は過去に逃げた。怖くて、怖くて、痛みや、苦しみがあまりにも、怖くて。その時の四方を囲まれる逃れられない絶望がやって来る。まさに悪夢。この悪夢から逃れられるのはそう、自分で自分を終わらせることだけだ。
「そんなに震えないでよー。可哀そうになっちゃう。」
笑いながら、ヘラヘラとこちらに寄って来る。皆、全部こいつらに奪われた。許されざる者だと言うのなら、奪い返すべきだ。返されるべきだ。でも、黙って差し出すしかない。勝てないから、逆らえないから。その選択を取ったなら、憎々しいこいつら自身によって更なる地獄がもたらされるから。
「ビクター…そうね、一人じゃない。大丈夫、大丈夫。」
この中、ビクターはカバンから飛び出して、私の肩に止まって寄り添った。流石の彼も、目の前の猛獣に本能で震えていた。多分、それはほんの些細な勇気だった。吹けば飛んでしまうような、哀れな勇気。しかし、絶望だけに埋め尽くされていたであろう私に一抹の冷静さを与える武器だった。だとしても、覆いかぶさるように恐怖はやって来る。やっぱり、無理。怖くて仕方ないもの。
「ああ、切りごたえがありそう。死んで…。あら?」
何がそうさせたのか、間合いに入ってしまった瞬間に切りかかられた最初の一撃を、私は避けていた。避けようと思って避けたのではない。刀の軌道を目で追えなかったし、完全にまぐれだった。
「嘘…マジか。」
私の心は、まだ戦いに身を置いていることを自覚していた。指が自然にトリガーに掛かり、至近距離でサブマシンガンを連射し、迎撃した。
「ううう、鬱陶しい!許せない。楽に死なせてやろうと思ってたのに!」
十発程命中し、顔や、肩、腹部にも損傷を与えたが、怯みはあったものの死ぬ気配はなかった。一時的な無力化も不可能なんて。ゼッシの時とも違った。致命傷のはずが、傷口から血が流れることもなく、弱った様子もない。
「鬱陶しいのはこっちよ。次はないのに…」
私はこの間になるべく距離を取った。窓から差し込んだ月明りが足元を照らす。死に役にあたるスポットライトのように。私に待っているのは、残酷な死だった。それを解っていても、認めたくはないものだ。
「お前なんて早くにとっ捕まえて、生まれたことを千回、万回後悔させてやるべきだった。生命力だけは無駄にあるゴキブリめ。」
鼠と言われたりゴキブリと言われたり、散々だ。こんな品のない奴に私は殺されるのか。嫌だ。
「いや、逃げた日から変わりたいって思ってたの。死ぬ時くらい、望んだ自分で居なさいよ…。」
私の体は震える一方だったが、奴が近づくにつれ、それは控えめになっていた。抵抗する気力もそれほどないけど、走馬灯というのか。頭は真っ白なのに思考が駆け巡った。のらりくらりと生きることばかり望んでたけど、今はなんか街を救おうとか言い出してる。根本の考えから来るものではあるけれど、自分と見つめ合うという点は、今までになかったと思えた。
「ふーん。人って痛みの中で直ぐに変わっちゃうんだよお?ヴェミネ、あんたはノマくらい根性あるか…なんだ?!次から次へと。」
あと一歩であいつの間合いだった。今度は、脚でも落とされて、最悪な目に逢わされるのだ。そう思っていた矢先、窓ガラスが爆風と共に割れ、奴の動きを止めた。
「これは…。ガス?」
割れた窓から催涙弾のようなものが投げ込まれ、部屋中に拡散した。それらは充満し、部屋を満たす。私の元前まで届いたが、即効性はなかった。だけど、ちょっと肌がひりひりした。
「ぐふっ。ああああ!何だ。痛い、痛い。」
しかし、敵は違った。開けた風穴からは血が噴き出し、およそ人の傷に成っていった。こいつは痛みを訴え、もう刀を握ることすらできない程に苦しみだした。状況が呑み込めず、私は目を細めて立っていた。なんか、ここだけだと私がこいつを倒したみたいじゃないか。そういうことにしておこう。
「無事ですか?カラーさん達。エーツMARK2ですよー。」
割れた窓からはグライダーを使ってエーツが飛び込んできて、地面に着地した。また何か改造されてる。
「助け…て。死ねない…の。痛い。いた…。」
ツィーグは短刀で自身の首を刺し、自害を試みたがなかなか死なない。死ねないか。それは、悲しいことだ。私たちがずっと味わった恐怖を、初めてこいつは味わっていた。
「そう。助けてあげたいけど、時間が無いの。じゃあね。」
蹴り上げたい気もちでいっぱいだったが、抑えた。子供の前でそれは良くない。私は無視し、エーツの元まで歩いた。
「ごめん…なさ。ゆ…え。」
いつかはくたばるだろう。それまでの間、悔やんでほしい。
「私は無事。このガス、大丈夫?ヤバくないの?私、ちょっと効いてるかも。」
本当の催涙ガスのようだ。ガスマスクをしているのに、涙が出て、頭が重い。眠って倒れてしまいそうだった。
「いえ、ヤバいです。一先ず、特効薬を。少しだけならこれで大丈夫です。あの、お母さんは?」
エーツは私に注射器を刺した後、オーシャの死体に気づき、狼狽えた。どうやってここだけをピンポイントに爆破したのは不明だ。たまたまここだったのかな。
「そうだ!このガス、ファンクストープよね?カラーは別棟にいる。これが流れこんでるなら、安全に回収できる。行ってあげて。もう手はずは整ってるんでしょ?凄い勢いで漏れ出してるし。」
ドゥイェンやゼッシと鉢合わせている可能性もあり得る。善は急げだ。幸い、奴らの使ったガスのように投げ込まれたものだけでなく、どこからともなく広がっていた。
「解りました。ヴェミネさん、どうかご無事で。私たちはギハイド区に居ます。」
私は進み、彼女は戻った。勝利は目の前だ。峠は越え、後はこれらのガスを止めるだけ。
「エーツ、後は心配いらないから、もしカラーが深手を負ってるなら直ぐに退避して。最終、ここを爆破しないといけないかもしれないし。この特効薬、それくらいは持つわよね?」
ここもそんなに高い建物ではなかった。私の提案は、無謀や自分を犠牲にするような意味合いはなかった。
「では、お言葉に甘えて。数時間は持ちますよ。ただ、重複はしないためそれが切れたら深刻になります。気を付けてください。」
去り際に彼女は丁寧にお辞儀をし、扉を開いた。まだドアノブは綺麗に回せないようだった。練習すれば、掴んだり投げたりできる手に成っていたので、いずれ慣れるだろう。
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