第32話 復讐劇
作戦は狂いに狂っていた。そもそも、こんなに早く奴らの征服が完了するとは思いもしていなかった。緊急事態も良い所で、一カ月などと言う甘い見立ては危機と言う単語によって簡単に否定された。しかし、泣き言を言っている場合ではない。私は再び隊長として、戦争に足を突っ込まなければいけない。
「J・ジャスムのような統率は取れないことは理解している。私から言えることは、必ず瞬時に移動し身を隠す且つ、仲間の援護を受けられる位置を二、三は常に把握しておくことだ。分散の指示があった場合は、その事を意識して散れ。基本、固まるのが有効だが、銃を使ってくることも想定するため臨機応変に戦う。」
私が組んだのは十数人の小隊であり、仮のアジトに突入した時よりも小規模の軍勢であった。J・ジャスムですら勝てないため、敗北は必至だ。私はヴェミネの言葉に踊らされたわけではない。死ぬと解っていても、それが誰かを巻き込む行為であったとしても、実行するのだ。それと、エーツはもう少しと言っていた。あいつは急に私に話しかけるようになり、思いは熱を帯びていた。信用を得たのかもしれない。切実な印象で時間を下さいと言われたのだ。機械と言えど叶えてやらなければ。征服がもっと早い段階で成立すれば、こいつらに他の場所に手を回す猶予ができてしまうのだ。
この建物は吹き抜けのないデパートのようであり、大分昔にその機能が停止したことが考えられ、ならず者のアジトのように散らかった内装が続いていた。
オーシャとヴェミネとは分かれて行動することにし、得意な素早く見つかりづらい動きを有効に使うことにした。中は思ったよりも複雑で、いちいちクリアリングに時間を掛けていられなかったのもある。開始早々、二手に分かれ、それぞれ進んだ。前の仮拠点と同じような構造だ。だとすれば、階段を使って上まで行く必要がある。
「狼狽えるな。奴らの陣営は少数だ。崩さず進め!」
戦闘は二階層から始まり、やはり圧倒的な戦力に潰されそうになった。昔の戦いと同じく、普通の戦闘員もめっぽう強い。救いはそれが数人という事だ。まず三、四人が瞬殺され、その力に全員が膝を震わした。前衛には重火器を持たせていたが、一瞬統率が取れなくなり、トリガーハッピーに陥った。こうなることも想定済みだ。私は動けるやつを動かし、陣営を崩さないように努めた。打ち切った奴らは冷静な時間が戻るため、生き残ることができれば次の改善に生きる。戦闘中にやることではないが、即興の作戦などこんなものだ。
「カラー、このままじゃ囲まれる。指示をくれ。」
私たちの数は両手で数える程になっていた。この中にもパニックにならずに戦える者が数人居た。最期まで戦うかは不明だが。
「問題ない、この程度。」
今戦っている相手は強いが、フィアーズの端くれだろう。前もそうだったか。この階層は勝ち残れそうだった。私は最前線を張って数を減らし、空いた穴から部隊を展開させて戦った。一人に対し、二人を配置したため、敗北する場所が出たとしても、有利に事は進んだ。
「皆、良くやったぞ。」
「ふう。なんとかなったわ。勝てるなんて。」
ここは旧食料品店だったみたいだったが、棚や壁は血に汚れ、我々は勝利した。この時点で八人。本当は残って片手で数えるくらいだと思っていたので、万々歳だ。敗北時の捉えられない影は、ツィーグだったと見て間違いないだろう。しかし、もう終わりが近そうだ。余裕を見せるあいつらが、今回は急いでいるみたいだった。直ぐに超越者が現れる。
「カラー、応答してくれ。時間が無いから手短に話そう。準備は出来て、今そっちに向かっている。作戦を伝えるぞ。到着次第、北側の側面を爆破し、一気に濃度を上昇させるための兵器を投下して、毒ガスを流し込む。もう既にこの街は自分たちのガスが蔓延し始めている。一つ、悲しいお知らせがある。このガスは自分たちにも有効だ。思ったより影響が早く出る。奴らの根絶に犠牲を払う必要があるということだ。」
次階層へと行く階段の途中、コットから無線通信があった。受け答えの間を置かず、一方的に話した。雑音が多く、どこに居るかも予想がつかない。
「私だ。作戦に異論はない。しかし、作戦決行後の予定を聞こう。どうやって毒素から逃れる?」
グラッスのように、最初から玉砕は頭に入っていた。こいつらに捕まり、私利私欲に浸るくらいなら窒息死でもした方がマシだからな。それでも全員が死滅するというシナリオは何も生まないではないか。
「ミドジ区、ギハイド区に安全地帯を作った。中央に向かえばガスは蔓延していない。そこに避難すればファンクストープからは逃れられる。毒が回る前に諸悪の根源を何とかしろ。アイベンの無毒化方法も見つかってない。排出方法も同時に探せ。死んでしまうからな。はっはっは。」
彼は笑ったが、茶化しているような空気ではなかった。どうも深刻な事態を隠しているような、そんな冗談の飛ばし方だ。
「この短時間でどのように?」
聞きたいことは山ほどあったが、口から出てくる質問はこれくらいだった。周りに注意を向ける必要があったし、時間を稼がなくてはいけない事実はまだあるからだ。
「昔の伝手でね。関わった奴は皆、無理してくたばっちまった。そっちはまだ持ちそうか?」
やはりここ以外の街の方は毒の濃度も高く、逃れない選択を取った者はロクな目には逢っていないようだ。
「正直、微妙だ。ツィーグたちと出会えば、そう長くは持たん。できる限りはやろう。」
私は他の仲間には聞こえないように返答をした。指揮官が弱音を吐くようなことは絶対にあってはならない。
「急ぐよ。」
ぷつりと信号は途絶え、沈黙が流れた。余程急いでくれているらしい。
「ここから先、敵がどれだけ強くても自分を保て。ここまで生き残って来た我々なら、乗り越えられる。」
私は内容を確認できていなかった仲間に援軍が居ることを伝え、指揮を上げた。それを聞き、自分たち以外もここを攻め落とそうとする力添えを期待しているようだった。私たちは質素で無骨な階段を登りきり、扉を開いた。暫くは廊下だったが、歩いて行くと多構造の内部は壁が崩され、店と言う面影を無くした一つの部屋に成っていた。悪趣味な花瓶や彫刻が飾られ、奴らの好きそうな散らかった内装へと変わっていた。
「ああ、カラーか。残念、ツィーグが会いたがってたんだが…ひーふーみー。こんなけか?ゼッシ、これは退屈になるなあ。もっと部下を大事にすべきだったか。遠征は無駄だったかな。」
ドゥイェンが置物の陰からスッと姿を表し、私たちに話しかけた。後ろにはゼッシが控えていて、それ以外はこいつの言う様に誰も居なかった。奴が話し終えると同時に、ゼッシはライフルを取り出して射撃し、二人持って行かれた。私たちは直ぐに身を隠せる位置まで退避し、出方を伺った。
「あれがお前らのくだらないパーティか?お前らはなぜ力を貸す?お前らだけの独裁ではないだろう。」
最期になるのは予感していた。だから、私は再三気になっていたことを尋ねることにした。こいつらの指揮命令系統は誰なのか。支配という気色の悪い企みが偶然一致したから参戦しているのか。それとも染まり切っているのか。
「…。」
真っ先に反応したのはゼッシで、ちらりとしか見えないが、身振り手振りでこちらに話しかけているみたいだった。全く何が言いたいのかわからん。
「ゼッシ、手話を覚えるか?ご婦人は首を傾げていらっしゃる。俺が代わりに全て答えてやろう。お前の知っている俺たちはフィアーズだな。今もそう呼んでもらって構わない。まずは…パーティだ。あの催しは俺たちが考えた最高の舞台だ。少し認知度が低く、何をしていたのか伝わりづらかったのが反省点だな。今も続いているが。それで言うと、俺たちの前線は俺たちの意向ではない。フィアーズのボスと、研究所のボス、そしてクラウズ・スレデム本体の総合組合だ。まあボスはほぼ全任していらっしゃるし、クラウズ・スレデムはクラウズ・スレデム。と思ってくれ。クラウズ・スレデムのボスを見たら驚くぞー。俺たちも、ボスが丁寧に対応するもんで、どんな奴かって感心しちまったらアレだ。核心ってのは意外に…ああ、悪かったゼッシ。これ以上は良くないな。だから、俺たちも喜んで動くし、この祭りに全力を注ぎたい。他に聞きたいことはあるかい、カラー。」
こいつもここで私を片付ける気でいるようで、ある程度の事は口から出てきた。なるほど、フィアーズはまだ存在していると言ってもいいのか。これまた厄介だ。街を侵略することを任せている所を考えると、武力はおんぶに抱っこらしい。
「では、一つだけ。お前ら自身の生き方はどうだ。個人として、何を望んでいる?」
こいつらと対話しても無駄だが、聞いた。返って来るのは自己中心的で低俗な答えだ。昔から、自分たちを悪の中の正義でもあると信じて疑わない。本当に気に食わないのは、善処する気が全くない所だ。
「個人か…俺たちが生まれた頃は、人間として扱われてたわけじゃない。兵器として育てられ、人を穿つ者としての強さを求められた。生まれる場所が違えば、平和に生きることができたのかもしれんな。少なくとも俺は、自分の存在意義を探している。しかし、残念だ。君が敵と言うのは変わらないし、改心する気も毛頭ない。」
兵器か。行いに関しては肯定しえないが、言い分はあると思えた。人が境遇によって精神を変えるというのは何度も経験してきたことだった。
「…。」
ゼッシも大きく手を動かし、何かを訴えてきた。戦う意思は依然あるようだが、必ずしも全てを悪として捉えるべきとは…いや、そんなことはどうでも良い。私にとっては悪だ。こいつらに奪われたものは帰ってこない。例えどんな悲しい理由で、例えこいつらが誰かの奴隷だったとしても、復讐の渦中にいることに変わりはない。解り合おうなどという気は一切ないのだ。他の者も同様、考えとして聞く者が居ても、同情する者はいなかった。
「ふざけやがって。その身で償え。」
私の言葉で戦闘が開始され、アイツらも動き出した。事実は、何も動いていなかった。自分はこいつらに勝てない。どう転んでも、この二人を同時に相手することは死を意味する。それが余りに無情で、復讐の火を消そうとする要因だ。
「散るな!陣形を…くそっ。」
結果は予想した通り、動けばゼッシに撃ちぬかれ、動かなければドゥイェンの獲物になる。私を最後に残したまま、次々と仲間は死んだ。残り五人に成ったところ、二人が逃亡を図って狙撃され、二人は戦わざるを得ない距離で接近戦に負けた。私も弾幕をバラまいて何発か当てたが、怯むことなく行動し続け、行動を一瞬止められる急所は以前同様全て避けられていた。
「残すところ、君だけか。おっと、残弾も殆どないみたいだ。俺達相手にナイフで勝負するか?」
弾を打ち切り、奴はすぐ傍まで来ていた。リロードも間に合わず、私はナイフを取り出して物陰から飛び出した。その動向を確認しても、ドゥイェンは構えようともしなかった。その意味を、直ぐに知る事になる。私の足を弾丸が貫通し、歩行能力を奪った。私は倒れこみ、立ち上がる事さえ困難になった。
「畜生!」
私は近づいてきたドゥイェンの足にナイフを思い切り突き立て、深々と刺した。まるで差し出したかのような屈辱。血が滲み、地面を流れるが声一つ上げることはなく、私を見下ろしていた。それに続き、ゼッシもこちらに歩いて来ていた。銃から弾を抜き、戦いは終わったとでも言いたげだ。
「遊ぶ時間ができた。このガス、かなり面倒でね。一応、俺たちに無害ってわけじゃなくて。時間はあんまりないんだけど、全部片づけたら、回収すれば良いから。俺たちは通常より症状が出るのが遅いし。」
今からこいつらが何をしようとしているのかが解る。最悪だ。私の恐れていた時間が始まる。死ぬことすら許されないのか。
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