最終話 催涙
「わあ、鳩が沢山。静かな日だし、ピクニック日和だね。」
後日、私たちは遊具もない、広場と言う方が表現の正しい公園に安らぎを求めて向かった。私はガラクタで作ってもらった車いすに乗り、ビクターを膝にのせてリナラに押して貰っていた。今は一部傷が塞がり、痛みも殆ど感じない。
近頃ガスマスクを付け過ぎて顔がくっついてしまうかとも思われたが、本日は外し、毒のない空気の中に居た。
「ピクニックか、悪くない響きだ。ほら、ちょっと遊んで来い。やはり目立つな。だが、満更でもなさそうだ。」
私は白い鳩しかいない群れに黒い鳩を放った。よくよく考えると、黒い鳩は珍しい。目の前にいる雲のような色合いが一般的だ。鳥たちは驚くこともなく、飛び立たずに各々の仕草を続けていた。白い絨毯に黒い絵の具を垂らしたような違和感があったが、ビクターの挙動は平和そのものを表し、平穏が戻ったことを無意識に訴え、混じっていた。まるで自分の居場所を見つけたかのように羽根を休めていたのだ。
「お花を摘んできたの。ヴェミネさんとオーシャさん、それと他の皆さんの。お添えなえするような場所もないし、ここで良いよね?」
そう言うと、リナラは幾つかの花束を取り出して、私の肩に手を置いた。
「勿論だ。あいつらも喜んでくれるさ。」
置かれた手に手を添え、肯定した。建物の崩落後のレンガを積み、墓標に見立てて花束を供えた。ポッポという腑抜けた鳴き声が聞こえてくるため、染みったれたムードにはならなかった。
「ポカポカしてて、空も快晴。もうじき終わるなんて、嘘みたい。」
花を供えた後は、公園内を散歩し、新鮮な空気を体中に取り入れていた。人気は全くなく、どちらかといえば終わった後という印象も受けるが、私たちはこうして淑やかな営みの中にいる。
「今思えば、騒がしい日々だった。リナラ、ヴェミネの話でも聞かせてくれ。どれだけ自由に生きていたかも知りたい。」
私は本当に良かったと言えるのか。自分が追いかけてきたものがここにあるとは、空しいながらも心の底からは思えなかった。満足しているのも確かで、幸福感もあったが、切なさは否定し切れるものではない。強い自分は散り、冬に従う葉のように朽ちていくのだろう。
「あの人は自由奔放だった。私が初めて会った時、私を蹴るんだよ?お母さんと戦った後とかも、実はもう一回お酒入れに言ってたし。後はね…」
リナラは楽し気に語ってくれた。聞けば聞くほど、ヴェミネは自分らしさという言葉が似合う人間だった。最も自分に忠実で、小さな小さな正義を持っている奴だ。しばらくの間、私の知らない浮浪者としてのあいつも綴ってくれた。
「さて、そろそろ帰ろう。ビクター、もう帰るぞ。」
時間が経つと鳥たちは飛び立ち、私たちを残した。これから来る嵐の予感に、彼らは震えなくてはいけない。死に対して諦めの気持ちを持てるのは、人間だけなのだろうから。平和をバネに、黒い鳩はもう一度私の膝まで戻って来た。
「今日はお母さんの好きなもの作ってあげる。」
「お前、料理なんてできるのか?」
「頑張るの!絶対美味しいって言わせるからね?」
「それはそれは、期待しておこう。」
和やかな会話もほどほどに、私たちは歩き出し、アジトへと向かって行った。そうだ、せめてもの自分の居場所くらいは見つけられたな。この街も、捨てたもんじゃない。
やがてこの区の防衛線も機能を失い、私たちは瘴気に飲まれていくことになる。私たちを囲むように瘴気は街中を充満し、生きとし生ける者の命を奪っている。外から観測する者は、私たちの街、ハイエッジを語り継ぐことになるだろう。自ら瘴気を放ち、滅んだ愚者の街として。これ以上救いもなければ、奇跡もない。今の私たちにできるのは、ただ待つこと。コットが言うには、瘴気による症状は催涙ガスみたいなものらしい。まさに、私たちの最期だ。無理やり涙を流させられ、意識が遠のいていく。死んでいく街と瓜二つの落下。きっと後、数日かそこらだ。それまでは平和に変わりなく、私たちが守った街が存在している。この街で生きていくってのは、こんな些末な幸福なのだ。
催涙 aki @Aki-boring
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