第36話 犠牲

「誤算だったんだ。まさかアイベンとファンクストープが混ざると例の瘴気になるなんて。もうじき、この街はギハイドとミドジ区を除いて全て立ち入り禁止エリアになる。」

 私が強い剣幕で問い詰めると、コットは目を伏せてこのように語った。奴らの残りを始末する点では良好な作戦だが、事態が滞ると根元からぽっきりと折れていた。

「回収は出来ないのか?そもそも、こんな短時間で用意していたじゃないか。その技術力があっても無理だと言うのか。」

 考えてみれば、クラウズ・スレデムには時間があった。街を侵略する前から仕込む隙はあっただろう。しかし、私たちはどうだ。エーツから声が掛かった時からでは、街全域に仕込んでいく時間などなかった。

「それだよ。時間が無かったから、供給管を使って無理やり流した。本当は制御できる仕組みまで作る予定だったが。制御とかそれ以前の話だ。しかも、ガスとガスは絡み合うから、例え回収しても丸ごと掃除するのは不可能だ。」

 アイベンの無力化を図ることが最優先だったということか。今回の場合、ただ通す役割しかないので、私たちは以前より酷い状況に身を置かれたことになる。

「なら、瘴気の対処は?作り方が解ったなら、壊し方も解るのではないか。」

 あれらを取り除かないと大変なことになる。この街はいよいよ終わりを迎えることになるだろう。進行を妨げる技術も、昔に失われていた。

「無茶を言うな。あれは実在しないようなものなんだ。時間というものを取り除けと言ってるような話だ。もう、受け入れるしかない。幸い、この地区は広いし少しばかり生きていく猶予はある。」

 コットは全て理解した上で話していた。自分たちの将来が閉ざされたことも、ここから出ることが不可能になったことも。

「私は、大丈夫です。ずっと続いた、ドロドロした因縁も終わりました。もう、全部が無くなってしまう日はどちらにせよ近いうちに訪れますから。それに、お母さん、もうこの街は機能してないよ。静かに終わっていけるなら、私は満足。」

 私よりも達観した答えをリナラは出し、子供そのものではないと示した。この街の、いや、この世界の住人は、諦めが早いのだろう。私も世界が終わるという事自体に大きな反感があったわけではない。

「そうか、お前がそう言ってくれるなら、私も構わない。既に、目的は達せられたから。」

 対処ができないというのなら、色々考えても仕方ない。考えるべきは、残された時間で如何に幸福に生きられるかということだ。ヴェミネの事も非常に残念だが、救う手立てがないのなら、いくら嘆いても仕方がない。

「理解してくれてありがとう。僕はミドジ区に言ってバカンスでも味わうよ。さよなら、カラー、エーツ。街の終わりを、ゆっくりと見届けよう。」

 私たちという光景を見て、コットは頭を下げて二人の手を握った。誰も彼も同じだろう。そんな未来は嫌だと駄々をこねた奴から、不幸になっていく。私たちは無理にでも笑って終わりを迎えるべきだ。ギハイド区とミドジ区に残っている住人は、百にも満たない。静かで、悲し気な暮らしが待っているだろう。私たちの話し合いは、妥協と言う形で幕を閉じた。

 数時間経って、朝が迎えられた。私たちは新たなアジトから、その朝日を見つめていた。戦争は終わり、不気味な音楽もいつの間にか止まっていた。瘴気によって人間が死滅するという簡素で邪悪な朝だった。私が怯え続けていたものはもう目を閉じ、私の首を絞めないと直感で分かった。

「お前、ヴェミネの。ビクター。お前はこの瘴気の中を?そうか、ヴェミネは…。もう少し仲良くしていれば良かったかな。」

 窓を閉めてもらおうとしたところ、鳩が私の足元に降り立ち、トボトボとした足取りでこちらに寄った。距離を考えても、彼女が生きている可能性はゼロに等しかった。こいつも最期の日まで面倒を見よう。私にとっては形見のようなものだった。

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