第8話 ゴースト

「おい、ヴェミネ。その汚らしい鳩は何だ。俺は鳥が嫌いなんだよ。置いてきたらどうだ?」

 私が連れているそいつを見て、「ケナー」は顔を顰めた。こいつも同胞、私たちのアジトの一因だ。

「「ビクター」だ。愛着があるわけじゃない。便利なだけだ。」

 今日の私たちは、依頼の重複があったため行動を共にすることとなった。どうでもいいが、鳩にようやく名前を付けてやった。アジトのメンバー全員があれを生活の中心にしているのではなく、個々の生活があり、気ままに日々を営んでいた。今日一緒にいるのはこいつとあと一人。

「どうでもいい。さっさと行くぞ。キラーゴーストだっけか?ビビりすぎだろ。あいつら。」

 彼女は「ジェミ」。一番気性の荒い面倒な奴だ。メンバーの中で、傭兵として動くことがあるのはこの三人だけだった。今回依頼を受けたのは数日間の護衛。相手が不可視なため、今回は私が仕事を回してもらった。巷で噂になっている、キラーゴースト。それに狙われているとかなんとか。それ以上は知らない。故に、作戦の詳細はケナーに任せていた。私たちにとっての依頼などそんなものだ。

「入るぞ。二人か。早速だが、今回は三日間の護衛で良いのだな?金の輸送が終われば、身は安全。ってとこか。」

 招かれたのはどこにでもある廃屋だった。目の前に居る二人は、その金のルートを知っていて、到着するまでは狙い目になるらしい。ある区を通ってしまえば関与が難しくなるため、その対象からも外れるそうな。

「ああ、そうだ。頼むよ。これ、前金ね。」

 臆病そうな男がテーブルに纏まった金を出した。三分割するにしても結構な額だ。キラーゴーストが如何ほどの者か知らないが、その値からは相当に身を縮めているようにも考察できる。

「相手が何者か分かってるわけ?小賢しい略奪に違いはないけど…」

 私はキラーゴーストなど気にすることもない存在だと思っている。ウィンドが死滅したという噂は本当のようだが、あくまで小さな世界の噂であるし、今回の些末な利益にわざわざ首を突っ込むのは、その下っ端というのが定石であるからだ。その真意に手を突っ込むために聞いた。

「何でも軍資金にするとかで。キラーゴーストは組織としてはそんなできた奴らではないと思われる…情報はその程度だ。その根幹がどこにあるのかは、僕にも分からない。」

 それはそうだろう。あのランプでさえ組織のボスを、目を張り巡らさせて調べているのに調べがついていない。確かに存在し、その規模が1から100まで考えられるとか言っていた。100に上る組織なら、どうやって己を隠しているのやら。ということで、今私が聞いたのは意味のないことだった。

「今回もならず者の集団だ。それでもここじゃ駄目。場所を変える。籠城の覚悟はできているだろうな?」

 ジェミは金を懐に仕舞い、腕を組んだ。私たちは商業地帯だった場所のとある建物のガレージを籠城場所とし、工事を始めた。バリケードを構築し、罠を張る。ガレージと言っても企業が使用していたものであるため、民間のモノよりは圧倒的に大きかった。更に廃棄品が大勢あり、バリケードにも困らなかった。

「どうした、ビクター。今日は落ち着かないなあ。」

 依頼を受けに行ったのが0日目とするならば、その次の日の丸1日は平和な籠城で済み、敵の気配はなかった。昼は巡回と偵察に時間を夕方以降は全員が此処に集まるというサイクルで回していた。ビクターがせわしなく部屋中を歩き始めたのは、2日後の夕暮れだった。

「腹でも壊したんじゃないのか?何かを探しているのか。」

 一番嫌な顔をしていたケナーだったが、昨日の今日でビクターの利巧さと落ち着きのある挙動に感心したのか、そこまでの煙たさを感じさせない印象だった。

「前に、こいつを見つけてもらった。今回は違うようだ。」

 私はカバンからガスマスクを取り出し、二人に見せた。嬉しくないなどと思っていたが結構気に入り、いつでも使えるようにも丁重に扱っていた。ビクターは何かを察知している。今日敵がやって来るか、別の災害かを。私は二人にその予感を一言で語った。

「奴ら、本当に来やがった。嗅ぎ付けるのが早いねえ。お前ら、準備しな。血が流れるぞ。」

 日が沈んだ頃、ジェミが壁に耳を当てて忠告した。厚い壁だけど聞こえるようだ。耳が良いな。向こう側では何者かがバリケードを壊しているらしい。私たちは戦って数を減らすためにも、バリケードは疎らに配置しており、狭い通路に当たるところは敢えて緩めていた。

 建物の外には結構な数の気配があった。包囲されているのかは分からないが、朝までバリケードだけで凌ぐことは難しいだろう。そうこうしている内に、北口のサウンドトラップが作動し、侵入されたことを私たちに知らせた。廊下を何人かが突っ切ってくる。他のトラップも作動し、致命的な損失は幾つか与えたみたいだった。

「こんな狭い場所の白兵戦なら余裕ね。お前ら、他を警戒しろ。残党は片付けとくよ。」

 入って来た人数を見て呆れた。かなりの少数だった。トラップで減ったとは言え、突入するには心もとない人数だった。舐められているのか。私は前に出て、二人を元居た場所に帰した。

 私は鉈と鎖を使って狭い廊下でそいつらに挑み、蹴散らしていった。いや、そう聞くと強さが強調されるな。姑息に粘り強く戦い、数を減らしたのだ。最初の数人は油で転ばせて蹴りと鉈で無力化し、遅れができた後続はトラップを起動させて巻き込むなど、地道に戦闘した。

「ヴェミネ!来てくれ!」

 最後の一人との戦闘が終わり、その方角のドアを厳重にロックし直した所、遠くから轟音の後、しばらくしてケナーの怒鳴り声が聞こえてきた。

「なんだ?!ジェミ?あいつら重火器を持ってるのか?聞いてないぞ…」

 ガレージに戻ってみると、扉のバリケードを厚くするケナーと、銃弾によって負傷しているジェミが視界に入った。銃を持てる組織はそういない。ましてや私らのような浮浪者紛いの連中には、しこたま金を積んでも手に入るルートはおおよそ存在しない。J・ジャスムやその直属隊の時は驚かなかったが、今回ばかりは危機感と一緒にかなりの衝撃を受けた。

「おい、お前ら!どこの組織のものだ?!俺たちをはめたのか?」

 ケナーは今も手を動かし続けながら、部屋の中央で丸くなる二人に怒鳴り声を上げた。だが、見たところはめたという表現は似つかわしくなく、その二人は震え切っていた。

「どこにも属してないさ!僕たちはただ…。狙われるような大金でもない。何が起きてるのか知りたいくらいだ。」

 横の女はずっとだんまりだ。震えて声も出ないのか。相手が重火器を持っているという意味が、この男にも分かっているみたいだ。他の入り口でもトラップが作動し、私たちはより時間に迫られた。敵が銃を持っているなら先ほどの戦い方は自殺行為だ。策が必要だった。

「応急手当は済ませた。ジェミ、もう動くな。」

 彼女は腹部に弾丸を食らったようで、現実問題、そう長くはなかった。彼女もそれを悟っているようで、目を瞑って深く呼吸を繰り返していた。

「クックック。キラーゴースト、熱くなってくるな。」

 そう思っていると、ジェミは不敵な笑いを浮かべ、起き上がろうとした。こいつは戦闘狂という奴だ。アドレナリンのせいで余計に元気になっている。私は、肩に手をやり、無理に座らせた。

「とにかく、何とかして戦おう。こいつらを連れて逃げるのは無理だ。」

 状況は最悪とも言っていいが、私は一番手の薄い出口に向かって指をさした。トラップは手前の方で作動しだしていた。私とケナーは二人してそちらに向かい、迎撃の準備を行った。

「見ろ。銃は持っているが、そこまでの精鋭部隊ってわけじゃなさそうだ。勝機はあるぞ。」

 ドアの隙間からはトラップでの負傷者が確認でき、特殊部隊なんて優れた相手ではないと教えてくれた。ここからの戦いは、血と汗が滲むようなものだった。恐らく、今までで一番緊迫した状況での戦闘だっただろう。如何にして近接戦に持ち掛けるかという勝負だったので、扉の近くまで来るまでは一切関与せず、接近してきたところに急襲を持ち掛け、応戦した。だが、所詮は追い返すのが関の山だった。戦力を削ぐというよりも、戦意を削ぐことに尽力した。廃棄タールを廊下に流し込んだり、バリケードを厚くして通れなくしたり、色々だ。生き残るため、震えていた二人にも手伝わせ、四人でタワーディフェンスを繰り広げた。

「畜生!手がべとべとして気持ち悪い。だが、奴らの顔にも泥を塗ってやった。」

 結局、ここにあった手に触れたくないモノを全てぶちまけることになり、途轍もない悪臭とともに戦闘は静まりを見せていっていた。トラップを利用してそれらを直接浴びせたりもしたため、その効果は字面よりも覿面だった。ふざけた戦い方だと言われるだろう。しかし、これしか今の私たちにはなかったのだ。追い返したならそれでいい。気になるのは相手だ。怒りに火を注いでいる行為だというのは自覚している。気位の高い奴らなら、侮辱とみなしてしつこく追われることになるかもしれないのだ。

「ジェミはもう息がない。でも、おかしいな。ジェミは油断するようなガラではないし、戦い方に問題があったとは思わない。」

 私だけがガスマスクをして、ケナー悪臭にむせながら彼女の傷に目を落とした。

「何が言いたいの?」

 私も目を落とした。今はまだ警戒を解く時間ではなく、応酬も十分に考えられた。供養をゆっくりと行うことはできない。

「ヤバい奴が紛れてた可能性がある。だとするならば、この潔い撤退も理屈が通らん。この程度で手を引く存在なのか?キラーゴースト。やはり、軽視すべきではないだろう。」

 前線を張っていた奴らは、射撃こそしてきたものの、形以上の脅威にはならなかった。そう思うと弄ばれてると言われても納得せざるを得ない。この世界で銃を持つ存在というのは、それだけ強かで他を屈服させる力を持つという力量の証明でもあるのだ。故に、今回の勝利とは程遠い勝利も、引っかかる点が幾つもあった。

「あいつら、金を取るのはそこまで大きな目的じゃないってこと?偵察にしては派手だ。はたまた狂った連中か?」

 銃の扱いに長けているなら、今日の私たちは骸に成っている。出口も無ければ、物資もない。時間を掛ければ、確実に私たちの首に手が届くのだ。私もようやくその違和感が心を満たし出し、不気味さが残った。

「キラーゴーストか…これがやり方なのかもしれない。足を付けないため、その足が地に着きそうなら早々に撤退する。そうすれば、多くの謎を残したまま敵に幾つかの考察の余地を残せる。それか、例えばジェミの存在を確認し、始末できたから後はどうでも良かった。そんな目的の転換もあり得る。」

 ジェミは荒くれ者の中でもかなり厄介な存在だった。一対一の戦闘であれば、敗北の経験はないという話だったし、彼女は盗人としても名が高く、小さな組織程度なら大打撃を与えられる程の金品を軽く盗ってこれた。フォビーにラボが与えられたのも、それらの過去があってだ。なので彼女への復讐を企てる奴らは十二分にいた。今回呆気なく死んだが、戦闘を巻き戻して見ることができるのなら、理解が追いつかない真実にだって到達できるはずだった。私たちは静寂が訪れてもなお、日が開けるのを待った。常に辺りは警戒し、傭兵としての職務を果たした。

「お前ら、本当に何も知らないんだな?」

 日が上り落ち着いたので、私は男に鉈を突き立て、目を睨んだ。そうすると、また震え女が庇う様に私の手を掴んだ。

「やめて。私たちはチンピラに狙われることがあっても、組織に狙われるようなことは決してない。私たちだって、何なのか知りたい。あなた達こそ、身に覚えはないの?キラーゴーストの存在に。」

 ようやく喋ったと思ったら、ちゃんと口が回るではないか。私は言われた通り記憶を辿ったが絡んでいる可能性がある組織や人間も、特には思い浮かばなかった。

「知るか。とにかく、契約は破棄だ。他の存在からだったらいくらだって守ってやるが、こんな不気味な奴らの相手はしてられん。帰るぞ、ビクター。」

 私は廃材を蹴り飛ばし、道を開けた。関わりたくなかった。私は自分の強さをよく知っている。そんな私が、どうやって死ぬのかも、よく知っている。ここで生きるということは自分が生きるために何が必要かを考え、その通りに行動するということだ。

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2024年7月2日 18:00
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