第7話 復讐の火種

 ヴェミネ、あいつを殺してやっても良かった。私はあいつに思い入れなんてないはずだ。引き金を引かなかったのではなく、引けなかったというあの一瞬の感覚は何かの間違いだったに違いないのだ。そうでなければ、ここまで胸がぐらつくこともない。我々は特に大きな情報を得られないまま帰る羽目になった。しかし今日のように、簡単に尻尾を出すような組織でもあるというのは情報としては大きかった。

「ああ、またか。やつらこの街を本気で滅ぼす気なのか?」

 その後の観測は飛び出て不気味だった。区での被害が多く上がり、我々への侮辱と当たる文字や絵の痕跡が現場に上がりもしたが、それらの研究に一生を捧げるチームですら、誰の仕業かを特定できていない。組織に属さない者の間では、「キラーゴースト」の噂と認知が拡散された。その名の通り、無差別に一郭に死が訪れるというような噂だ。

 散々好き勝手に暴れている奴らだったが、私の手の届く範囲も並みを外れている。組織との繋がりで言えばトップクラスに上り、この名を聞いて震え上がる区がある程、その力は伊達ではなかった。幾重にも情報網を張っていれば、時として真実から向かってくることもある。それは最初の男を取り逃した日から五か月後の作戦においてだった。

 作戦コード「リーチド」。例の情報に心血を注ぐ者達によって、形のない組織、「ゴースト」とでも言おうか。まあ、合わせてキラーゴーストで良いか。その一つのアジトが特定された。「シェード区」にあるそこはなんてことないビルだった。本日までもずっとそこを根城としていたのではないため、特定と言うには手が浅かった。それでも、すべきことと、その価値があった。私は十分な用意を済ませ、小隊を二つ派遣した。そして、まただ。全滅。今回は急襲ではなく劣勢に陥ったのが原因で、本作戦はその復讐劇にも並ぶ、組織同士の抗争に成ったというわけだ。私の隊列を含む五部隊を編成し、現場に向かった。今回の戦いは多くの血が流れることになった。

 掃討のために建物内に突入した我々は、地獄を見ることとなった。それは先に送った部隊が血祭りに挙げられ、見せしめの惨い殺され方をされていたことではない。相手の戦力だ。日々、火力で圧倒し、鬼も逃げ出す我々の統率力を以てしても敵わなかった。キラーゴーストの組織は異常で、銃の扱いもロクに分かっていないひよっこが居たと思えば、一小隊を数人で葬る戦いに長けた奴らもいた。また、異常に素早く強靭な奴が一人居り、姿も確認できないまま翻弄された。故に、こちらも相手に被害を出せているはずが、そのほとんどがその小物に当たるため、こちらが数を減らす程、人数でのアドバンテージを感じなくなっていくという想像しがたい状態に陥っていった。

「もう弾薬がない!アイ・ワン、アイ・ツー、近接戦闘態勢に切り替えろ。」

 相手の巣の中で数を減らされていく我々の部隊は、まさに阿鼻叫喚だった。私は恐怖を感じたりはしない。だが、負けがすぐそこまで来ているというのは嫌でもわかった。それでも、鼓動が止まるまで指揮を放ち、部隊を鼓舞し続けるのが私の役目だった。

「隊長…俺は…。」

 私を含む部隊以外はとうとう息を耐え、奴らに血を恵む結果となった。真っ赤な腹部を抑えながら、戦友が私の前で崩れ去った。

「残すところ我々のみだ。目的の場所まで後二階層だ。撤退を好む者は居ないか?!」

 残ったのは四人だった。もう、ここまで来れば負けたも同然だ。部下が死にたくないというのなら、それは仕方のないことだ。撤退することに恥じらいを持つ必要はない。私は何があっても進むつもりだが。

「付いていきますよ。やつら、異常です。我々を弄んでいる。借りを返しましょう。」

 部下は私の意図を汲み取り、息も絶え絶えで返してくれた。既に銃弾を足に喰らい、支え無では立っていられない状態だったが。その他も、この状況に怖気づいてしまう者は居なかった。

 そこから目的の階に着くまでは余りにも静かだった。他の部隊に終わりを告げた連中も、いつまで経っても姿を見せない。そうやって行き着いた。アジトの核に当たる部分に。おあつらえ向きに豪華な装飾に証明まで着けられた、まるで極道の事務所のような廊下を通り、大広間へと出たのだ。廊下だけに装飾が付けられていて、その広間はただ捨てられたものが利用されているという生活の矛盾を感じさせる狂った場所だった。夜なので暗く、ここには照明もないため暗闇が空気だった。

「J・ジャスムってこの程度?くっだらない組織なあ。」

 中に居た一人がライターを灯し、自らの顔に近づけた。また、女。最近の私の周りにはロクな奴が出てこない。私はこいつを知っていた。

「「ツィーグ」!黒幕は貴様か!?ぶっ殺してやる。」

 こいつは最悪な女だ。狂気の催しも合点がいった。私は白目になる勢いでナイフを取り出し向かったが、何かに足を取られ躓き、取り押さえられた。部下もカバーをしようと私に近づこうとしていたが、既に拘束されていた。

「ぶっ殺すって?面白。おめーが私に勝てるとでも?」

 つくづく反吐が出る。以前私が所属していた組織、それを壊滅に追い込んだのは、こいつがいた組織によってだ。その時も、「鬼畜」で知られ、誰も逆らう事のできない独占的な支配を果たしていた。組織のやることが余りに非道で、私たちが散ってから内部から割れたという話だったが、こんな害悪が残っていたなんて。こいつが大きな野望を持っているのだとすると、手の付けられないことになる。

「何がしたい?!あれらのガスを使って、もう一度支配しようってのか?」

 私はなんとしても復讐を果たさなければいけない。それを今、もう一度思い出した。今まで追ってきていたものがその対象と同一というのなら、私も生涯を捧げてもいい。それだけの怨恨が私にはあった。

「いやいや。私、今回もボスじゃないよん。私は君らみたいなお高く留まってる奴らに灸をすえてやるだけ。楽しくやろーや。これからやる大きなパーティーについては秘密。だけど、その時は招待してやるから、首を長―くして待ってな。それまでに、変な気起こしたら、解ってるね?」

 ツィーグが私の顔を踏むと、部下が苦しそうな声を上げ始め、数秒、何かが擦れる音と血が噴き出す音が聞こえてきて、それが収まったと思った次の瞬間、二つの見覚えのある首が私の横に転がされた。

「ツィーグ、ツィーグ!どうしてお前は!」

 沸点が内なる所から爆発し、血が逆流する。どれだけ相手が強くとも、怒りが抑えられない。憎い、憎い、憎い。それが爆風となった。この感情の為に、私は未だ強くなることを選んだのだ。なのになんだこれは。手の平で泳がされ、惨敗し、いたずらのような軽い気持ちで人生が沈む。こんな奴が存在していて良いはずがないだろう。

「これからどうなるんだろうねええ。カラー、人生は短いよ?自分にできることをちゃんと見つけないと。今日は、会えて楽しかった。変な死に方しませんように。」

 ツィーグは鞘から刀を取り出し、巧みな技巧で私の耳を削ぎ落した。サッと取れるように切り離されたものの、耐え難い激痛が走る。その後、私は混濁した頭の中を整理することも許されず、運ばれ、建物の外に放り出された。

 私以外の生存者は居らず、帰るためのトラックには「looser」の文字がスプレーで塗りたくられ、放置されていた。私は苦しみを、舌を噛み千ぎりそうなくらいの思いと共に持ち帰るしかなかった。私が相手にしようとしているのは、まさに鬼と呼ばれた奴らそのものなのだろうか。どうにも、それ以上の存在になってしまっている気がしてならなかった。いや、むしろ鬼畜どもは大層な目的などは持っていなかったことからも、計画は別で存在しているというのが狙い目としては正しそうだ。何にせよ、その最悪が、敵いもしない奴らが眼前の敵と知った私は、絶望感に満たされ腹を切る勢いだった。

 だが、反面闘志は燃えていた。絶対に、この火を絶やしてはいけないのだ。心では怖い、余りにも。地獄の終わりが待っているのだろう。だとしてもだ。私はこの戦争と言うものに復讐と言う付加価値がついてしまった追跡からは、手を引くことができなくなった。なぜなら私は、奴らに大切な娘を奪われたのだから。

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