第6話 再開

 中はスーパーに併設された立体駐車場跡になっていて、複雑な構造は持ち合わせていなかった。なので私から逃げる足音が反響する方向だけで追うことは何も難しいことではない。鉄の無骨な階段を駆け上って行き、そいつを追う。追いついて来たところで男は方向を変え、駐車場内に入って行った。

 私も直ぐに追いつき、追い詰めた。遠くには銃を持った連中が見え、鉢合わせたくなかった夢が現実に成ってしまった。そいつらの一人が、私に向かって怒号を上げた。目の前に居る男はキーパーソンみたいだ。私は頭に血が上っていたわけではない、警告が聞こえなかったわけでもない。ただ、面子と淀んだ心の支配によって私は敵を動かなくさせる選択を取った。確かに、皮をはいで目的などを問うべきだったかもしれない。でも、こんな奴はいくらだっているだろう。そういう気持ちが本当の所は大きかっただけだ。

「あ、悪い。」

 流石に軽率だったのか、集団に目を着けられるどころか銃を向けられて包囲されることになってしまった。

「貴様、ヴェミネ。」

 隊長らしき人間が声を出し、私に近づいてきた。ガスマスクをしていて顔は隠れているが、こちらも相手が誰か分かった。J・ジャスムに指揮を送ってる奴がどんな奴かなんて思っていたら、何千回と耳にした声に鳥肌が立った。彼女はカラーだ。信念が強く、真っ直ぐな目をしていることからも、J・ジャスムに所属していること自体に違和感はないが、まさかこんな形で再開するなんて。

「カラーじゃないの!元気してた?いやあ、偉くなっちゃって。」

 私たちの別れは、そんなに良いモノじゃなかった。昔からの親友とも遠い存在であるため、排除の対象になることは想像に難くなかった。それでも、このような軽い態度を取った。そういう性格だから。

「黙れ。お前の声など聞きたくもない。その男が鍵を握ってたかもしれないのだぞ?貴様はそれが解っているのか?」

 彼女からは思ったよりも怒りが感じられた。これでも冷静な奴だ。J・ジャスムはどこに向かっているのか。私はその規模も知らないが、このごろつきが大事なことではあったらしい。

「いやあ、雑魚よ、雑魚。そんな凹むなって。それより、このガスは何?」

 私は少し真面目に成って向き合った。前と違い殺しの圧を感じていたが、対話もなく撃ち殺してしまおうなんて野蛮な集団ではないらしい。

「それを追っている。このガスは人為的なものだ。分かるな?取り返しのつかないことになるぞ。」

 ああ、何らかの組織が絡んでいる話か。心のどこかでそんな事だろうとは思っていた。いやしかし、カラーの動揺には留意すべきものがあるかもしれない。こいつ個人の考えによるものでもないだろう。

「へえ、お疲れ。後は宜しく。」

 私には関係のない話なので去ることにした。銃を向けられてもびくついたりはしないが、全身の毛が逆立つようでぞわぞわとする。平然としていられるわけはないのだ。

「待て、何を聞いた?そいつから。なぜ追っていた。」

 しかし、簡単に帰してはくれなさそうだった。狙えば当たる距離にまで詰められ、身動きは取れなかった。

「知らない。何も…聞いてないよ。私が追ってたのは絡まれたから。ただそれだけ。これで満足?」

 打開策を探してみたけど、何もなかった。利益の生まない対話と言うのがそもそも嫌いなのに、それが私にとって不利な状況とかいらいらとしてくる。

「知らない?それで簡単に殺したのか?言え、私は本気だ。お前を殺すことくらい!」

 カラーは私に二発、威嚇射撃をして単なる脅しではない警告をした。久々に聞いた銃声に少し怯んでしまい、また毛が逆立った。

「知らないってば、ホント。…何だ?」

 状況は悪い方へ行っていた。私が壁のシミになるのも時間の問題だっただろう。その時、建物内部から火災報知器のけたたましい音が鳴り響き、駐車場のスプリンクラーが作動した。

「命拾いをしたな。ヴェミネ、私の前にはもう現れるな。お前が無実だと信じたわけではない。次は拷問でもしてやるぞ。」

 側近がなにやらカラーに耳打ちし、この場から移動する必要が出てきたみたいだ。私の勘では部隊が壊滅したと言っていたし、今回はその調査で、異常事態には迅速に対応しなければいけないといった都合だろう。

「ういー。頑張ってね。」

 私を睨みながら通っていく隊列に会釈をし、床に倒れこんだ死体に目を向けた。組織によるものか。ランプの情報の網目を縫っているこいつらは如何ほどの存在なのか。災害か…まさかな。変に想像を膨らませてしまったが、ここで何があったかは十分に特定することはできた。私は早速帰宅し、報告することにした。

「お前、さっきの…だよな?」

 建物から出ると、あの鳩が駐車場の上から飛んできて私の肩に止まった。他の所を全くもってJ・ジャスム達が警戒していなかったとは考えられず、人の痕跡を残すことなく、警報装置を押す指だけがあればなあ。なんて言う状況で適任に当たるのがこいつだった。こいつはあのガスの中で平気だったのだろうか。警報装置の位置を知らないから何とも言えない。だが、こいつが助け舟を出したというのは事実の様だった。一向に奴ら動きが収まることなく、せわしなく動き続けている。

「認めてやるよ、相棒。名前、考えといてやる。」

 私は軽く鳩を撫でてやり、肩に止まることを許してそのまま帰ることにした。ここまでよくできる奴だったなんて。だけど、誰がここまで調教したのだろうか。


「…ってことで、J・ジャスムを全滅に追いやって、事件の全貌を暴いてきてやりました。」

 アジトに戻って経緯を説明し終え、私はコーヒーを啜った。ランプは依頼者らしく関心のある目で話を聞いていて、全部聞いた後は見立て通りだというような顔に戻った。

「なるほど、やはり組織的な犯行か。まずいな…」

 私と違って、彼は深刻そうな顔でもあった。ずっと情報を嗅ぎまわってる彼は、エーツみたく危機をいち早く知っていたりする存在でもある。

「まずいって何が?よくある事じゃないの?」

 私にはそれが何か検討が付かなかった。私たちみたく、名前のない組織などごまんといる。いちいち警戒していたら、一日の時間は24時間じゃ足らなくなる。

「J・ジャスムが追っているのに、名前が挙がらないというのがまずいんだ。あそこらへんじゃ抗争は名のある者同士が殆どだ。事件に手が込み過ぎてる。逆に偉く規模の大きい組織だって可能性も出てきた。組織の抗争で相手がゴーストだっていうのはどれくらい恐ろしいかヴェミネなら分かるだろ?」

 昔組織に居たので、ランプが私に伝えたいことは理解できた。他者に大きな打撃を与えられるのに、その姿が見えない要因としては二つ考えられる。一つは、あまり日も経っておらず、認知されていない新組織。もう一つは、存在の大きさ故に自らを眩ませる情報のコントロールや財産の使用を施すことのできる組織だ。後者に至っては机上の空論という側面が多きく、背反する者によってなんだかんだで存在が明るみになったりもする。しかし、名のある組織と絡んだにも関わらず情報が入ってこないことからも、今の話ではこの後者を上手く保てているという推測だったということだ。

「ヴェミネ、君、変な所に首突っ込んだんじゃないだろうね。どうも陰湿な組織だ。君の存在が知られないといいけど。」

 フォビーは口をへの字にして不服そうに私に言った。こいつは私と違って足を動かすタイプではないから、こういう揉め事を強く嫌う傾向にあった。

「だったらやばいね。ランプ、コーヒーをもうちょっと入荷しておいて。お客さんが来たときのように。」

 私はそこまでの危機感を持ってはいなかった。その組織がいくら大きかろうと、いや、むしろそうなればそうなる程、私たちなど気にも留めないだろうし、復讐なんてちゃちなことはやってこないという経験則があったからだ。

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