第5話 AI

 回収した培養液をフォビーに届けて一週間と数日、変なロボットが完成し、お披露目会となった。廃病院に持って来てもらい、食卓の前にそいつは立った。

「私は「エーツ」。代替脳でございます。」

 エーツはキャタピラーの付いた歩行可能型のロボットで、鉄に覆われた人間とは似ても似つかない見た目をしていた。発音はスピーカーからなのに、意外にも流暢に話し、会話ができるみたいだった。外見だと培養液を使用している感も無いし、ただの鉄くずという印象が強かった。

「代替脳はこいつの口癖ね。便利にできたぞー。代替脳っていうのも言い得て妙だな。」

 フォビーは可愛らしいといった風にそいつを撫でていた。凄い発明なのに、前のバイクよりはわくわくしなかった。

「何ができるわけ?マッドサイエンティスト。」

 私は立ち上がり、軽くエーツを蹴った。今の所、私にとってはおもちゃみたいなものだ。

「やめろー。女の子なんだぞ?こいつはなあ、司令塔だ。危機をいち早く察知し、災害に備えられる。地震測定器みたいなもんだ。それだけじゃなく指示も出してくれるぞ。衛星カメラとも繋がってる凄い奴だ。」

 フォビー曰く、本当にAIと同等らしい。実際に私たちに来る災害を回避できるような存在であるならば、バイクにも並ぶとも劣らないだろう。

「ではでは、早速。エーツ、現状の危機的存在と必要なものを教えてくれ。」

 ランプも研究に携わっていたらしく、誇らしげにエーツに話しかけた。エーツにはモニターなどが存在していないため一見反応がない。

「「ミドジ」区に危険信号。認知外の毒ガスを検知。災害に備え、至急調査を行ってください。」

 数秒後、エーツは私たちに答え、司令塔という言葉を納得させるかのように、指示を出した。

「ああ?ミドジ区だ?もともと危険区域だろうが。このポンコツ本当に大丈夫なのかよ。」

 エーツが例に出したのは荒み切ったこの街でも特異な場所とされている所で、組織の抗争も激しく、現在ではおおよそ常人の住めるような環境では無くなっている場所だった。酒の席でも死に場所にしたくないランキング上位に挙がってくるような冗談半分でも寄り付きたくない区域だった。

「申し訳ございません。それでは、災害に備えるため物資を補給することが第一課題かと思われます。」

 こんな鉄くずにやるべきことを提示してもらうのに、無性に腹が立ってしまうのは私だけなのだろうか。

「原因は特定できないのか?毒ガスなんて変わったことでもないだろう?」 

 ランプは既に仲間かのように応対を行っていた。どうやら私だけらしい。ラベンダーがこいつを見たら私と同じ風に思うだろうか。いや、あいつも阿保だから「可愛いー。」なんて溺愛する姿が目に浮かぶ。

「ソム区の組織「ウィンド」が三日で息絶え、壊滅しました。原因はこの毒ガスと考えられますが、分析は出来ていないようです。別区の民家からも同様の毒ガスと死者が確認されていることから、組織的な犯行と見て間違いないでしょう。」

 どこからそんな情報を仕入れているのか分からないが、情報に長けているランプですら知りえない情報を提示した。更に受け答えも、彼の変わったことではない云々という質問に間接的に答え、その知性は人間と並ぶものだった。私はフォビーが作った相棒と思うことにし、こいつがここに留まる事を許してやることにした。

「だそうだ。まあ、彼女をブレインにするつもりはない。このおいらを差し置いてそれは困るからな。いくら可愛い娘と言えど。だから会議は別でやるし、やるべきことを決めるのはおいらたちだ。ヴェミネもそれなら文句はないだろう?」

 よく分かっているじゃないか。こいつがいくら高性能だとしても、どうして私たちの生活に関与されなければいけないのだ。とは言っても、災害とか言う言葉には警戒心があった。私でも勘は鋭い方で、危険を見抜く力はあると自覚している。だから、こいつが言ったやるべきことと言うのも意識すべきだとは思っていた。

 それからの活動は、その災害とやらに備えられる様に基盤を固めることに熱量を注ぐこととなった。食料は日持ちするものを蓄えるようにしたし、この建物に籠城することになっても差支えが出ないように、脆い場所は補強も行った。ついでに廊下の照明なども。エーツも貢献し、手の付けられてない食料がある場所なども教えてくれたが、俺の仕事が減る。とランプは嬉しそうにも悲しそうにも見える顔でため息をついていた。しかし、実際はランプの情報通が見劣りすることなく、出回りにくい情報などは彼が一枚上手で、決して情報戦において完全上位互換と成りあがることはなかった。

 そうやってひと月、ふた月と時間は流れていった。私生活の所で言えば順調だった。不満のある依頼を請け負うことは少なかったし、それなりに数もこなせて生活の軸は曲げないことを続けられてきた。勿論、あの鳩のことも忘れてはいない。たまに食料を持って来てもくれるし、傷も殆ど治って飛べるようになり、あの建物の上に止まれ。くらいの指示なら聞いてくれるように成っていた。かなり利巧な奴で、名前でも付けてやるかと思っている。だが、愛着は深くなかった。相棒と呼べるほどでもないし、居候してるまだ使えるやつくらいの認識でしかなかった。

 そんなある日、私たちは再び集まり、会議を行うことにした。今回エーツは居らず、ラベンダーを除いた三人が集まった。他にもメンバーが居るが、集まる頻度は少なかった。

「先日、ソム区でJ・ジャスムの一部隊が壊滅した。例のガスらしい。エーツの災害とやらを調べるためにも行ってきてくれ。事件のあったのは建物内部だが、周辺の変化を観察するだけで良い。」

 災害について調べ回っていたが、醜悪な組織によるものだと予想は着いていた。しかし、エーツは災害という言葉は濁さずに表現し続けていた。フォビーもプログラミングにミスはないと言い張っているし、私たちは雲を掴むように足元を固める。

「それで、一応戦える私にお願いってわけでしょ?J・ジャスムの部隊が壊滅って話なら、絶対私じゃ手に負えないけど。」

 組織同士の戦闘があった場合、援軍なども考慮して本来は向かうべきではない。基本的に警戒心MAXの奴らが多いから、動く者は全て殺せなんて命令が下されてる場合もあるのだ。

「君なら大丈夫だ。あいつらには鼠って呼ばれてるんだろ?」

 フォビーは他人事のように返してきた。現場に赴かないやつは楽でいい。バイクを作る時も、まだ稼働してる工場から部品をかっさらって目を着けられたのだ。

「チューチュー。」

 そういうわけで、私はソム区に調査を行うため足を運んだ。この区は静かな方で、大昔はそれなりに発展していたものの、今は民家が多い。それ故、穴場と言うか網目と言うか、そういう事柄が多く、良くない理由で人が集まったりもする。言うなればサメがいるかもしれない海ってとこだ。

「あれか。陰気臭いな。」

 遠くから見えた建物は、空気が淀んでいるように感じた。外では戦闘が無かったのか、放置された瓦礫以外は特別な所はなかった。

「…お前、何でここに?」

 建物まで歩いて行っていたところ、鳩が私の元に飛んできて進路を塞いだ。私が避けて歩こうとしても、通せんぼしてくる。

「何なんだよ。」

 いつもは真面目に留守番をしているのに、今日は違った。私が無理に進もうとすると軽く突つかれ、別の行動を促される。

「分かった分かった。何処に行きたいんだ?」

 頭ごなしに怒鳴るのはやめた。何か意思があって、それも有益なものだと思ったからだ。こいつに対して、その程度の信頼があった。 

 私が足を止めると、鳩は少し戻って誰も使っていないであろう建物の中に入って行った。中は、靴屋だったらしく、棚と埃だけが陳列している場所であった。

「お前、これ、まだ使われてる所だったらヤバいぞ。」

 バックヤードも埃まみれで、荒らされた跡が残っているものの、こういう所だからこそ、隠し事もしやすいのだ。そんな場所をこいつは突いてどかせと示すので、私は瓦礫を掻き分けた。中には金庫が隠されており、ロックは開いた状態だった。

「ガスマスク?お前、ホントにただの鳩か?って、私、建物の中に入る気はないからね?」

 中には都合が良すぎることにガスマスクが入っていた。傷も少なく使えそうだ。フィルターも問題はない。昔、使っていたなあ。視界が悪くなるのに私は落ち着く。とは言え、必要に迫られているわけではない。とりあえず貰っておくが、大山を当てた気分ではなかった。また追われることにならないかも心配だし…。

「用は済んだか?じゃあ、帰れ。」

 私はそれをバッグに仕舞いこんで、店から出て鳩を空に放った。遠くには行かずどこかの建物の屋上に止まって私の事を見守っている様子だったが、用もないので無視することにし、任務を遂行するために歩いた。

「うわ。もうJ・ジャスムがお出ましか。さっさと何があったか調査しよう。」

 向かう先には軍用のトラックが止められており、でかでかとJのシンボルが背面に当てられていた。驚きとしては少なかった。かなりの規模の組織だとは知っていたが、細かいことで動く組織が多いことは私でも知っているからだ。問題は鉢合わせた時にどのような対応を取られるかだ。グラッスのように弾をケチったりする連中でもない。

 私は周辺を歩き回ってみたものの、ガスの出所が分からなかった。突発的に何らかの手段で散布したというのが考えとして挙げられる。建物内部に予め発生装置を仕込んでおいたとか、若しくはこいつらの秘密兵器で、特定の場所をそれで満たすことができるとか。何にせよ、都市伝説にでもなりそうな程、パッと見では異常の欠片も見当たらなかったのだ。

「何を嗅ぎまわっている?」

 私が路地に入って足跡などを調べていたところ、後ろから声を掛けられて後ろから膝を蹴られた。かなり迅速な動きで、態勢を崩され膝を打った。同時に首元にナイフが向かって来て、死ぬまで数センチまで近づいて来ていた。

「ちっ。誰だ。」

 私は寸前でその手を掴み、巴投げのように前に投げた。しかし、簡単に受け身を取られてしまい、向かい合う事となった。相手はガスマスクの上に軽装な防護服のようなものを着ていて、身元はどうにも特定できそうになかった。動きもあくたれの不良とは違い、戦いに自身のある構えだった。

「しくじったな。ただのごろつきじゃねえか…くたばってもらう。」

 男は狭い路地でも軽快に動き、ナイフを持って距離を詰めてきた。望まずも、喧嘩が初まってしまったのだ。私はこういう機会が少ないため、直ぐに自分のナイフを取り出すことができなかった。こんなことなら、軍用のホルスターでも仕入れておくんだった。ただ、私も黙って刺される程軟弱ではない。変な暗殺者との戦闘は稀だが、面と向かって殺し合うことには慣れている。私も負けじとナイフを躱し、肘打ちや蹴りで対抗した。

「ゴミの世界での戦い方は知らないようね。いくら鍛えたって地べた這いまわる汚さは学べないぞ。」

 決着はものの数分で着いてしまった。私は落ちていたガラス片を相手の脇腹に刺して怯ませ、片方の指の骨を三本折って激痛を与えた。その手ではナイフは持てない。

「畜生!お前なんなんだよ。」

 男は私から距離を取り、手を抱えたまま逃げ出した。そのまま建物のドアを蹴って中に入って行くのだ。急いで追う必要はなかった。にしても、逃げ足は速かったな。

「戻ってきなさい。ママは怒ってないよー。さて、ガスマスクちゃんと機能するよな?」

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