第4話 捻じれ

 私は「カラー」。ここ、「バラン区」J・ジャスム作戦本部第三部隊の隊長兼指揮官を任されている者だ。今、直属隊のグラッスの第二軍隊長のケッペルが帰還し、私に報告を行った。

「申し訳ありません。鼠に出し抜かれました。武力による圧政を行わないというご意向の元、発砲は控えさせていただきました。よって、A-11培養液の回収に失敗いたしましたことをお詫び申し上げます。」

 と内容はこんな所だった。私たちも最近丸くなった。正義を謳うのであれば、正義たる侵攻が必要なのだ。野蛮さがないというのは嘘だが、殺しに身を置くような愚者たちではないとは自負している。

「それで、その鼠とは?」

 ただ、そこらの蠅には火器を使っても問題はない。それは無慈悲な傲慢からではなく、奴らが救いようのない、正義の立ち入る隙の無い生き方をしているからだ。

「ヴェミネと以前に知りました。ただの浮浪者ですが、身のこなしは一般人ではありませんでした。」

 これは意外だった。聞き覚えのある名前に、眉が動いてしまった。ケッペルも生半可に部隊は動かしていない。逃げられたのはこいつの非だけではないようだ。

「ヴェミネか。あいつとは古い仲だ。友ではないが。あいつは面倒ごとを引き起こすから少し注意しておけ。今回の培養液は互換性もある故、そこまでの罰則は設けないでおこう。期待してるぞ、ケッペル。」

 あいつとは昔色々あって別の組織に一緒に居た。陽気な奴で、最初は面白いと思っていたが、そこまでの価値がないと気づかされた。

 近頃になって培養液やその他化学薬品を今は調達する必要があった。よって、我々は本来との統率とは外れた任務をしばしば行う。ではなぜ、そんなことをしているのか。それは、戦争に備えるためだ。現在、見えない組織が暗躍しており、甚大な被害があちこちで出ている。正体不明の毒ガス兵器によって区が壊滅したり、人の手で殺戮が行われたりしている。それもなぜか尻尾が掴めない。目撃情報は多数なのに、その主犯格が特定できていないのだ。だから、私たちは表面から守りを固め、これらに対抗するために研究を進めているというわけだ。最も、その研究は私の専門外だ。

 ケッペルが回収に失敗してから二、三か月後、ある場所に出動することとなった。私が赴いたのはソム区の元屋内駐車場、そこに向かった我々の部隊が帰らない、通信も途絶えているという状況だ。ソム区は以前、組織同士が潰し合い、空いた土地が多いため、そこをめぐる奴らによって治安が平凡ではない。私が直々に行くのは簡単な理由で、J・ジャスムは軍ではなく、個人の意思が膨らんだ組織であるからで、我々の部隊の動かし方も、縦に繋がっていることを除けば半グレ集団と大差はないのだ。(なので指揮系統も中尉とか大佐とかそういう区分では動いていない。)私も司令塔だけでなく、こうやって自分の身を動かして対処するということが多かった。


「伝えた通り、内部はガスが充満している。ここからはガスマスクを使う。物資の回収は後回しだ。まずは内部の調査を行う。」

 駐車場内部は混戦の跡があった。最後に入った通信からは死に絶える息遣いと共に、襲撃にあったとの報告があった。ただガスをまき散らかされただけでなく銃撃戦の後も確認できた。

「この分だと、残念ですが死体の回収は無理ですね。弾薬のみ回収しましょう。」

 今回はケッペルを連れて来ていた。彼はグラッスの隊員だが、この組織の性質上同時に部隊を編成することも多いのだ。深くまで毒を取り込んだ死体を回収するわけにはいかず、解毒に成功していない我々はそれらを持ち帰ることは許されなかった。

「そうだな。見てみろ、例のガスだ。あいつらの仕業と見て間違いない。」

 死人全員が惨たらしく血の涙を流している。かなり藻掻き苦しんだ後もあった。吸って即死に絶えることは無いのだろうが、致死性は類を見ないと言っても過言ではない。辺りには我々の部隊の死体しかなく、ガスのせいか悉く惨敗していることが見て取れた。それから私たちは伏兵が居ないかということも警戒しながら固まって一帯の調査を行っていき、敵の血痕なども調べ上げていっていた。それでも芳しいモノは見当たらず、奇怪な事件を想像と言う武器で体験することとなった。

「ドッグタグの回収は終わりました。敵もそれなりの規模を誇っています。」

 事件の予測時間は一時間程度だ。部隊は十五名の小隊からなり、ここから妙な電波信号を受信したということで向かわせた。詰まるところ、それだけの部隊を壊滅させるだけの自信があり、我々はそれにおびき寄せられたというわけだった。そう考えると証拠が極端に少ないのもそれが理由なのだろう。

「ここに残りの部隊が居ないのは確かだな?この音はなんだ。」

 念入りに戦いの跡を調べて敵の証拠に当たるものを探していると、別の所から物音がしてきた。そう思っていると一人の男が遠くの方から扉を突き破って出てきた。何かから逃げてきた様子だったが、前に居る私たちを見て一層狼狽えているという様子だった。

「隊長、あの銃、我々の物です。組織の尻尾では?!」

 ケッペルがそれに気づき、我々は一斉に銃を構えて前進し、男を取り囲むように隊列を組んだ。しかし、追っ手が先に到着し、離れた位置で男と対峙する形となった。男は私とその追っ手に挟まれて動けない状態で、拘束するにはこれ以上にない状況だったものの、それを崩されることとなった。

「二人とも、そこから動くな!その男を引き渡せ!待て、殺すな。」

 闇の中をずっと追い続けてきた。それがこうも簡単に見つかったのだ。私刑で済ますわけにはいかない。にも関わらず、鋭い動きで男は追っ手に首を掻っ切られ倒れこんだ。

「あ、悪い。」

 声は女だった。何が理由でこんな所に居るかは知らないが、こいつに我々の未来が狂わされたかもしれなかった。女はナイフをふき取り、今しがた絶命した死体を蹴った。

「貴様、ヴェミネ。」

 その声を聞いて正体はわかった。なぜこうもこいつは癇に障る行動を起こすのか。私は銃を向け、いつでも殺せるように全員に待機命令を出した。

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