第3話 邂逅

 そういうわけで私は当日、沢山の工具とともにその工場へと進入することになっていた。この区は中央にあるというだけあって組織絡みが多く、かと言え盛んと言うには控えめな場所だった。

「おお!ヴェミネじゃーん。この辺り物騒だから気を付けようね。」

 有刺鉄線の張り巡らされたフェンスの前には、ランプが言っていた相棒枠になる奴がいた。彼女は「ラベンダー」。本名ではない。本当の名前は一切語らない謎の多い奴だ。紫のロングの髪にいつも煙草を吸っていて、軽率な行動を取りやすいことからも私はタバコ野郎と勝手に脳内で呼んでいる。

「あんたは作戦を決行すればいいだけ。ね?興味本位であちこち触らないでね。」

 私は無視気味でフェンスを指さしてペンチで切って開けさせた。彼女の手際は素早く、あっと言う間に通れるようになってしまった。こう見えて爆弾の処理なんかができ、この一件には適任だった。

「思ったよりも無骨ね。もっと近未来的な所かと思ってた。」

 中は廃病院と大差なく、鉄筋コンクリートで固められた味気ない場所であった。研究所なんて言葉よりも、どこかのアジトと言った方が似合う。

 幾つもの厳重な扉がある廊下を歩いて行って、暗証番号と南京錠が取り付けられた扉の前へと辿り着いた。ランプから地図は渡されていて、それによるとこの先にお目当てのものがあるらしい。そんな厳重さがあるのに、ここもコンクリートが打ちっぱなしで色味がない。

「よし!ピッキング終わったよ。私はスクラップ持ち帰るのが任務だから、この先は宜しく。」

 私が別の部屋で調べものをしていると声が掛かった。この部屋は扉が最初から開き切っていて、簡単に入ることができた。昔は人体実験なんかもやっていたらしく、凄惨な記録を目にすることができた。

 二手に分かれることにして、私は奥へ進んだ。ピッキングが終わった扉の先にもシャッターが下りていて、まだ部屋に着かないため面倒だった。私は鎖を巻きとり、それを開けて中に入って行った。しかし、鎖は一か所に留まらず、脆くなってたので、床に落ちていた角材を差し込んで疑似的に固定した。

「A-11、これか。違いが分からないわ。それにしても…パンク過ぎ。」

 中も殺風景で、様々なタンクと機械が並んでおり、その割に内壁などが簡素なことからも、国が与えた機関ではなさそうだと想像することができた。私が文句を言ったのは、採取したものを保管するための物が、半透明の水筒だったからだ。私は、タンクに吸引機を差し込んで数本に入れ、バッグにしまう作業を行った。

「ヴェミネ、変なのが来てるよ。巻で。これ、渡しとく。あっしは帰りやす。」

 そうしているとラベンダーが走ってきて、何かを私に預けて早々に部屋から出て行った。

「待てって。もう終わるのに。変なのってなんなのさ。」

 手渡されたものは煙幕だった。緊迫感を感じさせない彼女の口調とは裏腹に、何かから逃げなくてはいけないという直感を覚えた。

 バッグに全て詰め終え、私も早いところ出て行こうと引き返し、出口に向かったところ、規律のある足音が駆けてきた。数人居る。何だと思っている内に、それはシャッターのすぐ傍まで来た。

「隊長、ここです。既に誰か…おい、お前、そこで何をやっている!」

 一人で思考を巡らせていると、気づかれてしまった。対峙して分かった。こいつらは例のグラッスだ。しっかりと武装もしており、ごっこ遊びもノリノリってとこだ。

「何ってジュースが飲みたかったからさ、刺激的なものが欲しくて…ちょっくら拝借しただけよ。」

 やばい、ハチの巣にされる。こいつらが持っている銃が飾り出ないことは周知の事実だ。私はA-11と書かれたタンクに目をやり、そっぽを向いた。

「お前は確か…ヴェミネ、だったかな?君が来るような所じゃないぞ、ここは。後、それが何か分かってるのか?中身を抜き取ったなら我々に渡せ。必要なものだ。」

 隊長と呼ばれてたやつが前に出てきてこう言った。その態度からは若干の焦りのようなものを感じた。大事なものなのか。

「いやあ。悪いね、友達がもう持って行っちゃってさー。何だったかなー、「ソム区」に持って行くとか何とか。だから、私は知らないよ。」

 相手が武装してようとおいそれと渡す程肝は小さくない。それよりも、こいつらの目的が気になる所だ。

「良いから渡せ。お前をどうこうしようってんじゃないんだ。穏便に行こう。なんだ、金が欲しいか?結構な額を送金してやってもいいぞ。」

 男は相手にせず、こちらの浅はかな魂胆は見抜いてた。同時に、優しめの口調で私をそそのかした。

「マジ?それなら…って思ったけどヤダね。そんなに欲しいモノなら貰う価値もあるってもんだろ?」

 私が舌を出して挑発をすると、指揮が打たれて囲われそうになった。私はシャッターの角材を蹴り飛ばして後列と分断して人数を削ぎ、煙幕を炊いた。逃げ足だけは絶対的な自信があった。私は抜けるように集団を躱し、机を使って高い位置にあった窓に腰掛けた。格子はあったが錆び切っていて、蹴れば外せそうだ。

「ちっ。鼠が。すばしっこい。おい、次は容赦しないぞ。今回は見逃してやる。弾丸もタダではないからな。」

 煙が晴れ、一斉に銃を向けられたが、即座に撃ち殺されることもなく、隊長と呼ばれた男は冷静に顔を顰めて部下を制止していた。

「鼠ねえ。気に入った。あんた、名前は?反吐が出るような奴ってわけじゃなさそうだ。」

 私は小さな勝利を納め、こいつらの目的を奪い去る事に成功したみたいだった。思ったより必死ではない。

「「ケッペル」だ。俺は気に食わん。言っておくが、大事な任務だ。今日が命日に成ってもおかしくなかったということは覚えておけ。もし、今度俺たちの邪魔をしたら…ああ、もう行け。鬱陶しい。」

 常にしかめっ面を向けられていて、ご友人には成れそうにもない。部下も痺れを切らせそうで、舐めた態度を続けていると本当に骸に成りかねない。私は、窓の格子を蹴り飛ばし

「じゃあ、お言葉に甘えて。またね。」

 と言って飛び降り、出口へと向かっていった。一度は殺されかけた恨みもあるし、一矢報いることができた気がして清々した。どちらかと言えば、言葉通り見逃された感はあるが。

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