第24話 別人格
「たっだいまー。エーツ、あんた冴えてるわ。カラーは早くもあいつらの手掛かりを掴んだみたい。コットって言う、頭の切れるエンジニアに頼るから次の作戦が核心に触れるのも夢の話ではなくなったわ。」
私は先にアジトまで帰り、重い腰を下ろした。これでも今私に必要な行動は何かと、頭の中では考えている。
「そう、ですか…本当に宜しかったんでしょうか…」
時間を置いたのに、まだエーツの様子が変だった。自分が功績を上げたにも関わらず、喜ぶ様子もない。その辺は機械だからと片付けて良いものか。
「何言ってるのよ。あんた、どうかしたの?なんかずっと自信なさげだけど。」
私は彼女の元まで行って、カラーがそうしたようにジロジロと眺めた。機械には疎いが、明らかな故障くらいは見つけられるかもしれない。
「私は自分が何だったかを思い出したんです。カラーさんは、知ってしまったらどうなるか。ヴェミネさん、旧友として私の「お母さん」を支えてあげてもらえませんか?」
理解できなかった。いや、こいつがカラーの娘だったってことを言いたいのは解る。でも、何がどうなってこんなことになっているのかが整理できない。あまりに唐突だ。
「待ってよ。わけがわからない。何があったわけ?」
私はあまり人に関心を寄せないが、こればかりは軽い気持ちで見ることはできなかった。いつもなら私には関係ないと思えたのに。
「私は元々、リナラという女の子でした。まだ、全部を思い出せたのではないのですが、ある時家に誰かが入って来て、怖くて仕方なくて、連れ去られたのを覚えています。でも、気づいた時には何処か知らない施設の中に居ました。なぜか、そこからは感覚が麻痺してて、怖いとも思わず、実験の対象になりました。確か人体を分離するような、そんな実験だったと思います。途中で肉体は死んでしまって、死体だけが残りました。私は薬に対する抵抗が一番大きかったとかで、静かに保管されることとなりました。運よく、ずっと保管された状態で、多分、そのまま施設に終わりが来たんだと思います。その後の事は知りません。知覚するものが無かったもので…」
それをカラーが知ればどう思うだろうか。通りでエーツはカラーを見て動揺したわけだ。あの瞬間、思い出してしまったのだろう。
「それにしても…変じゃない?年齢で言ったって子供でしょ?エーツはもっと大人っぽいと言うか…。それに、フォビーはあんたの脳を使ってヤバいもん生み出したってことになるわ。そこまでの畜生だったなんて…どこまで知っててどんな動機で造ったのかももっと分からなくなったし。」
辻褄が合わないというか、合ったとしても重すぎるというか。全部が仕組まれた出来事だと言われても納得できてしまう。
「私に残ったのは記憶回路だけです。今の私はエーツであり、そのことを悔やむ気持ちはございません。なので、幼くないのはそれが理由です。フォビーさんは悪い人ではないですよ?命とも取れない私に命を吹き込んでくれたのですから。入手ルートは存じませんが、私が誰であったかは知らないようです。私が知覚を再び得て、初めて受信したのは、「人でなくとも命はある。命ある所に叡智あり。僕は君がしたであろう辛い経験を緩和して、後悔無き一歩を再び歩めるように尽力しよう。」というお言葉でした。不純で、好奇心に穢れた選択では無かったと私は思っています。だから、蔑むことはなさらないで下さい。
ただ…私は鮮明に思い出しました。自分がリナラであるということも、着実に。カ…お母さんを見ると、自分がどちらで居れば良いのかが分かりません。果たして、変わり果てたこれをリナラだと知って、正気でいられるでしょうか。それこそ、ヴェミネさんに対して沈めようのない怒りの矛先が向かうことは簡単に想像できます。私が救いだと言っても、機械に変えてしまった事実までは塗り替えれませんので。私は再開を喜びたいです。変な話、少女としての私が残ってるようです。胸に飛び込んで、泣きつきたい気分です。でも、もう…埋まることがないものが多すぎますよね。」
エーツから飛び出した言葉は、まさに二人の人間が混在したような達観と幼さを両立した異色のものだった。これを一番伝えるべき人に伝えるかは、究極の選択であり、熟考する必要があるだろう。
「実験施設で何があったかは知れても、あんたがリナラだってことは解りっこないことね。言わない限り絶対バレない。結局どうしたいの?」
不問にし続けるというのが、きっと一番楽な選択になるのだろう。何かしらでカラーとこいつが一緒に居続ける理由を用意することは可能だ。しかし、カラーは行方を追い続ける。死んだと知っても、その痕跡を、証拠を、何としても探し出そうとする。フィアーズとの決着が終わったとしても、彼女の晴れやかな日々は永遠に来ないかもしれない。あいつにとって、何が一番望むことなのか。真実を知る事か、納得できる理由を用意してもらうことか。こういう倫理的な問題は、私の専門外だ。
「ごめんなさい。分からないです。もう私は…リナラではありませんから…」
また私は人と会話していると痛烈に思った。機械から発せられる音ではなく、人の声であると思えてならない。技術も高すぎると余計な問題までくっついてくるものなのだと知った。
「好きにすれば良い。ちょっと考えたら?最初はカラーの事を気に入ったとか何とか言って近づくとか。悪いけど、私は大した人間じゃない。あんたが望むような行動は取れないわ。カラーの心の支えになってあげることもね。だからエーツ、それとリナラの存在は重要よ。そういうわけだから、今は置いておきましょ。」
私が一人気ままに生きていたのは、こういう理由もあった。普通は肩を持ち、できることならなんでもするというのが適切な答えだろう。だが、私は生きる事に重要でないと自分の中で消化し、優れた言葉が出てこない。きっと、本気で命を捧げられる程に注力できなければ、気休め程度のものだと思ってしまっているのだ。
「私の口からは、多分、言えません。もしその時が来たら、貴方様のお口からお伝えして頂くことだけでもお願いできませんか?」
エーツは了承したようだが、私が若干切り離そうとしたことも感じ取ってしまったようだ。どうでもいいとか、そこまでは思ってはいない。
「分かったわ。殴られるかもしれないけど。まあ、あいつ頑固だけど頭は固くないから。それくらいは担ってあげる。」
私は背負うことにした。これが重荷だという事は理解している。私が責任を負うようなことでもないということも知っている。せめて、知ってしまったのだから聞かなかったことにはできないと思っただけだ。
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