第13話 知人
私はここのところずっとカート区を走り回っている。目的は情報の収集とエーツの起動方法の模索だ。エーツなら、銃はまだしもガスマスクのフィルターを手に入れる方法程度なら提示してくれるだろうし、脅威に関しても何らかの情報が得られると踏んでいたからだ。腕のある機械技師に渡されたシリンダーを見せても、よくわからないと首を振られることが多く、フォビーの技術の高さを伺うことになった。そんなある日、耳寄りな情報を手にすることに成功し、私はそこに頼みごとに行った。
「これは…凄いもんだな。どうやって抽出したものか。待ってろ、必要なものを教えてやる…よし、こいつらがあれば再現できそうだ。問題は核となるCPUだが、確かソム区にサーバールームがあったな。制御室ならコンピュータはあるだろう。それを取ってこい。」
カート区の隅っこには電子専門の商人が隠れていた。情報を集める中でランプの名前を出したら、何とかここに行きつくことができた。この中年は嘗め回すようにフォビーの遺品を興奮した様子で眺め、じっとしていられないという様子で機械をかき集めてくれた。スピーカーやケーブル、見慣れないソケットまで揃っていた。
「どう凄いの?後、ソム区ってウィンドが息絶えたところよね?キラーゴーストの根城になってたりはしないの?」
私はトタンなどで固められたカウンターに腰掛けて聞いた。この店もガラクタやトタンを継ぎはぎして造られており、ぼろ小屋と言うにも粗末な程に形の悪い外見と規模だった。
「恐らく、人の脳をデータに変換している。うちの回路では解析できない構造まであった。ほぼ人だ、これは。造り手に会ってみたいものだ…。そうだな…俺も情報通ではないんだが、住み着いてるっちゅうことはなかろう。キラーゴースト自体は幾つか存在するだろうがな。ま、用心せい。」
赤子がおもちゃを取られるかのように、惜しいといった様子でシリンダーを返された。用心か。もしまたフィアーズに出くわそうものなら今度こそ命はないだろう。それでも、行く。一体、私にどれだけの時間が残されているのかは分からないのだ。なぜこんなにも、ゆっくりと奴らは動いているのか。力がある癖に、迅速に街を占領する意向もまだ見えない。もしかしたら別の目的もあるのかもしれない。しかし、それは見えない部分なので、急ぐべきではあるのだ。
「あなた、名前は?残念だけど、もうそいつはこの世に居ないの。こいつがしゃべるとこ、一緒に見届けてよ。フォビーって言うんだけどさ、あいつもこんなにも興奮したあんたを見たら、安心して眠れそうだし。」
もしフォビーがここに居たら、良い酒が飲めただろう。おいらはこう見えて天才だ。というのが口癖だった。それは私たちも知ってはいるが、言語化には至っていなかった。これからの一歩は、思い出の踏襲でもあるべきだろう。
「そうなのか。やはり、有能な奴は早く死んでしまうな。是非、立ち寄らせてくれ。俺は「チェット」。これからもご贔屓に。」
チェットとはカウンターに乗っている機材達を抱え込むようにして私の方に押し流した。ガラクタだらけなのにかなり高くついてしまった。メカに詳しくない私は、これでどれだけのパンが食べられるのかと考え、少し不服だった。
次の日の昼、私は言われた通りにソム区に向かい、事情を済ませようと試みた。ここはまだ、ガスに満たされているわけではなかったが、ずっと前に来たときよりも人気が少なく、力あるものが踏み荒らした形跡があった。私が向かうべきところも常に不穏な気配が漂い、私を安息に置いてはくれなかった。
「やっと着いた。潜入は得意じゃないのよね。」
先客は居らず、常に背後などを警戒しながら扉を開けていっていたが誰とも鉢合わせることなく制御室に辿り着くことができた。どの機材も埃をかぶっていて、暫く誰も立ち寄っていないらしい。私は作業用と思しきコンピュータの本体を定位置から引き剥がし、普段使っていないバックパックに詰めた。
後は来た道を引き返し、施設を出るだけだった。そして、それも問題なく帰ってこれた。何かがあったのは、出て帰ろうとした時だ。付けられていたのか、私がバイクに跨ろうとした途端、横にあった家の屋根から誰かが飛び降りてきた。
「ヴェミネか。こんな所になんのようかね?」
随分な高さから着地したと思ったら、受け身も取られずに距離を詰められた。身のこなしを見て奴らの一味かと予感したが、顔を見て安心した。
「ビックリさせないでよ。キラーゴーストかと思ったでしょ?なんか用?」
彼は「オーシャ」だ。同業者と言うべきか、浮浪者というより、ならず者としても活動を続けているとこういう横の繋がりが生まれる。こいつはそれだ。私くらいすばしっこいため、偵察などを今でも続けているらしい。
「そのキラーゴーストかと。ウィンドがくたばったって知らないのか?ここらは危険だぞ。」
こいつもそれを嗅ぎまわっているのか。全く嫌気が差してくる。ランプはもうじき正体が明かされるようなことを言っていたし、この街単位で見ても、その話題は持ち切りだということか。
「どこも危険よ。ウィンドの一件について詳しく知ってる?私、一斉に潰されたっていう、それも噂程度しか聞いてなくて。あんた、そういうの詳しいでしょ?」
ウィンドも前は肩で風を切っていた組織で、銃こそ所持していないものの、戦闘に関してはお墨付きだった。風を思わせる名前を背負っているだけあって、機動力が高く、室内戦では屈指の実力を保持していた。壊滅が噂となって漂うが、生存者が確認されておらず、戦闘を直接見受けたという人間は今も現れていない。しかし、この一帯を入念に調べていそうな彼なら、戦闘はまだしも何が起きたかくらいは知っているかもしれないのだ。
「何でも馬鹿みたいに強い奴が亀裂を生まれさせたとか何とか。アジトに直接乗り込まれて終わったという話だ。その前は奇妙な動きを見せる集団がここらを通ったのを見た。後、ウィンドが居た場所一帯はガスに汚染されてるぜ。ただ、妙な点が一つだけある。ガスは残留しているが広まってはない。まるで伸縮しているみたいに、広がると思ったら留まったりしている。兵器としては特殊だな。」
またフィアーズの面影が映るような話であった。全くもってその動向を掴めないやり方を取っているわけではないらしい。金を積み続ければ、情報を既に持っている奴とも出会えるのかも。
「オーシャも気を付けなよ?普通に死ぬからね。」
私はあの名を出さなかった。彼なら知っているかもしれないが、どの程度の危険性があるのかは、私の口からは伝えられない。
「だろうな。シェルターか何かが必要かもしれん。誰も止められないといった感じだ。そういえば、お前が居たところガスが充満してて立ち入れなくなったんだってな。ここより酷いじゃないか。お前こそ、何があったんだ?」
やはり知られていたか。いずれケナーやランプなどとの繋がりがあった奴らも死んだという事に気づくだろう。私たちのような弱小組織は、噂も立たないので時間は掛かるだろうが。
「キラーゴーストよ。分かって聞いてるでしょ?歯が立たなかったの。」
時たま、銃弾が掠めたあの瞬間が夢に出てきてしまう。私は自分で言葉にする以上に、敵の存在に恐れを抱いてしまっていた。
「戦ったのか!へえ、よく生き残れたもんだ。俺は調査だけじゃなく、この街の救い方も検討しているから、また頼ってくれ。場所は解るよな?」
屈辱的な敗走に終わったということは公言するべきじゃないな。これでも、腕が立つと周りからは認められている。依頼も減れば余計に苦しくなるだろう。
「救い方って?あいつらの侵略を止めようと考えてるの?だったら奇遇。」
この街にヒーローはいない。それは助けてくれる存在が居ないという意味ではなく、自分たちの正義を誇示するのがこの街の住人だからだ。故に、自らをヒーローと呼んで組織を固める頭がお花畑な連中は沢山いるし、皆が悪を貫いているわけでもないが、その正義はあくまで個人の考えを超えない。
「さっき言ったシェルター。最悪の場合、地下に暮らす目論見も必要だと思ってな。でなければ、一つの街を重点的に攻撃して奪還、その後は外壁を破壊でもして止めなければな。どうせ、この街の寿命は長くはない。」
彼の言う外壁の破壊とは、ほぼ街の終わりを意味する。人間には抵抗できない謎の瘴気が時間を掛けて街を多い、全てが眠ることになる。それを破壊するというのは、どの面から見ても現実的じゃなかった。しかし、彼の眼は本気だった。あの鬼畜を一掃するならば、それくらいの賭け事は必要だ。私も固唾を飲んで頷き、バイクを走らせた。
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