第30話 断罪

 対策兵器が完成に近づいているという段階で、私はコットに呼び出された。例のバーで、カウンターに座り、酒を引っ掻けていた。

「どうしたと言うんだ。こんな所で飲んでいる場合じゃないはずだ。」

 やや不機嫌に、私はあいつの横に座り様子を伺った。酔いに酔っているわけではなさそうだ。

「いや、どうも手が止まってね。厄介事を頼まれてくれよ。」

 彼はグラスを荒っぽく置き、睨むように私を見た。こんなに酒癖が悪かっただろうか。

「どうして私なんだ。あいつらにも言えばいいだろ?」

 腹を割るような話なら、いくらだって二人に成って聞く。しかし、そういった話ではなかった。

「ヴェミネに仲間を殺したって伝えてもいいのか?」

 コットはもう一度グラスを持ち上げ、一気に飲み干した。情報通だ。いつ知ったのか。

「なぜそれを?いや、私に恨みがあるのなら、好きにしてくれ。だが、お願いだ、この決着が終わるまでは、命は取らないでくれ。どうか。」

 理由よりもまず、信用の方が大事だ。私たちは仲間で、共に敵を討たなければいけない。知られていては、信用などあったものではないが。

「そう、お前は僕の友人を殺した。どこで知ったかは語る必要もない。僕は相当恨んでる。だがな、カラー。別に縁を切ろうとか、お前を殺してやるとか言うために呼んだんじゃない。今でも君は良い友人だと思っている。汚れた過去があるのなら、今一度その手を汚せと伝えに来た。それが今僕から放つ君への恨みだ。今回の戦いを納められるなら、いちいち掘り返す気もないから、今限りだ。」

 喜怒哀楽全てが混じったような表情で彼は言った。過去の暗殺は本当に無作為だったため、繋がりという部分においても配慮が欠如していた。私の口から言うべきではないが、たった数人ではあるものの、その犠牲を何とか発見し、目を瞑れず暗殺を企てられたこともあった。

「ぶん殴っても良いん…痛!まだ喋ってるんだが…で、何をすればいい?」

 私が言い終わる前に拳が飛んできて、私の鼻を折りそうになった。随分と力が込められていて、言うまでも無く鼻血が垂れた。

「取り合えず気が済んだ。最初のとも繋がる。暗殺だ。資金繰りと、毒ガスを放つ準備のためだ。多少縁のある奴らも居るだろう。しかし、奴らが守る場所も必要なんだ。それくらいはやってくれるな?」

 こいつの話はいつも具体性がないように思える。毒ガスを放つための場所とは?エーツと色々話し込んでいるようだが、それを共有するわけにはいかないのか。

「もしかしなくても、女子供も中にはいるのか?」

 私から食いつくと話が進まないので、作戦についての概要は後から教えてもらうことにし、こう聞いた。

「ご名答だ。言っちゃ悪いが、僕たちは大っぴらな正義のために戦うのではない。罪を罪によって贖うとはなんと愚かなことか。ははは、汚れ役には丁度いい。」

 不敵な笑みをこちらに向けながら、こいつは新たな酒を注文し、私の前に置いた。これだけの怨嗟があるというのに、殺しに発展しないのは寛容と言う他ないのだろう。

「言う事はない。指示をくれ。」

 私は一気に酒を飲み干し、肯定的ではない目を向けた。個人で済ませられるなら、大した依頼ではないだろう。しかし、だからといって内容が軽いとは思うべきではない。なぜなら、そこには殺すだけの理由が乗っているからだ。

 それからの私の行動は、人様に言えるような内容ではなかった。私にとってはまたも無作為な暗殺が始まり、手を汚した。行った先々ではコットの仲間と思しき人物とも出会い、あっちはあっちで計画を進めていることが理解できた。コットは仲間であるが、あくまで自らの正義のために動いているということだ。私はこの仲間とやらに憐れみの眼を向けられた。

「悲しいかな。何でこんな殺戮を行うかをお前さんは知ってるのか?」

 出会った中の一人は、私の仕事を最後まで遠くで見届けていたようで、終わった直後にこちらにまでやって来てそんなことを言った。今、私はクラウズ・スレデムの脅威に震えるだけの、ただの浮浪者を手に掛けた。子供は居なかったが、家族を襲い、それも戦えるような相手ではなかった。

「理由があるのは解っている。だが、知らん。あいつは口を開かないだろう。」 

 力なきものを葬った時は、半ば放心状態に陥ってしまう。血で出来た溜まりに膝を浸し、私は返した。

「昔、「供給管」っていうのがあっただろ?そこに近かったり、それを邪魔してたりするんだ。お前らのガス作戦とやらに、必要不可欠だ。それと、換金目的に使われている薬品なんかの倉庫のカギをたまたま持っている奴もいるなあ。街はこの有様で資産が動かない。だったら奪う他あるまい。素材も手に入るし、一石二鳥だそうだ。敵陣の形成が完全に解らない故、信用のある奴など不透明だしな。」

(供給管は電報パイプのような便利ツールで、言わば街に広がる水道管みたいなものだ。昔は乗り物など、公共のエネルギー源などでも利用されていた。それをガスの直通で利用しようと企てているようだ。)ノミアの一件があったから、組織同士で手を取り合わないというのは理に叶っていた。それにしても、仕方ないからといって何もしていない一般人に危害を加えるなど、あってはならないことだ。私は、後幾つもの罪を重ねるのか。自分が泥を被れば被るだけ、幸福を求める資格を失っていき、求めること自体が過ちに思えてならなくなる。私が本当に守りたい思いは、安全と安心のために他を犠牲にするような意味合いではなかったはずだ。

「復讐か。私は、敵ばかりを追いかけていた。それを倒すことだけを考えた。違ったんだな。それはご都合主義でしかない。圧倒的に力が足りないのなら、こんな不純な犠牲すら目を瞑り、血にまみれながら行くしかなかったんだ。悪や善などという言葉は、安っぽいものさしでしかない。」

 輝かしい正義など存在しない。幻想など追いかけている場合ではない。もう、私の過去に何も残っていないのなら、穢れてでも目標は達成すべきだ。それが、私の現在の正義なのだ。

「コットはお前が動くと知っていた。友の事を良く解っている。もうここは地獄だ。お前の望む未来はどうだ?復讐を終えたら、自害でもするか?」

 こいつは私の何を知っているのか。聞かれる筋合いはないはずだが、私は心の赴くまま、傀儡のように口を開いて

「何もないさ。何も。こんなことも、すべきじゃないはずだ。娘を奪った奴らが、憎くて憎くて仕方がないのに、私は奴らと同じことをしている。もう、終わってしまいたい。」

 今の自分を語った。誰かから当然のように私は奪った。対立ではない殺しを行う数日は、確実に私の心を締め付けていた。

「まあ、考えることだ。生きるってのは単純なことだ。お前のように生きる美学を持ち合わせている者にはそうもいかんだろうがな。引き続きよろしく頼む。後数件、この街を取り戻そう。」

 こいつは鼻で笑い、私を置いて出て行った。仲間の仲間は仲間ではない。あくまで中立で、傷ついているからどうということはないようだ。私も鼻で笑い、その場から立ち上がった。

「私の上の正義だ。何が何でも終わらせてやる。」

 そして私は仕事に戻った。現在のアジトの他の人間に知られることなく、重要な任務を遂行していった。コットの仲間から派生した幾つもの人間が関わっていて、街全体が密かに変化しているのを感じた。手を染めながらも、復讐の基盤は整っていた。

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