第18話 手助け

「カラー、先客がいるぞ。この扉、有難いことに破壊されてる。おや、銃音か?中で戦っている。」

 セゴーが扉を破壊するために近づいたが、その必要はなかった。留め金は小型爆弾か何かで壊されているようで、既に扉は開いた状態だった。おまけに屋内からは、小規模の銃撃戦が行われていることが推測され、私と同じようにこの組織を狙う者によるものだとも予想できた。

「面倒だ。作戦通りにはいかないな。警戒態勢が強くなってる。」

 引き返すのは論外なので建物の扉まで移動してみたが、ロビーには兵士が屯し、通信を取っていた。接近戦は可能だった。そうなれば戦う以外道はない。私は全員にサインを送り、ドアの隙間を縫って突入した。

「なんだ?ここにも居やがるのか?!」

 そこに居た兵士の数々は相当狼狽した様子で私たちの接近に気づいた。遠くではまた銃声が響いていた。やはりそいつらも侵入者だ。

「血が騒ぐ。この距離なら殺れるね。」

 最初の一人を仕留めたのは、あのビリヤードを打っていた「チファ」と言う女だった。斧を投げて一人を殺した。人数は相手が一人多い程度だったが、ロビーは狭かったため至近距離の戦いを敵は余儀なくされ、あっという間に片付いた。しかし、行こうと進めばまた兵士が湧いて出た。建物の中継点と思われる部屋は死体が散らばり、兵士がドアの前で手をこまねいていた。

「お前ら、広がれ、殲滅する。」

 最初の奴らから銃を奪った我々は、こちらに一斉に向く兵士をものともせず、遮蔽を利用して弾幕の勝負に持ち掛けた。私は三人を素早く倒して移動し、数が減ったところを全員で射撃し、また一方的な勝利を納めた。

「カラー、凄いよお。結婚して。」

 チファは敵からマガジンを奪いながら笑っていた。私も自分を過小評価している部分はあったが、まだ動けることには自信が持てた。十数分の出来事だが、こいつらの中でも信頼は膨れ、従うという意思は感じ取れたのだ。

「カラー、杜撰なトラップだ。時間稼ぎのためとしか思えないな。」

 セゴーは扉の痕跡を見て腕を組んだ。トラップは殆ど解除が進んでいて、彼の言った通り、敵をはめるための罠ではなかった。規模のある組織の抗争という線は消えてきた。

「そいつらとも戦うことになるだろう。鉢合わせたら新たに指揮は取る。」

 目的が同じであろうと敵は敵だ。利用する必要はない。現状、そいつらのせいで私たちはより多くの戦闘を強いられているのだ。報いらなければいけない。

 私たちは銃撃戦と少しの補充を繰り返し、深部に進んでいった。緊急時用のシャッターをコットに遠隔で開けてもらったために、途中は戦闘を避け、敵の予測しないルート取りを行くことに成功していた。コット曰く武器庫の入り口は複数あり、これが一番やりやすい道筋らしい。

「変だ。この増援の数…何をそんなに守っている?他にもここの襲撃を企んでる者がいるのか。今日は予定が狂うな。」

 安全なはずの廊下を進んでいたが、窓から建物の外側より予期しない人数が移動しているのが見えた。侵入者を掃除するという名目よりも、もっと大きな事態が此処で起こっている。大きな組織なら既に大規模な戦争になっている。個人に過ぎないなら、ここまでの部隊を投入しない。武器は絶対に取られてはいけないが、私ならJ・ジャスムの作戦本部まで鼠の処理を要請したりはしない。

「火事場って雰囲気だ。あいつらとも当たるな。どうする?」

 後方からの圧力は大きく、先に進むことだけなら可能だった。問題は引き返すことができない点だ。武器庫に向かっているのではなさそうだ。部隊は編成を保ったまま散り、様々な棟へ雪崩れ込んでいた。

「やるしかない。ここでゲリラ戦を仕掛ける。バリケードを敷くぞ。」

 私は新たな作戦に移った。武器庫までは距離があるため、単純な撃ち合いになるのを避けるためにも、準備を整えられる内に戦う必要があった。廊下の幅は広く、火力が集中しづらいため、死に一直線にはならないだろう。その分、弾幕は散らばるため、食い止めることは劣勢を意味する。私たちが周りの部屋などから戦う準備を済ませて直ぐに、廊下の角を兵士の軍勢が曲がり、私たちに気づいて戦闘が始まった。その角に私たちはなけなしの弾丸を撒き、進行を遅らせるとともに仕留める機会を伺った。

「何?爆音?!武器庫の方からだよ?」

 劣勢の割には長引いていたが、そうこうしていると後ろの方角から耳をつんざく爆発音が響いてきた。我々と同じ目的を持つ組織が到達した可能性があった。そこでの戦闘が始まってしまえば、悠々とくすねることは不可能になる。

「こんな時にか…一先ず目の前の戦闘に集中しろ。勝つことは容易だ。」

 そうであれ、焦っても仕方がない。最悪が起こったのなら、それに対して策を練るだけだ。私は全面的に戦うことまで想定して、ここに来る選択をしたのだから。

「言ってられない。確認すべきだ。カラー、あんただけでも行ってくれ。俺たちはこれらだけでも十分だ。戦うことが飯なんだ。汚れ役とは思うなよ?」

 セゴーはリロードを挟みながら私の背中を押した。そこまでの信頼を持たれていたとは。他の仲間も異論はないようで、サムズアップを私に送った。

「頼んだ。お前らの分も持って来てやる。」

 私もそれに敬礼で応え、武器庫の方まで走って行った。あいつらも戦いには自信がある。仮にも負けたりなんてことはないだろう。私が心配したのは単独行動をすることだった。

「コット、武器庫入り口まで着いた。こいつを開けてくれ。」

 私は無線機で指示を出し、ハッキングしてもらった。了解。という言葉から数十秒、扉はガチャっという音と共にロックを解除した。扉をほんの少し開け、耳を澄ませると、誰かが話しているのが聞こえた。誰かは分からなかった。だが、ここに陣営が集まっているというわけではなさそうだ。

 私は急襲のつもりで扉を勢いよく開き、中に突入した。この扉ならゆっくり開くよりもこの方が相手に猶予を与えないで済む。

「カラー?!」

 男を挟んで女の声がした。またか。ヴェミネだ。次に男が私の方に振り返る。その顔を見て硬直した。ドゥイェンだ。最悪の場面に居合わせてしまった。なぜ、この男が此処に居る。遊びの一環か。遠くからでもヴェミネの顔色が険しいのが解った。彼女を見捨て、回れ右をすれば私は助かるだろう。いくらあいつと言えど、この距離の私を仕留めながらヴェミネも。とはいかない。生きながらえ、復讐の基盤を今一度整えることは選択として可能で、利巧であった。

 しかし、私は一歩前に出てしまった。自分が混乱しているのは確かだった。怒りに火が付いたためか、それとも。分からないが、戦う意思があった。ここで死ぬことになるとしても、なぜか。

「レティミストは解散したんじゃなかったのか?面倒になったな。1対2は嫌いなんだ…だが、試してやってもいい。」

 余裕そうな表情でドゥイェンはケラケラと笑った。まさかヴェミネと共闘することになるとは。二人して死ぬか。それはごめんだ。私は、サブマシンガンを構え、弾倉に残った五発の弾を奴目がけて撃った。ヴェミネは構えると同時に棚の陰に身を隠し、標的は棚を使ってそれらを華麗に避けた。それを皮切りに戦闘は開始された。マシンガンは捨て、私はナイフと拳銃を引き抜き、距離を詰める。見たところ相手は飛び道具を持っていない。

「ヴェミネ、やるぞ。」

 三発撃ちながら接近したが、命中はしなかった。棚の幅は広く、十分に動かれる。それだけでなく、距離の問題もあった。ヴェミネはずっと隠れていると思ったが、私のナイフが届く距離まで接近したら、物陰から出てそれに合わせた。こいつも根は腐りきっていないな。

「ちっ、動きが速い。うっ。」

 二人がかりでも鋳なされ、ヴェミネが拳をもろに喰らった。私も蹴られ、仰け反った。ヴェミネはそのまま追撃を貰いそうになっていた。ドゥイェンの得物はナイフだ。接近戦ならツィーグの次に強い。私はすかさず銃弾を発射し、奴の肩や腕に着弾させた。なのに、勢いは止まることなくナイフは向かい、ヴェミネは手を貫かれた上でガードし、一命を取りとめていた。

「こいつ、やはり痛覚がないのか。」

 ずっと前に戦った時も、腹を刺されていたのに顔色一つ変えずにこいつは動いていた。武闘派の奴らは全員揃ってそうらしい。何処まで桁違いなんだ。これでは攻撃を止める手段が一つ減っているのと同じだ。それも最も手っ取り早いやつを。

「はっはっは。前よりも強くなっているな?さっさと始末しておけば楽だった。」

 戦闘は連携が命で、それをヴェミネも解っていて持ちこたえることは出来ていた。深手を負ったヴェミネだが、それでもナイフを振り、血は目潰しにも使おうとしていた。今まででは考えられなかったが、奴の攻撃の隙にナイフが通り、出血を促してる。私たちには相方が攻撃すれば良いという無謀な考えが共有され、無理やり腕や足でこいつのナイフを迎えに行っていた。こいつとて致命傷は存在する。首や胸部などの急所に深部までナイフが到達すれば、問答無用で死に至るはずだ。意外にも、戦闘が長引いた先にあったのはドゥイェンの苦戦だった。

「機嫌が悪くなってきた。こんな傷じゃ街を歩けないっての。お痛が過ぎるぞ。」

 切り傷と刺し傷の増えた奴は次第に不服な表情を見せ始め、本気を出し始めた。ここより一方的な蹂躙が始まると思っていたが、違った。奴の殺すためのナイフは、味方が居ることによりあらゆる要因で軌道が逸れ、死を避けていた。私も奴に殺すための一手は講じれなかったが、切っ先は届いていた。この拳銃を狙って使うことができたなら仕留められただろう。奴にはその暇を与えさせてもらえず、クイックドロウなどの命中率を重視しない射撃は全て避けられていたのだ。

「くそっ。」

 だが、疲れるのが速かったのは私たちの方だった。私は足払いと投げナイフを食らい、地面に突っ伏した。ナイフは肩に命中した。あんなものを食らうまで私は疲れていたのか。基本的にナイフを投げるという行為は武器を一つ減らすということと同義なので、好む奴はいない。投げるべき状況は限られているということだ。

「あああ!」

 その間にヴェミネが標的になり、激しく切り付けられ横転ししていた。そのまま負いかぶさるようにナイフを突き立てられたなら、死は決定する。

「カラー!逃げてくれ!頼む!」

 その時、ヴェミネから飛んで来たのはアドレナリンが吹き出るような言葉だった。今まさに自分が死のうとしている者は、大抵死を見据えて動けなくなる。どんな屈強な兵士ですら、それに支配された瞬間は声も出なくなる。それを見てきた。あるとすれば、そう。大事な家族や愛人、友人に死んでほしくないと心から願う時くらいだ。あいつがまさか、私に向かってそのような言葉を吐くとは。夢にも思わなかった。

「ふざけるな。」

 私は立ち上がろうと必死になった。もう少しで立てるが、間に合わない。しかし、その時、棚の上から重い箱が奴の頭上から落ちてきて、その間を生んだ。前にヴェミネの肩に止まっていたあのカラスか。ドゥイェンはヒラリと躱しながら再びヴェミネに近づいたが、私の接近に気づいて振り返った。

「十分だ。」

 私は奴の一突きを目で受け止める形になり、そのままどてっぱらに三発の銃弾を撃ち込んだ。

「くそ。俺が…へっへっへ。今日のところは引き分けにしといてやる。この施設はガスで潰せるからな。大事な仲間を守れるかな?」

 ナイフは進行を止め、抉られて脳に届くことはなかった。致命傷のはずが、奴は血を吐きながら乾いた表情に戻り、リモコンのような機械にスイッチを入れた。そして死には至らず、棚を蹴って登り、フックワイヤーか何かで屋根裏まで移動して姿を消した。殺せないのか。だとしたら、私たちはどうやって勝つ。いや、急所を外したのかもしれない。そう考えよう。

 外からはおびただしい数の警報装置とスプリンクラーの起動音が聞こえてきた。この施設一帯を既にガスが汚染していることが確認できた。外側より浸食されているからなのか、まだここは大丈夫だ。しかし、ここのガスマスクをセゴー達に届ける時間はない。そんなもの持っていないだろうし、あの廊下までは遠すぎる。状況的には見捨てるしかなかった。それよりも、ヴェミネの応急手当をしてやらねば。

「カラー、どうして逃げない。ビクターが動いてくれるって解ってたわけではないでしょ?よく撃ちこんだけど…無茶よ。」

 ヴェミネは苦しそうに体を起こした。胸のあたりをざっくりやられている。こいつこそ、よく生きていた。私は駆け寄り、衣服を包帯代わりにして手当した。今までこいつのことを見下していた気持ちがあった。でも、あんなことを言われてそう思うのは鬼畜と呼ぶのだ。

「もう行くところもない…私にとって、死に場所なんてどこでも良いんだ。私に付いてきてくれた仲間はこのガスの餌食だ。」

 奴に特攻を仕掛けた瞬間はヴェミネが大事に思えたから行動したが、本当のところ今の言葉が要因として大きいと気づいた。私が逃げずにいたのも、半分以上自分が帰るべき場所もないという理由だった。

「うちに来る?オーシャは死んじゃったみたい。新しくアジトを作ったんだけど、人は私しかいないから、寂しくもあるし。カラーが私を許せるなら。」

 ヴェミネも代わって私の止血をしてくれ、ガスマスクを付けることは難しくなくなった。何がどう転んで私を助けようとしたのかは、はっきりと解らなかった。私に対する無関心さを感じ取ったのは気のせいだったのだろうか。

「私は憎んでるわけじゃない。レティミストの一件だって、仕方のないことだと思ってる。お前が気に食わなかっただけだ。その、なんだ、お前がそんなことを言ってくれるなんてな。もう一度仲間としてやっていくのも悪くない気もするぞ。」

 私はガスマスクを装着しながら、必要な武器を早々に集めた。背負うくらいの物資は補給でき、ヴェミネと合わせれば相当な数を撃てる。

「掃除洗濯は宜しく。歓迎するわ。」

 さっきまで柔らかな口調だったのに、もういつもの様子だ。時々、こいつは多重人格なんじゃないかと思わされる。よく口調が変わり、態度が豹変する。酒場での荒れ具合を思い出す。レティミストの時は、もっと普通だった気がするが。

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