第19話 因縁の始まり

 これは少し前の話だ。レティミストとフィアーズの間で抗争が起きた時の。この頃はまだ街が街として動いており、今のような荒廃し切った時代ではなかった。街の半分は既に機能が停止していたが、社会的と呼べる範疇だ。私たちの党首は「ノマ」という女性だった。権力があり、腕利きの組織として知られていた。ノマは正義感の強い女性で物腰は柔らかいが意思は固い人だった。どちらかと言えばお嬢さん気質なのだ。私たちの役目は街の秩序を守ることであり、所謂財政を取り締まるような組織だ。反面、荒事も担っており、武力も持ち合わせていた。なので今の組織感と似ているとこがあり、会社などではなく、その辺りは今も変化していない。

 その頃、フィアーズという組織がどこからも恐れられており、無茶苦茶な組織だという印象は根強かった。恐らくノマが手を打たなければいけないと考えたのは列車の脱線事故が発端だろう。ミドジ区の中央線が人為的に脱線させられ、多くの死傷者を出した。理由はただそこを突っ切って通りたかったから。そんなことまでしてお咎めなしだった。私たちもフィアーズの傘下というわけではなかったが、時折献上品を譲渡しに行くような立場だった。ノマも組員に暴挙を働かないなら多少は頭を下げてもいい。と温和な様子が続いていた。それでも、度重なる悪行が街を管理する者としてのプライドに傷をつけたというわけだ。

「良い?あなた達、慈悲なんて掛けちゃ駄目よ?もう、来るところまで来てるんだから。辛いのは分かるけど、あいつらは放っておけないの。」

 行きしなの大きなエレベーターで、彼女は私たちに最後の忠告をした。金一封を届けに行くという言い訳を作り、組員全員が集まり抗争に備えていた。大体三十人前後居り、もれなく私やヴェミネもそこに居た。私とヴェミネは立場的には上の方で、幹部の一員でもあった。

「当然ですね。しばらく肉は食べられなくなりますよ?」

 ヴェミネはこの時、笑っていた。これから起こる惨劇を予期していなかった。いや、ここに居る誰もが、勝てると自信を保持していた。実際、フィアーズが利用していたのは弱小組織ばかりで大きな組織と戦争になったことがないことからも、噂程の実力はないと私たちは踏んでいた。しかし、それは戦えないからではなく、その戦が必勝であるから起きないというのが真の理由だった。とは言ってもどれだけ強くても相手にしなければいけなかった。ヴェミネ自身もあの頃は恐れられるような存在だったし、その余裕はただの過大評価から来るものではなかった。

「着きますよ。お前ら、合図は分かってるな?鬼だと思って相手しろ。」

 私も部下に慎重な忠告をした。そう、私たちは決して余裕をこいているわけではなかった。噂程の実力がないとは言ったが、それは軽く見ているという意味ではなく、恐れてはならないという戒めに近かったのだ。

「ごきげんよう。あら、皆さんお揃いで。」

 到着すると見張りに廊下を通され部屋に案内された。一見、意外にも部屋はカジュアルな内装で、キッチンやリビングなどが設けられた事務所感を彷彿とさせない見た目で、その場所を事務所のように奴らは使っており、不自然な位置に刀や事務机が散らばっており、場所は場所であるしこいつらが普通ではないというのは伝わった。ノマのその言葉は、苦戦することになるわ。と私たちに伝えていた。

「ご足労頂き感謝するー。で、いいもん持って来てくれたんでしょ?」

 ツィーグは刀の手入れをしながら事務机から声を掛けた。こいつはボスではない。こいつらのボス(親とこいつらの中では呼ばれている。)は黙って私たちの方を無表情で見つめている若い男だった。こいつは規格外の強さを持っているわけではないが、なぜかフィアーズを手なずけ、従えている。あの時も全然口を開きはしなかったな。

「それが…残念ながらお渡しするわけにはいかなくなってしまいました。」

 ノマは丁寧に会釈をしながら優しい口調で言葉を返した。行動の通り、彼女は殆ど戦うことは出来ない。戦い、護衛するのは私たちだ。戦闘になるということを知っていたため、これはどこまでも骨の折れる話だった。だが、敵を欺き懐に入るにはこうするしかなかった。

「なんだってー。理由を聞こうじゃないか。」

 ノマの言葉でピりついた雰囲気になるものかと思っていたが、ツィーグは無関心そうに手入れを続けていて、他の組員も表情が変わりはしなかった。

「ご自覚は、ありませんか。ここの所、倫理を無視したような行動が多いと思いませんか?何故、人の苦しむことを平気でなさるのですか?」

 私たちは少し驚いていた。このような質問は台本にはなかった。恐らく、二言、三言で戦闘の合図が送られると皆は思っていた。相手にする価値のない鬼畜と言うのが私たちの結論にも関わらず、あえて危ない橋を渡り対話を試みた。本当に優しい人だ。私は横で華奢な肩を見つめていた。

「それが理由?しょーもな。いいか?我々は今後、四、五十年って単位でこの街を守るんだ。多少の犠牲に目を瞑れないんじゃ、先を見る組織としてはおしまいなんだよ。例えこちらから出すものだとしてもだ。」

 顔色一つ変えず、ツィーグは言葉を切り返した。こいつらのように、自分たちが悪だと認識できている奴は余計にタチが悪い。奴らの中での悪に乗せた不変の正義を掲げるからだ。

「そうですか。お分かりいただけませんか…さりとて、我々もこの街を守る、レティミストです。」

 言葉の合図と共に私たちは一斉に自らの武器を取り出し、切りかかり、発砲した。奇襲は成功し、何人かに痛手を負わせることには成功した。ものの数秒で奴らも戦いに応戦し、総出の戦闘が勃発した。数十分の抗争が続いたが、私たちはフィアーズの強さに驚愕することなった。普通に戦って死傷者が出たのはこちらが大半で、赤子の手を捻るように数が減っていった。武闘派の奴らは弾が命中しても致命傷を必ず避けた位置だったし、接近戦ではかすり傷を付けるのが関の山だった。

 次第に私たちの中で恐怖が芽生え、私も圧倒的な戦力差に、切り抜けることよりも全滅しないように祈り始めたくらいだ。ツィーグと向かい合ったのを今でも覚えている。私は軽々とキッチンの瓶や果物が置かれたテーブルに押され、持ち上げられて叩きつけられ、手も出せずに刀が私を貫こうとしたのだ。その時に組織の一員が背後からツィーグに攻撃を仕掛け、獲物が変わったため死を避けられたが、そうでなければ助かる道はなかっただろう。勿論、そいつは死んだ。刀の柄で攻撃を止められ、首を跳ねられて死んだのだ。

 そして、私たちがもう戦う気力すら残されていない空気が流れ、戦闘は自然に落ち着いていった。ロクに戦うことができないノマは、殺さないようにズタボロにされ、蹲っていた。護衛は早々に殺され、私たちも彼女の盾になるような余裕すらなかったのだ。

 結果、私たち生き残りは来たときの位置に疲れ切った様子で集まり、奴らの言う通りにしなくてはいけない状況下に置かれた。逆らえば無惨に殺される。そのリアリティは、この場に居た全員が共有して持っていた。

「もう分かったろ?邪な正義なんざ要らねえんだよ。我々と共存すると誓え。ありがたいことだぞ?」

 ツィーグはこの様に言ったが、文字通り受け取ってはダメだった。共存なんて生易しい考えをこの地位に立った上で考えるはずがないのだ。

「できません。我々にも秩序があります。命に代えても…」

 ノマの震える体を支えさせて貰うことは出来なかった。私たちから少し距離のある場所に彼女は居て、この苦難に一人耐えようとしていた。

「命か。だからよお、そんなの関係ないって。忠誠を誓えっての。ほら、飲めよ。」

 ツィーグは私たちの中から一人を引っ張り出し、そいつの首を刺して生き血をグラスに注ぎ、そこに自らの唾を吐いて彼女に押し付けた。それを見ていた武闘派の一人、ゼッシは腹を抱えて声を出さずに笑っていた。よく見ると舌がなかった。あいつに至ってはしゃべれなかった。

「う。はあ、はあ…いかが、でしょう。もう、痛めつけるのはおやめください。」

 それを飲まずにいると、また部下を処刑するように催促が出され、二者択一を迫られた彼女はそれを苦しそうに飲み干した。

「よーし、よし。良い子だ。まあ、ゆっくり話そうね。」

 ツィーグは彼女の額に額をこすりつけ、優しく接しているように見せかけた。これも立派な侮辱だ。

「お前らはお帰りいただこう。命があって良かったなあ。今後の動きは、こいつとお前ら次第だ。心しておくように。」

 ずっとツィーグが喋りっぱなしだったが、奴が無駄にじゃれていたのでドゥイェンが私たちを立たせ、皆の肩を抱くように出口の方へ押した。気が気じゃなかったが、私たちには彼女が無事に解放されることを願う事しかできなかった。私たちの眼前では、これ以上彼女に苦痛を与えるような仕草は見て取れなかった。扉が閉められる瞬間に見たのは、丁寧に背中を擦られ、嗚咽しているノマだった。私はこの時、もしかしたらまた元気な姿で会えるかも。なんて思ってしまっていた。

 帰りのエレベーターでは誰も口を開かなかった。最悪の空気、党首が捕らえられたことで組織としての意力が下がり、自分たちの向かうべき先を見失っていた。下の階層に付いた後は何も言わず解散となり、二、三人で固まる者、個人で動く者とそれぞれの道を行くこととなった。まだ誰しもがノマを助け出すことを考えており、希望を失ったわけではなかった。

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