第1章 逆賊でコンティニュー

1—1 初手絶望

 まばゆい光が消えると、俺の視界にはどこぞの会議室の光景が広がっていた。目の前には会議室の中央を支配する長机が。どうやら俺はこの長机の上座にいるらしい。

 長机の周囲には、鎧を着た男たちが難しい顔をしている。長机の上には地図や紙が散乱し、壁には光り輝く石が並び、部屋の周囲には槍や剣で武装した人間のような人形が立っている。少なくとも、これは俺が慣れ親しんだ地球の光景じゃない。


 本当に俺はエピコスに転生してしまったのかもしれない。直感的にそう思うくらいに、周囲の光景は非現実的で、しかし夢にしてはリアルすぎるものだった。何より、難しい顔をする男のほとんどを、俺はLA4で見たことがあった。


 それにしても重苦しい空気だ。この重苦しい空気に包まれた会議室で、難しい顔をした男たちは声を張り上げた。


「殿下……いいえ、陛下! グランツ様がお討死されて以降、我が軍の士気は低下するばかりです!」

「ええい! ノーランを打ち倒してまだ2週間だぞ! ノーランの残党ごときに我が軍がここまで追い詰められるとは……情けない!」

「陛下! グランツ様お討死の報を聞き、各地の軍勢に動きが!」

「陛下! 中央ノルベンに遠征中のイズミア軍に、何やら不穏な動きが!」

「イズミア軍? 奴らはまだ遠くにいるはずだ! 放っておけ!」

「陛下! 魔界における魔物の流入が増えているとの報告が!」


 休む間もなく、よくわからない報告が連続している。その度、鎧を着た男たちが悔しそうに、あるいは不満げに唇を噛む。

 このよくわからない状況で、俺が理解しているのはひとつだけ。俺は今、絶望的な状況の中にいるらしい。

 加えて、一層深刻な顔つきの兵士が会議室に飛び込んできた。


「大変です! 陛下! 大変です!」


 この世の終わりを叫ぶような兵士の登場に、鎧を着た男たちは苛立ちを顕にする。


「どうした!? 何があった!?」


「イズミア軍、すでに旧帝都スカラに到達!」


「なんだと!? あり得ぬ! ノーランの首を落としてからまだ10日だぞ!? ノルベンからスカラまでは、普通なら20日近くかかる距離だ! ノルベンと戦闘中であったイズミアの軍勢が、10日でスカラに到着するなどあり得ん!」


「しかし、事実としてスカラにイズミアの旗が立てられています! それと――」


 兵士は長机の上にひとつの大きな水晶を置いた。


「それはなんだ?」


「イズミア伯ムスタフからです!」


 すると、水晶から青い光が浮き上がる。天井に届いてしまうのではと思うほどに浮き上がった青い光は、立派な髭を生やした、細身の、野望に燃えた目をした男の形へと変化した。

 この男を俺は知っている。グランツと共に皇帝ノーランを支えた男、後の天下人となる、LA4でも最強クラスの英雄ムスタフだ。

 ムスタフは俺を睨みつけるようにして口を開いた。


《ライナー=リヒトレーベン、逆賊グランツの息子、逆賊の息子よ。主君殺しの罪を背負いし罪人と、その下僕であるサウスキア辺境伯領の者たちよ。その重き罪、今すぐに死をもって償えば、汚名は返上されるであろう》


 そして、ムスタフは俺を見下す。


《もし罪の償いから逃げ出すと言うのであれば、逃げ出せばいい。しかし、我らイズミアの軍勢は貴様らを逃しはしない。我らは必ず、貴様らを捕らえ、罪を償わせよう。それが、ノーラン様への手向けでもある。ライナー=リヒトレーベン。くれぐれも選択を誤るでないぞ》


 恐怖を俺たちに植え付け、ムスタフの形をした光は水晶に戻っていく。

 長机を囲んだ男たちは真っ青な顔をしていた。


「イズミア伯の宣戦布告か……」

「奴ら、我々を生かして返すつもりはないようだな」

「本拠のシャル殿下はご無事だろうか……」

「ムスタフめ! ノーラン亡き今、次の天下人の座を我らから奪う気か!?」


 最悪の状況に最悪が上乗せされて、みんなは半ばパニック状態だ。

 パニックの末、彼らは俺に向かって叫び出す。


「陛下はグランツ様の遺言でサウスキア辺境伯を譲られた! つまりこの軍勢の総大将は陛下であらせられる!」

「さあ命令を! 陛下!」


 男たちの叫びが次々にぶつけられるが、俺は放心状態。


 そんな俺の顔を、明るい色の髪を揺らした、おっとりとした見た目の少女がのぞき込んでくる。追い詰められた状況で気づいていなかったが、どうやら彼女は俺の右後ろにずっと立っていたらしい。重い会議室に似合わぬ少女は、何度かまばたきを繰り返し、心配そうに言った。


「ライナー様、大丈夫ですか?」


「え……」


「顔色が悪いですよ? 少し、休憩されてはいかがですか?」


「あ、ああ……」


 なんだかすごく久しぶりな優しい声と言葉だ。俺は少し目をつむり、席を立った。


「すみません、少し考え事をさせてください」


 それだけ言って、俺は会議室を後にする。いや、会議室から逃げ出す。


「グランツ様から辺境伯の地位を譲られたばかりだというに、陛下はもう弱気に?」

「このままでは我が軍は……」


 不穏なコソコソ話が聞こえてくるが、全部無視だ。


 俺は少女の案内に従って、とある部屋に足を踏み入れる。

 部屋には落ち着いた雰囲気をまとった木製の調度品が並んでいた。調度品の中には鏡があり、俺は鏡に映った自分の姿を確認する。


「こいつは……」


 鏡に映っていたのは、見慣れたオタクではない。ブロンドヘアに青い目、彫りの深いイケメンの青年だ。

 少し角度をつければ、LA4に登場する英雄ライナー=リヒトレーベンの顔グラそのままである。


「俺、本当にライナー=リヒトレーベンに転生したのか」


 認めざるを得ない現実に、俺は鏡の前でため息をつく。

 一方の少女はひとつの立派な椅子の隣で微笑んだ。


「どうぞ、おかけください。今、紅茶を用意しますね」


 言われるがままに俺は椅子に座った。会議室にあった椅子と違って、なんとも座り心地のいい椅子だ。


 しばらくすれば、少女は紅茶を持ってやってくる。ティーカップに注がれた紅茶は良い香りを放ち、重苦しい空気に押しつぶされていた俺の心を癒してくれた。

 ここで俺は、無意識のうちに少女に尋ねてしまう。


「君、名前は?」


「え? わ、私はロミー=ポートライト……です。ライナー様の側近で……お忘れですか?」


 しまった。今の俺はライナーなんだ。ライナーがこんな質問するはずがない。

 ロミーと名乗った少女は困惑している。俺はとっさに手を叩いた。


「ああ! 思い出した! そうだ! ロミーだよロミー! うんうん、思い出したぞ! すまないすまない、疲れのあまりロミーの名前を思い出せなかったんだ! すまない!」


 こんなんで誤魔化せるとは思えないけど、さてどうなるか。

 不安になる俺の前で、ロミーはトレーを抱えて目を丸くする。


「なんということでしょう……それほどまでにライナー様は頑張っていたんですね……なんて立派なご主人様……でもご安心ください! 私がライナー様の疲れを吹き飛ばします!」


 なんか知らないけど誤魔化せたぞ。それどころかロミーの側近スイッチが入ったぞ。

 ロミーは瞳をキラキラさせ、すたすたと部屋を動き回る。


「どうぞ! 最高級の紅茶です! ケーキもありますよ! ふかふかのお布団も用意しましょう! 腕のいいマッサージ師も呼びましょう! そうだ! 魔法で心地の良い音楽でも――」


「だ、大丈夫、そこまではしなくていいから」


 このまま最高級おもてなしコースに突入しそうだったので、俺はやんわりとロミーを止めた。

 なぜか残念そうな表情をしたロミーは、それでも俺の言うことを聞いてくれる。

 おかげで壁の向こう側から将軍たちの口論が聞こえてくるほどの静寂が部屋を包み込んだ。


「ちょっと考え事をさせてくれ」


 独り言のような俺の言葉に、ロミーはティーポットを握る細い指に力を込め、微笑みで不安を隠すようにしながら「かしこまりました」とだけ答える。

 絶望的な状況と、それらに構うことなく優雅にのぼる紅茶の湯気を眺めながら、触り慣れない自分の顎に手を当て、俺はこれまでとこれからについて思索を巡らせた。

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