第3章 大返し返し

3—1 サウスキアの戦い前哨戦:戦闘準備

 緊張よりも疲れが勝ったようだ。太陽が西に沈み、ベッドに入った俺はぐっすりと眠ってしまっていたらしい。目が覚めたときには、東から昇った朝の日差しが窓の外から射し込んでいた。

 体を起こし、周囲が城内の一室であるのを確認して、ライナーへの転生が夢ではないことを、俺はあらためて確認する。


 領主の朝は会社員時代と変わらず慌ただしい。すぐさまロミーに軍勢の出撃準備完了を知らされ、着替えと朝食を手早く済ませると、俺は城の外に整列する軍勢の中に歩を進めた。

 物々しい雰囲気の戦人形に囲まれた指揮馬車に乗り込めば、いよいよ出撃だ。


 城を出発し戦地へと赴くのは、俺が率いる弓人形、シャルや将軍たちが率いる槍人形や盾人形、フヅキ率いる魔術人形、スチアと騎士たち率いる騎馬人形、アルノルト率いる剣人形で構成された4千の軍勢である。


 サウスキア軍は今、長蛇の列を成し山脈に囲まれた谷間を進軍中だ。

 指揮馬車から外を眺めた俺は、周りの景色を見て思わずつぶやいてしまう。


「あらためて見ると、この辺の土地って険しいよな」


 視界の半分以上は、街道を左右から挟み込んだ高さ数百メートルの斜面や崖に支配されている。平坦な土地は森を含めても数十メートルがいいところか。まるで大自然が俺たちに向けて、この雄大さをその目に焼き付けろと迫ってきているかのような景色だ。

 LA4ではCGグラフィックでしかなったマップが、現実になるとこれほどのものだったなんて。

 ヤーウッドに戻る最中はゆっくりと見られなかった景色を前に、俺は嘆息してしまう。


 俺のつぶやきと嘆息が聞こえたのだろう。指揮馬車に揺られていたロミーも俺の隣で外の景色を眺め、口を開いた。


「私たちの住む世界と魔界を隔てる大山脈へと続く土地ですからね。おかげでサウスキア辺境伯領は大陸一の魔鉱石の産地です。土地は不便ですけど、生活には困りません」


「そうか。そうだな」


 景色は雄大でも、それがもたらす効果はゲームと同じらしい。

 サウスキア辺境伯領はLA4きっての魔鉱石の産地だ。だからこそ魔法関係の政策が豊富であり、魔界と隣接しているのも相まって、他の領地と比べファンタジー感が強い。


 魔鉱石の産地という特色は、戦人形にも大きな影響をもたらす。俺は指揮馬車を囲む、鎧姿に武器を手にした人形たちを一瞥した。


「戦人形の戦力は、それを率いる英雄の能力値と、製造時の魔鉱石の質で決まる。そう考えると、上質な魔鉱石が大量に採掘できるサウスキアの戦人形は強いんだよな。加えてこの険しい土地だ。防衛戦には適してる」


「ノーラン様も、サウスキアの戦人形は天下一頑強だと仰っていたくらいですからね」


「反面、サウスキアは領地のほとんどが山だから領民の数が少ない。戦人形を作るための人口数が少ないのは、わりと痛い」


「はい。大きな敗北で戦人形の数を減らせば、立て直しには時間がかかりそうです」


「なるべく戦人形を減らさない戦いが重要、ってことか」


 サウスキア辺境伯領プレイのコツは、戦人形の消耗を抑えること。やっぱりこれもゲームの通りらしい。

 ビジュアルの迫力に圧倒されがちだった俺だが、話を聞いている限り、おおまかなシステムはゲームと同じなんだ。これからはじまる戦いに向けて、俺は不安な気持ちをなるべく抑え、少しばかりリラックスするのだった。


 指揮馬車の席に深く座った俺は考える。


 サウスキア滅亡イベント回避の第一段階であるライナーのイベント死の回避は成功した。天才軍師フヅキを仲間に加え、精霊の壁代に使われていたシャルの魔力消費も絶った。

 滅亡イベント回避のためのピースは揃いはじめている。

 だが、これからはじまる戦いに負ければ、戦人形を失い戦意を失い、潜在的な味方を失い、代わりに約10万の敵兵がやってくる。つまり滅亡イベントのフラグはもう折れなくなってしまう。


「この戦い、絶対に負けられないな」


 できれば勝利を、せめて負けない戦いを。


 空を見上げれば太陽は真上にまでやってきていた。ここまで目立ったトラブルは起きていない。少なくとも行軍は順調のようだ。

 と、ここで指揮馬車に置かれていた、遠くの人物と会話できる無線のような役割を果たす水晶からシャルの声が聞こえてきた。


《兄上、困ったことになりましたの》


「最前線のシャルか。どうした?」


《先行させた偵察部隊から、わたくしたちの目的地である関所がイズミアの軍勢によってすでに陥落寸前である、との報せが入りましたわ》


「な、なにっ!?」


 いきなり行軍が順調ではなくなった。


 というか、イズミア軍の進軍が早すぎる。ブライアヒル神殿の変からまだ24日しか経っていない。にもかかわらず、イズミア軍は大陸北方のノルベンから大陸南部のサウスキアにまでやってきた。

 めちゃくちゃだ。いくら兵站の概念が現実とは違うからって、イズミア軍は1日60~70キロは進んでいる計算になる。モンゴル軍かよ。


――俺も急いだつもりだったが、イズミア軍は化け物か。どうにも天下統一できるわけだ。


 俺は頭を抱えてしまう。イズミア軍の神速によって、俺たちが戦場として定めていた関所がすでに戦場にさせられてしまったのだ。関所に布陣しイズミア軍を待ち構えるという作戦は、この時点で破綻した。


「絶対に負けらない、からのこの報告かよ……」


「ど、どうしますか!?」


「仕方ない。ここに軍を展開させる。関所の防御力が利用できないのは痛いが、防御陣形を作ればなんとかなるだろうし。というか、それ以外に方法ないし」


 半ばヤケクソだな。

 でも俺はまだ諦めていない。行軍速度だけを見ればイズミア軍に勝てる要素がどこにも見当たらないが、イズミア軍にだって弱点はあるはずだ。

 俺は水晶に駆け寄り尋ねた。


「敵の編成は?」


《偵察部隊からの情報によりますと、イズミアの軍勢は約6千だそうですの。その全てが騎馬人形とのこと》


 ふむふむ、やっぱりイズミア軍は足の速い部隊を先行させた形だな。でないと19日でここまで来られるはずがない。

 それでも軍勢が6千もいるのには驚いた。てっきり3千くらいだと思っていたのだが。

 なんにせよ、イズミア軍の弱点が見えてきた。


「4千対6千。数の差では負けてるが、戦場は隘路だ。騎馬人形の強みの機動力と突破力を封じられるし、正面戦力もかなり絞れる。しかもこっちには遠距離攻撃できる戦人形が揃ってるんだ。数の差は問題ないな」


 加えて、敵は俺たちの準備が整っていないと思い込んでいるはず。

 さらにイベント内容を知っている俺が指揮を執り、フヅキやシャルたち優秀な人材が揃っているんだ。


――この戦い、勝てる。


 絶望は脇に追いやり、LA4プレイ時間1000時間越えプレイヤーとしての自信と仲間への信頼を胸に、俺は全軍に呼びかけた。


「全軍! 止まれ! ここで防御陣形を敷く!」


 俺の呼びかけに従って、英雄たちと戦人形は歩みを止めた。

 静止した指揮馬車で、俺は周囲の地形を模した盤面上の青い駒を動かしながら、水晶に向かって指示を出す。


「シャルと将軍たちが率いる槍人形と盾人形で街道を封鎖。その背後にスチアと騎士たちが率いる騎馬人形を待機させる。そのさらに背後には、俺が率いる弓人形を配置」


 これは戦いに負けないための部隊の配置だ。

 だが俺は、戦いに勝つための部隊の配置も忘れていない。


「右翼と左翼の森にはアルノルト率いる剣人形を伏兵として配置させて、崖の上にはフヅキと魔術師たちが率いる魔術人形を配置する。相手は猪突猛進してるんだ。側面への攻撃には弱いだろうし、できれば包囲も狙いたいからな」


 LA4で何度か敷いた防御陣形である。この防御陣形で負けたことはあまりない。

 もちろん現実で通用する戦い方なのかどうかは不明だ。けれど、戦いのシステムがLA4と同じこの世界なら、きっと勝てると俺は信じる。


 事実、盤面上の駒に指示すると、それに沿って各部隊は動きはじめた。盤面の地形と周囲の地形、駒と各部隊の動きも完全にリンクしている。これはまさしくLA4の戦闘と同じシステムだ。この世界は間違いなく、LA4のゲームシステムが具現化された世界なんだ。


 ゲームと同じ操作方法・・・・なら、領主成り立て元会社員の俺でも戦闘を指揮できるさ。

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