3—2 サウスキアの戦い前哨戦:衝突

 指示を終えてから数十分。シャルやスチア、俺の部隊は配置を終えた。アルノルトの部隊も森に隠れ、あとはフヅキの部隊が崖を上り切るだけ。

 ここで前線から威勢の良い報告が上がる。


《街道の先に軍勢を発見!》


「早いな……まだ展開が完全に終わってないが……攻撃準備!」


 もう関所が落とされてしまったというのか。


 俺は息を呑み込み、とっさに戦闘態勢に入った。

 一方のロミーは、俺の指示をかき消すように前線部隊に質問を投げかけるのだった。


「待ってください! その軍勢は敵ですか!?」


 ロミーの質問を受けて、前線部隊はしばらく黙り込む。

 前線部隊から返答があったのは、1分ほどが経った頃だ。


《軍勢の正体は関所から逃げてきた友軍だ! 繰り返す! 軍勢の正体は関所から逃げてきた友軍だ!》


 つまり、攻撃すべき相手ではない。

 よく考えれば当然だろう。敵に根絶やしにされていない限り、敵よりも関所から逃げてきた兵士たちの方が先に俺たちのもとにやってくるはずだ。

 どうやら俺は、人生初の総大将に力みすぎていたらしい。


「ロミーが冷静で助かった。危うく味方を攻撃するところだったよ」


 本当にロミーには感謝しないとな。

 俺――ライナーに褒められたからか、ロミーは照れた様子で再び盤面との睨めっこを再開させる。

 冷静になるため深呼吸をした俺は、前線のシャルに向かって指示を出した。


「シャル、関所から逃げてきた奴らは後方に送ってやれ」


《わかりましたの》


 同士討ちを避けられたことに安心しながら、俺はロミーと一緒に盤面を眺める。


――関所が落ちたのは確実だ。となれば、次こそイズミア軍が攻め込んでくる。


 再び軍勢を発見したという報告があれば、いよいよ戦いのはじまりだ。

 いつでも指示が出せるようにと、俺は盤面を眺め続け、水晶に耳を傾ける。


 フヅキの部隊を示す駒が崖の上に到着し、全ての部隊の配置が終了した時だった。辺りを覆い尽くす雰囲気には似合わない、のんきなフヅキの声が水晶から聞こえてきた。


《ライ兄! 敵軍、見えた~!》


 のんきな声で言うような内容じゃないと思うのだが。

 とにもかくにも、いよいよ敵軍の登場だ。つまり、戦いのはじまりだ。

 すぐさま俺は水晶に向かって指示を出そうとする。けれども水晶からは、フヅキの声でもシャルの声でもなく、どこか気取った女性の声が響いた。


《……逆賊たち、聞こえている?》


「この声は――」


「おそらく敵将軍の声です!」


 え? 敵の声が水晶に混じるの? それってセキュリティ的に大丈夫なの?


 いや、もしかしたら無線のオープンチャンネルみたいなシステムがあるんだろう。そういうことにしておこう。

 俺が勝手に納得していれば、敵将軍の女性は自信満々に言い放つのだった。


《私はイズミア軍先兵を率いるウェン=ミンリーよ! この私が、ムスタフ様の代理としてあなたたち逆賊の首を落としてやるわ! さあ、私の出世の糧となりなさい!》


 あからさまに俺たちを蔑むような態度である。

 シャルは蔑みの言葉など気にせず、敵将軍の正体に注目した。


《ウェン=ミンリー。最近、ムスタフに気に入られ頭角を表した若手の将軍ですわね》


 彼女の言う通り。LA4におけるミンリーはムスタフの腰巾着的な存在であり、ムスタフ死後のイズミア伯領滅亡と運命を共にした英雄だ。

 貴族出身のエリートお嬢様であり、その傲慢さからイズミア伯領を滅亡に追い込んだ奸臣。あるいは最後までムスタフの威光を守り通そうとした忠臣。そのどちらかでLA4プレイヤーの間では論争になりがちな人物。そんな面倒な英雄がミンリーだ。

 彼女に絶対的な地位を与えたきっかけは、サウスキア滅亡イベントである。となれば、ミンリーが俺たちの前に現れるのは当然の成り行きだ。


――これも滅亡イベントの通りか。


 まあいいだろう。サウスキア滅亡イベントを回避して、ミンリーの出世も潰してやる。

 ミンリーの声が水晶から消えると、盤面を眺めていたロミーが叫んだ。


「盤面にも敵の駒が現れました!」


「ここからは盤面との睨めっこだな」


 落ち着け、俺。盤面はゲーム画面とまったく同じ。ゲームと同じようにやれば大丈夫だ。


 さて、盤面上に並ぶ駒の上には2本のゲージが浮かんでいる。味方部隊を表す青い駒のゲージは、片方が空っぽ、片方が光で満杯だ。対して敵部隊を表す赤い駒のゲージは、2本とも3分の1程度に光が溜まっている。

 それを見たロミーが言った。


「敵軍は統制がだいぶ乱れていますね」


「あれだけの強行軍だったからな。当然だろう」


「対する私たちの軍勢は、充分に統制が取れています!」


 やっぱりゲームと同じ。駒の上に浮かぶ2本のゲージは、戦法ゲージと統制ゲージだった。

 戦法ゲージは戦闘時間と与ダメージ量に応じて光が増えていき、光が満杯になると部隊を率いる英雄が持つ〝戦法〟を放てるようになる。統制ゲージは戦闘時間と被ダメージ量、そして戦人形の質に応じて徐々に下がっていき、ゲージが空になると潰走状態になる。


 どちらのゲージも大事な指標だ。特に統制ゲージが空になれば負け確定だから、気をつけないと。


 俺たちの軍勢は戦闘を行なっていないから戦法ゲージが空。代わりに統制ゲージが満杯。対して敵の軍勢は関所の戦闘で戦法ゲージが少し溜まり、代わりに強行軍も相まって統制ゲージが減っている。

 となれば敵軍は慎重になりそうなものだが、シャルからの報告を聞くとそうでもないらしい。


《敵軍が止まる様子はありませんの! 突撃を仕掛けてきますわ!》


「好都合だ! 全軍、構えろ! 前線部隊は敵騎馬隊を受け止めるんだ!」


 前線部隊はシャルたちが率いる槍人形と盾人形だ。狭い道を封鎖するように戦列を展開し、同時に縦深も確保した対騎馬戦に強い防御陣形なら受け止め切れるはず。


 盤面上の青い駒と赤い駒の距離は縮まるばかり。シャルたちを信用してないわけじゃないが、俺の心は落ち着かない。


「盤面だけ見てても、なんか不安だな……」


「ライナー様! そんなときこそ、これを使いましょう!」


 ぱっと立ち上がったロミーは俺に双眼鏡を手渡した。さらに指揮馬車の天井からぶら下がっていた紐を引っ張ると、梯子が現れる。

 梯子を登れば、そこは指揮馬車の幌の上だ。幌の上から双眼鏡をのぞけば、谷間を塞ぐように槍と盾を構えた戦人形の戦列が。

 少し視線を落とせば盤面を確認することだってできる。


「いい見晴らし台だな、これ。この見晴らし台を指揮馬車に付けた奴、グッジョブだ」


「うん? その見晴らし台を作ったのはライナー様では?」


「……そう! だから俺グッジョブ! 俺すごい!」


 苦し紛れの言い訳だ。けれどもロミーは目を輝かせた。


「戦いの前に自分を褒めて自信をつける……私も見習います!」


 よくわからないけれど、今回もロミーの勘違いに助けられたぞ。


 そんなことよりもだ。双眼鏡の先で戦いはもうはじまっているんだ。

 シャルが率いる部隊の向こうに、谷間を覆い尽くさんばかりの土煙が上がっている。あの土煙は、イズミア軍の騎馬人形隊が巻き上げたものだ。

 イズミア軍はシャルの報告通り、少しも勢いを緩めずシャルの部隊に突撃を仕掛けてくる。


 数秒もすれば、イズミア軍がシャルの部隊に衝突した。シャルの部隊は騎馬人形たちの凄まじい衝撃に押され、戦列が歪む。


 一方でイズミア軍もシャルの部隊の盾や槍に阻まれ、最前列の騎馬人形たちは次々と地面に倒れていき、突撃の勢いは完全に相殺された。


 ここでシャルの嬉しそうな声が水晶から響く。


《敵軍、なんとか受け止めましたわ!》


 幸先の悪くない報告に、俺のガチガチの表情がわずかに緩んだ。


 とはいえ戦人形の質は指揮官の能力値によって決まる。シャルとミンリーの能力値を比べれば、わずかにシャルの方が上回る。加えてシャルは味方部隊の防御力を高めるスキルを持っているのだから、この結果はゲームシステム的には当然の結果だ。

 だからこそ俺は自信を深め、水晶に向かって次の指示を口にする。


「続けて弓人形、それと魔術人形、攻撃開始!」


《いっくよ~!》


 水晶からはフヅキの元気な声が。

 俺が率いる弓人形部隊とフヅキが率いる魔術人形部隊は、俺の指示と駒の操作に従って攻撃を開始した。


 サウスキア軍とイズミア軍の本格的な衝突が、今まさに幕を開けたんだ。

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