3—3 サウスキアの戦い前哨戦:一進一退
顔を上げれば、空は無数の矢と攻撃魔法の光に覆われている。
ただただ敵の戦人形を機能停止させるためだけに放たれた無感情な攻撃魔法と矢は、その目的を果たすため地上へと降り注いだ。
魔法攻撃と矢の雨に降られて、イズミア軍の騎馬人形隊は防御態勢に追い込まれていく。
それを盤面の赤い駒の動きで確認したロミーは、希望に満ちたような口調で言った。
「イズミア軍の動きが鈍りましたね」
「戦いの主導権は握れたな。だがそろそろ――」
LA4の敵AIなら打ってくるだろう次の一手を、ミンリーも打ってくるはず。
俺の予想は的中した。イズミア軍の後方からは、青紫色の光の幕が浮かび上がる。その幕は傘のように広がり、イズミア軍全体に覆い被さった。
サウスキア軍が放つ攻撃魔法と矢は、光の傘に遮られ騎馬人形のもとには届かない。
攻撃魔法と矢が光の傘にぶつかり弾かれる音を聞きながら、ロミーは表情を厳しくした。
「障壁魔法です! 味方の弓攻撃と魔法攻撃が防がれています!」
「弓隊は攻撃停止! 矢がもったいないからな! 魔術人形は攻撃を続行! 障壁魔法を食い破れ!」
想定内の出来事だ。障壁魔法は魔力の能力値が80を超え、スキルがあれば戦法ゲージを消費して誰でも使える技である。イズミア軍ならばミンリー以外にもその条件を満たした英雄が一人はいるだろうから、こうならない方がおかしい。
幸い障壁魔法は魔法攻撃を当て続けることで破壊ができる。だからフヅキ隊の魔法攻撃は続行だ。障壁魔法が破壊できるまでは、前線のシャル隊に防衛戦を頑張ってもらわないと。
ここで水晶からアルノルトの渋い声が聞こえてきた。
《こちら伏兵部隊。俺たちゃいつでも攻撃可能だぜ》
「わかった。だが、伏兵部隊はもう少し隠れていてくれ。敵の意識を正面にもっと集中させたい。それにミンリーの戦法を考えると、しばらくは動かない方が良さそうだからな」
《あいよ。だが、あんまり慎重になりすぎねえようにな》
「もちろん」
慎重さを欠けば負けるし、慎重になり過ぎても負ける。ゲームも戦争も仕事も、なんだってそうだろう。
敵軍の障壁魔法が現れてから数十分が経過した。
この間、イズミア軍の騎馬人形たちは何度か突撃を行うも、シャル隊の盾人形と槍人形は最前列の陣形を歪ませながらも縦深を確保し耐えて続けている。盤面上の駒も、青い駒と赤い駒がぶつかっては離れを繰り返している。
戦いが単調になってきたところで、シャルの報告が俺の耳に届いた。
《敵軍に動きがありましたわ》
そう言われて盤面を確認した俺だが、青い駒と赤い駒の動きに変化はない。
「本当か? 盤面上では敵に動きはないが」
《動きがあったのは、盤面に反映されないくらいに少数の騎馬人形だけですの》
「ああ、そうか、わかった。少数の兵士は盤面に反映されないのか……」
ゲームにはなかった〝仕様〟に戸惑いながら、俺は見晴らし台で双眼鏡をのぞき込む。
するとたしかに、数体の敵軍の騎馬人形が弓矢だけを手に障壁魔法の端に待機していた。
ロミーは首を傾げる。
「敵の狙いはなんでしょうか?」
対して水晶の向こう側、前線に立つシャルと将軍たちは敵の狙いを見抜いていた。
《ミンリーは騎馬人形の弓矢で一撃離脱戦法を繰り返し、こちらの防御陣形を少しずつ削るつもりのようですの》
《陛下! 相手は突撃での短期決戦を諦め散兵をはじめた! この隙に騎馬人形の投入を!》
隙をつけ、という前線の将軍からの提案。
ところが即座にフヅキの無邪気な声が響き渡る。
《それはダメだよ~!》
《な、なぜだ!?》
《だってだって、イズミア軍はわたしたちが前進した瞬間、後方の騎馬人形を突っ込ませてくるつもりなんだよ! もしそうなったら、前線部隊がぐちゃぐちゃになっちゃ~う!》
フヅキの言う通りだ。イズミア軍はサウスキア軍より数が多い。こちらが防御陣形を解いて攻撃態勢に移る余裕は、まだ俺たちにはない。
問題は防御陣形を取り続ける余裕もあるわけではない点だ。実際にシャルは指摘する。
《しかし、単純な攻撃力は敵軍の騎馬人形が上ですわ。このままチマチマと防御陣形を削られれば、戦況は悪くなるばかりですの。防御ばかりでは、防御戦は勝てませんわ》
部下たちからの報告を聞いて、俺は悩む。悩んだ末に、盤面上に並ぶ駒たちの戦法ゲージを眺め、答えた。
「今は敵の攻撃を受け止めていてくれ」
やるべきことは変わらない。この世界はLA4と同じシステムの世界なんだ。決定的な瞬間は、まだこれからなんだ。
「全員の戦法ゲージが溜まるまで、なんとか耐えてくれよ……」
LA4では英雄の戦法で勝負が決まることもある。だから攻めに転じるべきタイミングは、戦法を放てるようになってからだ。
戦闘がはじまってもう40分程度が経っただろうか。
敵軍の騎馬人形は一撃離脱戦法を開始し、シャルたち前線部隊は少量とはいえ断続的な矢による攻撃を一方的に受け続ける。少しでも防御陣形が崩れれば敵軍は小規模な突撃を敢行、サウスキア軍は苦しめられる。
こちらも障壁魔法を、とも考えたが、戦法ゲージは温存しておきたいので却下だ。
戦況がだんだんと敵軍に傾きはじめたところで、赤い駒の上に浮かぶ戦法ゲージが光でいっぱいになった。
直後、イズミア軍の頭上で闇の塊が砕け、闇の破片がサウスキア軍の戦人形に降り注いだ。闇の破片をかぶったサウスキア軍の戦人形は、途端に動きが鈍くなる。
現実でも盤面上でも味方軍の動きが鈍くなったのを見て、ロミーは悔しそうに叫んだ。
「ライナー様! ミンリーが戦法『闇夜の罠』を発動してきました!」
「敵部隊の動きを制限する戦法、か。これで俺たちはしばらく動けないな」
なかなかにチートな戦法だ。場面が場面なら、そのまま包囲殲滅だってできてしまう『闇夜の罠』の威力を前にして、俺は動揺を隠せない。
いや、指揮官である俺に動揺は許されない。よく考えれば、動揺する理由もない。
――まだ防御のターンだ。ここは狭い戦場、動けなくても構わない。
だから俺は、今までと同じ命令を部下たちに与えるだけである。
しかし、ミンリーの戦法とイズミア軍の一撃離脱戦法はボディブローのように効いてきた。シャルたち前線部隊の防御陣形は歪みに歪み、徐々に縦深も失われはじめ、統制ゲージは急速に減少していく。
さすがのシャルも危機感を抱いたようだ。
《盾人形と槍人形、統制が乱れてきましたわ。防衛線を下げてもよろしいですの?》
「仕方ない、少し下がっていいぞ」
前線部隊が崩壊したら終わりだからな。
短い指示をもとに、シャルの部隊は戦列を下げはじめる。もちろん、これをイズミア軍は好機と捉えた。
盤面上の赤い駒が一斉に前進すれば、ロミーはすぐに報告してくれた。
「こちらが後退したのを機に、敵軍が大攻勢をはじめました!」
まあ、そりゃそうなるだろう。『闇夜の罠』を受けて動きが鈍った上での後退だ。誰がどう見ても攻撃のチャンスだろう。
でもこれは、俺たちにとってのチャンスでもある。なぜならば、タイミングよくサウスキア軍各部隊の戦法ゲージが光でいっぱいになったのだから。
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