4—2 知らない過去

 商人ギルド長と別れ、俺たちは再び街を歩きはじめた。

 歩きはじめた直後だった。白いリボンを揺らした一人の小さな女の子が、緊張した面持ちでシャルに声をかけた。


「シャル様……その……あの……」


「どうしましたの?」


 瞬時にお姫様モードに切り替えた、柔らかいシャルの口調に女の子は緊張を吹き飛ばし、シャルにすがるように言った。


「何日か前なんですけど……旧市街の倉庫に集まっている、見たことのない怪しい男の人たちに、お父さんがお財布を盗まれてしまって……お財布を取り戻そうにも、男の人たちはなんだか雰囲気が怖いらしくて……だからシャル様たちに、お父さんのお財布を取り戻してほしいんです!」


 不安そうに手を握る女の子の言葉は、どうにも只事ではなさそうだ。

 領民である小さな女の子が不安そうな顔をしている。それも、怪しい男たちのせいで。となれば領主様の出番だろう。

 俺は女の子の視線に合わせ、答えた。


「わかった、衛兵に伝えておく。お父さんのお財布は俺たちが取り戻してみせるよ」


「あ、ありがとうございます!」


 パッと表情を明るくし、嬉しそうに感謝を口にする女の子。

 新たな〝サブクエスト〟を引き受けた俺たちは、女の子を見送りながら顔を合わせた。


「不届き者は、なんとしてでも捕らえないとですね!」


「話を聞く限り、おそらく相手は冒険者パーティーや盗賊の類ですわ。しかしなぜ旧市街の倉庫なんかに集まって……」


「ただのチンピラ集団ならいいんだがな」


 すると、街で買ったクレープを美味しそうに食べていたフヅキが、まるでおとぎ話でもするかのように言うのだった。


「とあるキツネさんは、大雪が何日も続いたので、たっくさんの食べ物を蓄えた洞窟に籠もることにしました! ところが、いつもケンカをしているタヌキさんがやってきて、蓄えていた食べ物をぜ~んぶ食べられてしまいました! キツネさんは困ってしまいました!」


 唐突なフヅキのお話を聞いて、そのかわいさにロミーとシャルはほわほわしている。

 一方の俺は、先程の商人ギルド長のこともあって、天才軍師フヅキのお話の本当に意味に気がついた。


「これからイズミア軍がヤーウッドを包囲するとして、俺たちは領民たちと一緒にヤーウッドに籠城しなきゃならない。でも事前に食糧の備蓄が狙われたら――」


「旧市街には越冬や籠城戦のために備蓄されている食糧の倉庫があります! まさか怪しい男たちは、イズミア軍の工作員!?」


「だとすれば、見逃せませんわ」


 滅亡イベントよりも到着が遅れているからといって、イズミア軍が何も仕掛けてこないわけがない。あのムスタフなら、包囲戦で自らに有利な状況を作るため工作員を使って食糧の備蓄を狙ってくる可能性は充分にある。


 女の子のお父さんの財布を盗んだという男たちがイズミア軍の工作員である証拠はひとつもない。

 だがそうでないとも言い切れない。小さな事件が大事件の入り口、って可能性は否定できない。となると最大限の警戒心は持つべきだ。

 急激に高まる危機感から、俺はすぐさまロミーに伝えた。


「すぐに衛兵を呼んで――」


 伝えようとして、自信満々のシャルに遮られた。


「いいえ、わたくしたちで調べましょう」


「シャル様!? それはいくらなんでも危険すぎます!」


 まったくロミーの言う通りだ。もし相手が本当に工作員であれば、領主とその妹が工作員と戦うことになる。それはあまりに大胆すぎる話だ。

 だがフヅキはシャルの腕に抱きつき、シャルと同じく自信満々に言い放った。


「ちょっと危ないけど、いい案だと思うよ! だってだって、怪しい男たちは、まさかライ兄とシャル姉が直々に成敗しに来るなんて思ってないもん!」


 フヅキのキラキラの瞳に、俺とロミーの心が揺らぎに揺らぐ。シャルはダメ押しとばかりに続けた。


「兄上、ロミー、そんなに心配しなくても大丈夫ですの。ロミーは凄腕の師匠に鍛えられた、魔物相手にも負けない元冒険者。財布を盗むケチくさい男たち程度に負けはしませわ」


「それは……そうですけど……」


「いざとなったらスチアも助けてくれますの。そうですわよね、スチア」


「はい」


「うわわ! スチアさん!? いつの間に!?」


 急に俺たちの背後に現れたスチアに、俺とロミーは思わず飛び上がった。


「スチア!? どこにいたんだ!?」


「護衛として、ずっと近くにいた」


「そ、そうか……」


 ずっとってことは、城を出発したときからスチアは俺たちを護衛していたのか。

 一切の気配を悟られずに護衛を務めるとは、さすがスチアだ。そんなスチアがいてくれるのであれば、たしかに俺たちだけでも戦えるかもしれない。


 ロミーだって魔物と戦えるだけの実力者。

 なるほど、シャルとフヅキが自信満々な理由がわかった気がする。


「よし、怪しい男たちの正体、俺たちで暴いてやろう。財布も取り戻さないといけないし」


 大胆すぎる作戦かもしれないが、LA4のゲームプレイでは絶対にあり得ない作戦、やってやろうじゃないか。


    *    *    *


 天高くそびえる大聖堂を通り抜け、多様な石造りの建物が並ぶ旧市街へ。

 新市街と比べて旧市街の道は狭く細かく、人通りも少ない。

 フヅキはスチアと一緒に別行動、俺はロミーとシャルと一緒に怪しい男たちを探す。


 積荷が放置された裏道を歩いていれば、周りに人がいないのをいいことに、お淑やかさをかなぐり捨てた妹シャルが俺とロミーの腕を引っ張った。


「お兄ちゃん! ロミー! 倉庫はこっちだよ!」


 まるで遊園地に遊びに行く少女のようなシャル。ほとんどフヅキと変わらない無邪気さだ。

 軽やかな足取りで裏道を進む無邪気なシャルは、一瞬だけお姫様な表情をすると、後ろ手を組み微笑む。


「フフフ」


「どうしたんです、シャル様?」


「あのね、ロミーと出会った日を思い出したの」


 振り返り、ニコッと笑うシャルに、ロミーも顔を綻ばせた。


「そういえば最初の出会いだったあの日も、ライナー様とシャル様のお二人と一緒に、こうして路地裏を駆けていましたね」


「お兄ちゃんとシャルを暗殺しようとした凄腕冒険者集団によって、シャルたちは窮地に! だけど、凄腕冒険者集団の一人で、誰よりも強くて誰よりもかわいらしいロミーが、住み慣れた冒険者集団を抜けてシャルたちを救ってくれたんだよね」


「あのときの師匠は、私の知っている師匠とはもう、違っていましたから……だから私は、当然のことをしただけです……!」


 珍しく曇った目を遠くに向けながら、ロミーは過去を振り払うようにそう言う。


 俺は二人の会話から耳が離せなかった。

 なんだかんだで、俺はロミーがどんな人物なのかよく知らない。俺のLA4知識に〝英雄〟以外の人物の情報は存在しない。〝英雄〟ではないロミーが、なぜ〝英雄の側近〟としてこれほどシャルやライナーに信頼されているのか、俺は何ひとつ知らないのだ。

 だからこそ、ロミーの過去に関する会話から、俺は耳が離せなかった。


 詳しいことはわからないが、どうやらロミーとライナーの出会いは劇的なものだったようだ。

 ライナーとシャルを暗殺しようとした冒険者集団の一員でありながら、それに反対して古巣を抜け、二人の暗殺を阻止する。今のロミーからは想像もつかない大胆さで、それでいてなんともロミーらしい話だ。

 

 俺としてはもっと詳しい話を聞きたいところだったが、ロミーの曇った目を見る限り、この話は決してロミーにとって楽しい話ではないのだろう。

 シャルもそれを理解している。彼女は俺をチラリと見ると、おかしそうに笑って話題の方向性を修正した。


「もう、あの時は本当にびっくりしたんだからね! お兄ちゃん、シャルたちを救ってくれたロミーを、いきなり側近にするって言い出したんだもん!」


「私もびっくりしました。ホント、いきなりでしたからね」


 ふむふむ、ライナーは何を思ってロミーを側近にしたのだろう。

 まさか一目惚れ? いいや、その可能性も捨て切れないが、ロミーの優秀さを見れば、誰だって彼女を側近にしたいと思うだろう。事実、シャルは少しの曇りもなく言う。


「でもね、もしお兄ちゃんがロミーを側近に誘ってなかったら、シャルがロミーを側近にしてたと思う」


「え?」


「だってロミー、優しいし、強いんだもの。それに頭もいい。しかも人に気遣いができて、事務仕事もできて、冒険者にしては珍しく礼儀作法も知っていて、おまけにかわいくて――」


「あわわわ! やめてください! 褒められすぎて恥ずかしいです!」


「ほらほら、そういうところがかわいいんだぞ~」


 うむ、全くその通りだ。俺も無意識のうちにシャルの言葉に頷いてしまった。

 頷く俺を見て、シャルは自然と俺に話を振ってくる。


「お兄ちゃんもシャルと同じ理由でロミーを側近に選んだんだよね」


「うん? ああ、そうだな」


「お、ついに認めた! ねえロミー、お兄ちゃんはロミーがかわいかったから側近に選んだんだってさ!」


「ちょ、ちょっと待て! その言い方は語弊があるぞ!」


 どうやら俺は、またからかわれたみたいだ。

 ニタリと笑ういたずらっ子な妹シャルのおかげで、俺もロミーも顔を赤くし黙り込む。

 沈黙に耐えられなくなった俺は、どうにか別の会話で現状を上書きしようと純粋な質問を口にした。


「……俺たち、出会ってどのくらい経つ?」


「たしか1年と2ヶ月です」


「そんなに短いのか!?」


「ええ、私も驚きです。なんだか、もっと長く一緒にいたように思えます」


「そうか……そうだったのか……」


 意外だった。普段のロミーを見ていると、二人は幼馴染くらいの関係に思えたのだが。

 ここでシャルが俺とロミーの間に割って入り、俺の腕に抱きつく。


「二人ともホントに仲良いよね。でもシャルはお兄ちゃんと16年一緒にいるからね! 生まれた時から一緒だからね! お兄ちゃんは渡さないよ!」


「渡さないってどういうことですか!? もしかしてライナー様を私に渡してくれる可能性があったということですか!?」


「おいロミー、お前まで変なことを言い出したら終わりだ」


 これ以上にこの話が続くと、俺の精神力が限界に達しそうだぞ。

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