第4章 領主と臣下と領民と

4—1 領主と領民

 イズミア軍の先兵を退けて1週間が経った。

 滅亡イベントでは、そろそろイズミア軍の本隊がヤーウッドを包囲し、サウスキアは風前の灯となる頃だ。しかし、俺がいろいろとフラグを折ったおかげか、イズミア軍本隊は未だヤーウッドへと続く谷間の入り口に集結したままとのこと。


 もちろんムスタフは俺たちを滅ぼすのを諦めていないだろうし、俺だって滅亡イベントがこの程度で回避できるとも思っていない。油断は禁物だ。

 それでもヤーウッドが、しばしの安寧の中にいるのは間違いなかった。


 さて、そんな安寧の時間を俺たちはどう過ごしているのか。

 俺は今、ロミーとシャル、フヅキと一緒に街のスイーツ屋さんにやってきている。普段とは違うお出かけ用の服装に身を包んだロミーたちは、目の前のテーブルにずらりと並んだスイーツを口に運んで、ほんわりと頬を緩めていた。


「このケーキ、おいしいです!」


「おしゃれな見た目に上品な味、なめらかな舌触り……最高ですの」


「わ~い! プリンだ~! いただきま~す!」


「こらこら、フヅキさんはライナー様の軍師なんですから、もっと気品のある食べ方をしないとですよ」


「気品……わかった~! わたし、シャル姉の真似する~!」


「あら、ではフヅキちゃんもロミーも、わたくしの所作をしっかりと観察してくださいな」


「うん? 私もですか?」


「もちろん。ロミーはまだまだ、気品が足りていないですもの」


「そんな……なら、もっと頑張らないと!」


「フフフ、本当にロミーは頑張り屋さんですわ。でも本音を言えば、お菓子を食べるときくらい自由に振る舞ってもいいんですのよ」


 和気藹々と言葉を交わして、楽しそうに笑い合うロミーたち。

 こうして見ると、やっぱりみんな普通の女の子なんだな。と思ってしまう俺は、やっぱり転生前の会社員目線が抜けていないらしい。


 自分の場違い感をそれとなく察しながら、俺はミルフィーユを口にする。

 瞬間、ふわっとした食感と程よい甘味が口にの中に広がった。俺は思わずつぶやいてしまう。


「おいしい……」


 こんなに美味しいミルフィーユ、転生前ですら食べたことがないぞ。コンビニスイーツと違った美味しさに、もうフォークが止まらない。

 自分が領主ライナーであるのも忘れてミルフィーユに夢中になっていれば、米粒程度のプリンが乗ったスプーンが視界の端に入り込む。と同時にフヅキの無邪気な声が俺の耳に届く。


「ねえねえライ兄! わたしのプリン、ちょっとだけあげる~!」


「ホントにちょっとだな」


 とはいえフヅキの満面の笑みを前にして、プリンを食べないという選択肢はあり得ない。俺はスプーンを受け取り、米粒程度のプリンをぱくりと口にした。

 たった米粒程度、されどフヅキからもらったプリンは、甘くて美味しい。


 と、ここでロミーがケーキの刺さったフォークを片手に俺を凝視してくる。


「どうしたロミー?」


「わ、私のケーキも、どうぞ!」


「ありがとう」


 フォークを受け取って、今度はケーキをぱくり。

 絡み合う果物の酸っぱさとクリームの甘さが口の中に広がり、俺は幸せな気分に。


 ケーキの美味しさに満足していると、俺の隣にシャルが密着してきた。発育の良い体を俺に押し付けたシャルは、手に持ったワッフルを俺の口に近づける。


「ではわたくしからも。兄上、あ~ん」


「……あ~ん」


 恥ずかしさで全身が熱くなるのを感じながら、俺はシャルが持つワッフルにかじりついた。

 うん、ワッフルは上品な味がして美味しい。でも、やっぱり恥ずかしさの方が勝る。何よりシャルの満足げな笑み、それにロミーとフヅキの羨ましそうな視線が気になるぞ。

 転生前の俺だったら決して経験することはなかっただろう恥ずかしさに、俺はもう耐えられない。結局俺は、それ以降は黙々とミルフィーユを食べ続けるのであった。


 そんな俺たちのもとに、スイーツ屋の店主さんがやってくる。

 パティシエというよりはお母さんのようなエプロン姿の店主さんは、嬉しそうに笑いながら早口で言うのだった。


「ライナー様、本日は当店をご利用いただきありがとうございます! しかもライナー様御一行にお褒めの言葉までいただいて、光栄の至りです!」


「いえいえ、こんなにおいしいスイーツを作っていただいたんですの。感謝しなければいけないのはわたくしたちの方ですわ」


「シャル様……! 1ヶ月分のスイーツ、どーんと作ります!」


「まあ! では臣下の者たちとおいしくいただきますわ」


 お淑やかに答えるシャルに、いよいよ店主さんのテンションはマックスに。店主さんは張り切って厨房に向かうと、厨房からは凄まじい物音が聞こえてくる。これ、たぶん本当に1ヶ月分のスイーツが届きそうな感じだな。


 スイーツを堪能した俺たちは、厨房で集中する店主さんに別れを告げ、店を後にした。

 今日のヤーウッドは、よく晴れたいい天気だ。最近は暗い雰囲気が漂っていた街の住人たちも、心地のいい陽気を目当てに街に繰り出している。

 三角屋根が連なる大通りを歩いていれば、道行く人々が俺に声をかけてくれた。


「領主様! こんにちは!」


「こんにちは」


「領主様! いろいろ大変でしょうが、頑張ってください!」


「うむ、ありがとう」


 領外では逆賊と呼ばれている俺に優しく声をかけてくれる街の人たちは、とてもいい人たちだ。それだけライナーが領民に慕われる存在だった、ということでもあるだろう。

 ただ、ライナー以上に慕われた少女が俺の隣にいる。可憐なお姫様シャルだ。彼女は領主である俺以上に街の人たちに声をかけられていた。


「シャル様、ごきげんよう」


「ごきげんよう」


「シャル様! 出来立てのパンです! どうぞお召し上がりになってください!」


「フフ、ではいただきますわ」


「シャル様~! こんにちは~!」


「こんにちは。ところで、どうして箱の中に?」


「今ね~、かくれんぼしてるの~!」


「なるほど、そうでしたの。では、わたくしと話していては見つかってしまいますわ」


「あ! ホントだ!」


 小さな子供にまで好かれているなんて、さすが魅力97である。

 領民たちと触れ合う俺たちの背後で、フヅキとロミーは仲良く会話していた。


「ライ兄とシャル姉、人気者だね」


「もちろんです。お二人は幼少の頃から、街をお散歩し領民のみなさんと一緒に過ごしてきましたから」


 なるほど、魅力の高さは単なる数値ではなく、シャルとライナーの日頃の努力が生み出した結果ということか。

 戦が近づきながらも、明るく強く生きる領民たち。そんな領民たちに慕われるライナーとシャル。これらは今、滅亡イベントによって消え去る瀬戸際にある。


――サウスキアのみんなを滅亡イベントの犠牲になんてさせない。ライナーに転生した俺が、ライナーに代わって必ずみんなを滅亡イベントから救ってやらないと。


 さて、大勢の人に話しかけられながら街を歩くこと数分。俺たちのもとに上等な服装の男性がやってきた。男性は微笑み、深々と頭を下げる。


「領主様、シャル様、いつもお世話になっております」


「商人ギルド長ではありませんの。こちらこそ、お世話になっておりますわ」


 貴族らしい挨拶を返したシャルに続いて、俺も見様見真似で貴族っぽいお辞儀をしてみた。

 シャルは言葉を続ける。


「父上の件で迷惑をかけましたわね。領外の商人ギルドや取引先との関係、いろいろと壊してしまいましたの」


 たしかに、今やサウスキア辺境伯領は世界の敵のような扱いだ。となれば、商人ギルドもいろいろと苦労しているはず。

 こればっかりは領主であるライナーこと俺も謝らないと。


 しかし、俺が謝罪の言葉を口にする前に、商人ギルド長は不敵に笑った。


「なに、構いません。我々はサウスキア辺境伯領のために商売をしているのです。領主様と敵対する領地の商人と関係が切れるなど、むしろ歓迎すべきこと。何より、戦争となれば商売のチャンスでございます。現に、領主様たちには我々のギルドを通した食糧購入で儲けさせてもらっておりますのでね」


「フフフ、逞しいですわ」


 逞しい商人ギルド長に、領主である俺も負けていられない。俺は大河ドラマの主役を気取りながら、けれども本音を口にする。


「安心してくれ。俺は必ずサウスキアを守り通す。必ず君たちの商売を再開させてみせる。だから、もう少しだけ待っていてくれ」


「もう少しも何も、いつまでも待ち続け、投資いたしますよ。我々はライナー様が勝利すると信じておりますから」


「ありがとう」


 ランナーはなんて恵まれた奴なんだろう。LA4では能力値が高めなくせに出番の少ない地味キャラだったけれど、まさかこんなに領民に人気がある人物だったなんて。

 そんなライナーの人気を貶めないためにも、俺だって頑張らないとな。


 などと素直に思っていた俺の隣で、シャルは小さくため息をついた。

 彼女は俺にだけ聞こえるような小声で、妹キャラ口調を全開にしながら、嫌いな野菜を前にした子供のような顔をしてつぶやく。


「あの商人ギルド長、シャルは苦手だよ……お兄ちゃんに平気で嘘をつくんだもん」


「嘘?」


「あの人、サウスキア周辺の村や町から食糧を買い占めて、それを法外な額でシャルたちに売りつけてるんだよ。しかも、イズミア軍にまで高値で売って大儲け。そのくせに、お兄ちゃんの勝利を信じてるとかさ」


「ああ、なるほど」


 元会社員としては、商人を悪く言う気にはならない。だって、彼は商人だ。それが仕事だ。仕事のために愛想振りまきながら利益を第一に考える。立派な仕事人じゃないか。

 というのはシャルも理解しているのだろう。だから彼女は商人ギルド長に敵対するような言葉は、表では決して口にしない。それでも彼女は、お兄ちゃんであるライナーに嘘をつく、というその点だけが、どうしても受け入れられないんだろう。


 にしても、戦を前に食糧を売って儲ける商人か。

 食糧を必要としない戦人形が戦争の中心であるこの世界でも、それを指揮し、整備し、作るのは人間だ。ゲームと同じシステムであろうと、いつだって戦争には食糧問題が付き纏うんだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る