4—3 元冒険者と騎士の冒険者狩り

 俺の精神力は、限界を迎える直前で救われた。

 裏道を抜けた俺たちの目の前に、倉庫街の景色が広がったのだ。


「ライナー様、シャル様、到着しましたよ。あそこが、食糧が備蓄された倉庫です」


 半ば話題を逸らすように、ありふれたレンガ造りの倉庫を指差すロミー。

 倉庫の周囲は時折、近隣住民が通りかかるだけの静かな場所だ。怪しい男たちの姿はなく、今のところ倉庫は安全そうである。


 もちろんこれからもずっと安全だとは限らない。俺は一台の放置された馬車を見つけ、ロミーとシャルに伝えた。


「しばらくあの馬車から倉庫を見張ろう」


「だね。お兄ちゃん、行こ行こ」


 乗り気なシャルに引っ張られ、俺たちはそそくさと馬車の荷台に隠れる。

 ロミーは荷台からひょっこりと顔を出し、外の様子を確認していた。


 少しして空に緑色の光が昇るのを見つけて、ロミーは報告してくれる。


「フヅキさんとスチアさんの合図です。二人も倉庫前に到着したみたいですね」


 これで俺たちの準備は万全だ。


 荷台が狭いのをいいことに、やけに密着してくるシャルに困りながら、俺はロミーと並んで外を眺めてみる。

 すると数人の人影が俺の視界に映り、足音が俺の鼓膜を震わせた。


「誰か来たぞ」


 荷台の幌をかぶって、俺たちは慎重に外を確認する。


 人影の正体は、5人の男たちであった。彼らは俺たちに気付くことなく倉庫の中へ。

 彼らはぱっと見は普通の男たちだ。けれどもどうして倉庫の中へ入っていくのか。怪しさ満点である。


 男たちが倉庫に入って行ったのを確認すると、ロミーは冷静に分析するのだった。


「彼らは冒険者パーティーですね。武器は隠していますが、バレバレです。視線の動きも激しい。まるで周囲の目を気にしているかのよう。あれでは『自分たちは怪しい人間です』と大声で主張しているのと変わりません。何かの依頼を受けているのでしょうが、素人同然です」


「ずいぶんと辛口のコメントだな」


「ロミーは、あの冒険者たちが怪しい男たちの正体だと?」


「はい、間違いないと思います」


 絶対的な自信を持って答える元冒険者ロミー。ならば俺はロミーを信じよう。


「奴らを追うぞ」


 ということで、俺たちは魔法でフヅキとスチアに合図を出し、男たちを追って倉庫内に足を踏み入れた。


 食糧を備蓄しているとあって、魔法で温度調節された倉庫内は真っ暗だ。

 男たちを探すためロミーが光魔法を使えば、大量に積まれている小麦や保存食が詰め込まれた袋が視界いっぱいに広がる。


 ほのかな光を頼りに倉庫内を進むと、袋の向こうにランタンの光を発見した。同時に男たちの話し声が聞こえてくる。

 すぐさまロミーは光魔法を消し、小声で言った。


「隠れましょう」


 ロミーの言葉に従い、俺たちは保存食の袋の陰に隠れる。

 保存食の香りが鼻をくすぐる中、俺たちは男たちの話し声に耳を傾けた。

 男たちは近くに俺たちがいるとも知らず、やや粗暴な口調で仲間との話を繰り広げる。


「倉庫の警備はどんな感じだ?」


「戦人形が数体いたが、ほとんどいねえも同然だ。カモから簡単に財布を盗めるくらいだぜ」


「んじゃ、さっさとこの倉庫を燃やして、その財布の金の何百倍を頂こう!」


「だな! 倉庫を燃やすだけで大金持ちにしてくれるなんて、イズミア伯は太っ腹だぜ!」


 倉庫内に響き渡る下品な笑い声。俺は苦笑い。


「勝手にペラペラ喋ってくれたぞ、あいつら」


「倉庫の外では警戒しすぎ。でも倉庫の中ではまったく無警戒。ああいう素人みたいな冒険者は、難しい依頼なんか受けずに弱い魔物退治をしていればいいんですよ」


「ロミー、冒険者のことになると辛辣だな」


 さらなる苦笑いを浮かべながら、俺はロミーの頼もしさに安心する。

 俺の隣では、やる気満々のシャルが鞘から剣を抜いていた。


「つまり、あの冒険者たちは弱いってことだよね。なら、シャルとロミー、スチアの3人であいつらを捕まえちゃおう」


 シャルはすぐにでも男たちに斬りかかりそうな勢いだ。ロミーも短剣を握り、戦闘準備を終えている。

 これからはじまるのは、軍隊と軍隊の衝突ではない。人間対魔物というファンタジーな戦いでもない。人間対人間の戦いだ。

 ゲームプレイ時間は長くとも、人間対人間の戦いなど少しも経験したことがない。ゆえに俺の心には不安な気持ちが生まれ、それがロミーとシャルへの心配となって口から飛び出した。


「お前らだけで大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫。ね、ロミー」


「はい、問題ないです」


 肝の座った二人だ。俺よりもよっぽど頼もしいぞ。

 視線を合わせた二人は息ぴったりに駆け出し、堂々と剣先を男たちに向けた。

 突如として現れた少女二人に、男たちは呆気に取られた様子。シャルは気にせず宣言する。


「ヤーウッドに紛れ込んだ不届き者たち。わたくしたちの街で悪さを企んで、簡単に金儲けができるとは思わないことですわ」


 妹シャルではなく、令嬢シャルの凛とした声が倉庫に響く。彼女の隣には、瞳を鋭くしたロミーが短剣を構える。

 呆気に取られていた男たちは、倉庫に不釣り合いな少女の正体に気がついたらしい。


「あれって、逆賊の領主の妹じゃね?」


「シャル=リヒトレーベン! 間違いねえ!」


「マジかよ! あいつを殺せば、報酬上乗せだ!」


 目の前の〝報酬〟に目が眩んだのか、男たちは隠し持っていた剣を手にし、一斉に汚い笑みを浮かべた。


「グヘヘ、お嬢様たちよ、俺たちと遊ぼうぜ」


「ほらほら、そんな怖い顔すんなよ」


 舌なめずりをする男たちは、明らかにシャルとロミーを侮っている。

 だがシャルとロミーは、男たちの安い脅し文句にあっけらかんとした表情を返した。


「怖い顔? わたくし、怖い顔なんてしていましたの?」


「いいえ。どちらかというと、敵が弱すぎて殺してしまわないか心配そうな顔をしていました」


「フフ、ロミーはなんでもお見通しですわね」


 小さくかわいらしい笑い声が倉庫を駆け巡る。


 対する男たちは青筋を立てた。なんともわかりやすい反応をする男たちだ。

 男の一人は怒りに任せ、剣を振り上げながらシャルに向かって叫んだ。


「ガキがナメやがって! てめえら、ぶっ殺して――」


 瞬間、男の姿が消え、凄まじい物音が遠くから聞こえてくる。

 物音がした方向に目を向ければ、積まれた袋に先程の男が叩きつけられ、血と小麦に塗れた赤白の状態で伸びていた。


 何が起きたのかわからず混乱する男たち。シャルはいつもの口調で言う。


「スチア、さっきの彼は生きていますの?」


「生きている。死んだ方がマシなくらいに痛めつけただけだ」


 血のついた槍を持つ、感情のない顔をしたスチアが、いつの間に男たちの背後に立っていた。

 まるで死神のようなスチアの登場に、残った男たちは凍りつく。


 さすがの俺でもわかるぞ。これは俺たちの勝ちだ。

 男たちも本能的に命の危機を察したか、唾を飛ばし喚きながら逃げ出す。


「クソクソクソッ! 簡単な仕事のはずじゃ――うわっ!?」


 逃げ出した男の一人はスチアの槍に殴られ、先程の男のように吹き飛んだ。

 その吹き飛んだ男に巻き込まれて、もう一人の男も胴体を強打しバキリと何かが折れる音を鳴らして動けなくなる。

 さらに別の男はスチアに首根っこを掴まれ、そのまま脇腹に槍を叩きつけられノックダウン。


 最後に残った男はランタンの光を消し、次々と半死状態になっていく仲間を見捨て闇の中に紛れた。

 だが、そんなことをしても無駄だ。即座にシャルが光魔法を使い、男の居場所を照らし出す。続けてロミーが男の前に立ちはだかった。


「逃しません!」


 短剣を構え、姿勢を低くするロミー。

 男は感情に任せて叫ぶ。


「死ぬ前に、せめてガキ一人くらいは殺してやる!」


 あまりに卑劣な憂さ晴らし(俺が言うな)宣言だ。それすらロミーは許さないのだが。


 鬼気迫る表情を浮かべ、雄叫びを上げた男は、ロミーに思いっきり斬りかかった。

 ところがロミーは、振り下ろされた男の剣をわずかな体の移動で回避する。回避ついでに全身で男に掴みかかり、その勢いで男を地面に倒す。


 倒れた男の胸に膝を押し付けたロミーは、いつも通りの口調で言い放った。


「がむしゃらに剣を振って勝てるのはコボルトまでです。今のあなたでは、私どころかスケルトンにも勝てません」


 そしてロミーは、男のポケットから白いリボンの飾りがついた財布を抜き取ると、短剣の柄で男の顔を殴りつけ、男を気絶させる。


 男たちが誰一人として動けなくなれば、一度も振ることのなかった剣を鞘に収めたシャルがにこりと笑った。


「これで全員、ですわね」


「あ! お財布も見つけましたよ! 想像以上に簡単でしたね」


 手応えがない、とでも言いたげなロミーは謎の貫禄がある。

 にしても、俺が何もしていないうちに、まさしく想像以上に早く終わってしまった。ロミーもスチアも本当に強いな。

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