4—4 いかにもな〝真実〟
一瞬にして静けさが戻った倉庫内で、今度はかわいらしく無邪気な声が響いた。
「おお~! お姉ちゃんたち、つよ~い!」
ぴょんと跳ねたフヅキの登場だ。
半殺しにされた男たちが転がる倉庫で小さな女の子が無邪気に笑っている。うむ、なかなか凄まじい絵面だな。
全員が集まったところで、スチアはどこからか持ち出した縄で男たちを縛り、彼らを一箇所に集める。集められた男たちは口から血を吐き出し、または腕を変な方向に曲げ、大きな青あざを浮かべ、小麦粉に塗れ――なんとも痛々しい。
ほぼ死屍累々な男たちをチラリと見て、フヅキはスチアのマントを摘んだ。
「ねえねえスチ姉、冒険者さんのリーダーと、お話しできる?」
「できる。口は動かせるよう加減したから」
「さすがスチ姉!」
瞳をキラキラさせながら、フヅキは顔だけは無傷な男の前へ。
「おじさん! おじさんがみんなのリーダーだよね!」
「チッ……またガキか……ああ! そうだよ!」
「やっぱり! ねえねえ、みんなはイズミア伯に雇われてヤーウッドに来たんだよね。備蓄の食糧を燃やすのが依頼内容かな?」
「……そうだ」
「他に仲間はいる~?」
「いねえよ! 俺たちだけだ!」
男たちはスチアとロミーにボコボコにされて諦めたのだろうか。あるいは元からそういう奴らなのか。リーダー格の男はやけにペラペラと喋ってくれる。
フヅキは質問を重ねた。
「いくらくらいで雇われたのかな。金貨100?」
「……300だ」
「300!? そんなに!? すごいすごい、大金持ちだ~!」
両手を上げて驚くフヅキの背後で、俺とロミーも驚いてしまう。当然だ。この世界では金貨1枚で戦人形1体が作れるんだ。金貨300枚もあれば、ちょっとした民兵組織くらいは作れるだろう。
ムスタフも随分と大盤振る舞いしたものだ。そのわりに仕事を依頼した相手がこの程度の冒険者パーティーなあたり、ムスタムも実は焦っているのかもしれないな。いや、単に俺たちをナメているだけかも。
ここでフヅキは振り返り、最高の笑顔を俺に向けながら言った。
「よ~し、ライ兄! 金貨500、みんなにあげよう!」
「はっ!?」
金貨300枚で驚いていた俺は、もはや顎が外れそうだ。
しかしフヅキは気にせず、再びリーダー格の男に話しかける。
「もちろん、みんなにはやってほしいことがあるんだ~!」
そしてフヅキは捲し立てた。
「あのね、実はね、ムスタフは自分が天下人になりたいからってね、ノーランさんを殺したんだよ!」
「……なんだと? 何言ってやがる! ノーランを殺したのはグランツだろ!」
「みんながそう思ってるのも、全部ムスタフの陰謀なんだよ!」
「あり得ねえ。そんなのはガキの妄想だ」
「ううん、これはライ兄たちが見つけ出した真実なんだ!」
大袈裟にそう言って、フヅキは俺を凝視する。
俺はそんな〝真実〟は知らない。だから凝視されたところで困ってしまう。
一方で俺の隣にいたシャルは深刻そうな表情を浮かべ、仰々しく口を開いた。
「彼女の言うことは本当ですわ。父上はムスタフに濡れ衣を着せられたんですの」
きっとシャルはフヅキの話に合わせたのだろう。
シャルの後ろ盾を得たフヅキは、さらに捲し立てるのだった。
「よく考えてみて! ムスタフはノルベンに遠征中だったんだよ! それなのにムスタフは、ノルベンの軍隊に追われもしないで、ノーランさんが死んでから2週間でボルトアに帰ってきた! それどころか、もうサウスキアに迫ろうとしてる!」
都合の良い情報の切り出しが導き出すのは、都合の良い簡単な答えだ。
「こんなの、ノーランさんが死ぬのを事前に知ってなきゃできないことだよ!」
「たしかに……言われてみればそうかもしれねえ……」
簡素で勢いのある嘘が事実を退けた。リーダー格の男はフヅキの〝真実〟を真面目に受け取ったのだ。他の男たちも、顔がボコボコで表情がわかりにくいが、きっと嘘を信じている。
準備は整い、いよいよフヅキは本題を口にした。
「今の話が真実なんだ! だから、今の話をいろんな国の人に伝えてほしいの!」
つまりは偽情報の拡散。シャルもすぐさまフヅキを援護する。
「わたくしたちは、あなた方に父上の濡れ衣を晴らすための戦いを託そうと思いますの。そのためなら、金貨500など安いもの」
この嘘をより〝真実〟っぽくするため、俺はシャルの言葉に続けて、腕を組みながらゆっくりと頷いてみせた。ロミーに至っては、すでに小切手を用意する周到さだ。
少女の嘘は、いかにもな〝真実〟に。
ちょっとした異常空間で、冒険者たちは決断した。
「……わかったわかった。その依頼、引き受けてやる。だからさっさと解放してくれ」
ということで、ムスタフに雇われた冒険者たちは見事、俺たちの偽情報拡散のための手駒になるのだった。
敵の送り込んできた工作員を味方に引き込み自分たちの工作員にしてしまうとは、さすがフヅキだな。
フヅキとシャルは、スチアの鋭い眼光に守られながら冒険者たちの縄を解き、〝真実〟の拡散についての話を進める。
他方、ロミーはどこか不安そうな表情を浮かべ、俺に小声で言うのだった。
「あんな素人同然の冒険者パーティー、信用して大丈夫でしょうか?」
元冒険者としての不安だな。俺は少し考え、答える。
「ウワサを広めるのは民衆、奴らはその発火材だ。そのくらいなら素人冒険者にもできる。もし依頼を放り投げて逃げたとしても、その時は報酬を与えなければいい。さっきの話がムスタフにバレても問題はない。きっとフヅキはそこまで考えてるはずだ」
「なるほど! フヅキさんは本当に賢い子です!」
「だな。怖いくらいに」
フヅキを味方につけて良かったと、心の底から思う。
ところで、怖い人はもう一人。スチアだ。彼女に睨まれた冒険者たちは、絵に描いたような蛇に睨まれた蛙状態である。
そんなフヅキとスチア、正反対にも見える二人は、今もそうだが、なぜか一緒に会話してることが多い。
――怖い二人が揃って、一体どんな話をしているのやら。
俺はなんとなしに二人の会話に耳を傾けてみた。
「スチ姉! 川辺のウサギさんのお話の続き、聞かせて~!」
「わかった」
――なんかかわいい話してた!
凄まじいギャップだ。
いや、ギャップならロミーやシャルも負けていない。だって彼女らは、一緒に楽しくスイーツを食べた後に、冒険者たちを丸め込んでいるのだから。
――俺の周り、ギャップの強いヤツばっかりだな。
だからこそ滅亡イベントを回避する自信に繋がるのだけど。
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