4—5 お兄ちゃん、大好き

 白いリボンの女の子に財布を返せば、倉庫については一件落着だ。

 冒険者たちは簡単な治療だけ施し、前金の金貨100を握らせ偽情報拡散のために放逐した。さてはて、奴らはどのくらい活躍してくれることやら。


 俺たちは城に戻り、いつも通りの生活を過ごす。


 太陽は西の山脈に沈み、夕食を終え、魔法石の光に照らされた執務室で、ロミーはこっそり大あくび。

 もう書類仕事にも飽きたし、仕事を終わらせるにはちょうどいい頃か。


「ロミー、仕事は切り上げていいぞ。俺は寝る」


「は、はい! わかりました!」


 優秀な側近は、仕事を切り上げるのも早かった。ロミーはそそくさと書類を片付け、3分も経たぬうちに頭を下げる。


「それではライナー様、おやすみなさい!」


「おやすみ」


 ロミーが去って行った執務室で、俺も片付けを済ませる。

 思えば領主としての書類仕事を普通にこなしている俺だが、これは会社員の経験があってこそだ。あのクソみたいな会社員生活が、異世界転生後に役に立つとは皮肉な話である。


 片付けを済ませ執務室を出れば自室へ直行だ。最初は広い城内で何度も迷いそうになったが、今ではなるべく歩かず過ごせるルートを探せるくらいには城生活にも慣れてきた。


 ところでグランツはメイドや執事に身の回りの世話をさせるのを好まなかったらしい。おかげでライナーやシャルには専属のメイドがおらず、身の回りのことは自分でやらなければならないのだ。

 貴族っぽい生活やメイドさんを拝む毎日が訪れず残念だが、転生前は庶民だった俺にはこのくらいがちょうどいいだろう。


 さて、俺は一人で自室に到着し、一人で自室の扉を開ける。いつもなら、このまま一人で着替えを済ませ、一人で寝ることになる。

 だが今日は違った。自室に入り扉を閉めた途端、元気な声が部屋に響き渡る。


「お疲れ様、お兄ちゃん!」


「シャル!?」


 なぜか自室にシャルがいた。しかも、魔鉱石の光で全身のラインが透けて見えるほどに薄いネグリジェを着たシャルが。

 ふとシャルの裸を想像した俺は、首を横に振って視線を逸らす。

 しかしシャルはお構いなしに俺の腕に抱きつくのだった。


「お兄ちゃん! 今日はシャルが一緒に寝てあげる!」


「うん?」


 一体何が起きているのだろうか。俺の頭は混乱するばかり。

 その隙に俺はシャルにシャツを脱がされ、代わりに寝間着を着せられた。


「うおっ!? ちょっとシャル!? 着替えくらい一人でできるぞ!?」


「これは、2歳の頃にシャルのお着替えを手伝ってくれたお礼だよ」


「どうしてそんな昔のお礼を今する!?」


 ツッコミを入れている間にも、俺はズボンを下ろされパンツ姿に。

 さすがにこれはまずい気がしたので、とっさにシャルから寝間着を奪い取り、パンツ姿を脱する。


 着替えを終えれば、思わず大きなため息をついてしまった。

 それが命取りとなった。無防備な俺はシャルに引っ張られベッドに引きずり込まれてしまったのだ。

 ベッドの上で、シャルは俺の隣に横たわり、豊かな胸を押し付けながら微笑む。


「フフ、一緒のベッドで一夜を過ごすの、久しぶりだね~」


「その言い方は語弊を生むからやめろ!」


 正直、鼓動は早くなるばかりだ。体は熱くなるばかりだ。視線はシャルの綺麗なくびれに釘付けだ。


 救いなのは、ライナーの体はシャルを妹としてしか認識しておらず、下半身に反応がないことだろう。それでも本能と欲望に耐えるため、俺はシャルに背を向け小さく丸まった。

 そんな俺を見て、シャルは首をかしげる。


「お兄ちゃん、シャルが小さい頃はよく一緒に寝てたのに、なんで今はそんなに緊張してるの?」


「一緒に寝るの意味合いが小さい頃とは違う気がするからだぞ」


「え~、違わないよ~。シャルはお兄ちゃんが大好きだから、一緒に寝てあげるの」


「大好きの意味合いも違う気が――」


 言い終える前に、耳元に甘い声が囁く。


「お兄ちゃん、大好き」


 うむ、やっぱり大好きの意味合いは小さな女の子のそれではなさそうだ。

 背中にはシャルの柔らかい体が押しつけられ、転生前含めて人生初の肉体的な人の温かみが俺を包み込む。


――どうしよう、もうこのまま、ラインを超えちゃおうか。


 これは転生前の俺の主張だ。


――ダメだ! 俺とシャルは兄妹じゃないが、ライナーとシャルは兄妹だろ!


 これはライナーに転生した俺の主張だ。


 ふたつの主張がぶつかり合って、だけど答えはまとまらない。まとまらないうちに、シャルの細い腕が俺の体に抱きついてきた。

 この瞬間、俺の何かが限界に達した。


「ああっ! そうだ! 思い出した! 今夜は残業で一睡もできないんだった! だからシャルとは一緒に寝られないな!」


「お兄ちゃん?」


「大丈夫だ! 心配するな! 労働基準法から見放された残業をさせられるのは慣れている! 残業は俺一人で充分だ! シャルはもう寝なさい!」


 自分でも何を言っているかわからないが、俺は勢いよくベッドを飛び出し、そうシャルに言いつけた。

 対するシャルは、はだけた服から右肩を露わにしながら、ぽかんとした顔をする。

 しばらくしてシャルはおかしそうに笑う。


「フフフ、最近のお兄ちゃん、本当にシャルの知らない側面をいっぱい見せてくれるね」


 そして悪戯な目つきで言い放った。


「次はどんな風にすれば、また新しいお兄ちゃんを見せてくれるかな?」


「まさかお前……俺をからかったな!?」


 なんて危ないからかい方をするんだ、この妹は。ホントにラインを超えてたらどうする気だったんだ。いろいろなドキドキを返せ。


 と、俺がどんなに不満を抱いたところで、シャルは楽しそうにするだけだろう。

 さすがのシャルも満足したのか、ベッドから立ち上がると、すたすたと自室の扉を開け、俺に向かって手を振るのだった。


「それじゃお兄ちゃん、おやすみなさい。一緒に寝るのはまた今度ね」


 あいつ、また俺をからかう気か。

 まったく、シャルにはロミーを見習って、もう少し健全でいてほしいものだ。

 今度シャルが俺をからかったら、ロミーと一緒にお説教してやろう。

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