4—6 フラグを折りまくった結果

 倉庫での一件から3週間、イズミア軍の先兵を退けてから1ヶ月が経った。

 この1ヶ月間に戦闘はなく、俺たちはひたすらに軍備を蓄える毎日を過ごしてきた。


 そして今日、ついにその日がやってくる。


 俺はロミーやフヅキ、シャル、スチア、アルノルトらとともに城の塔に立ち、双眼鏡をのぞいていた。

 朝日に照らされた街の景色の先、ヤーウッドを囲む城壁の向こうに見えるのは、数万の戦人形の軍勢と、イズミア伯領をはじめとした旗の数々だ。

 戦人形と旗はヤーウッドへと続く全ての街道に集合し、山の中にまで展開している。


 一夜にして包囲されたヤーウッド。俺はつぶやく。


「なんか……敵……多くない?」


 思わず双眼鏡を持つ手が震えてしまう。

 俺の背後では、シャルがロミーに尋ねていた。


「敵の布陣はどうなっていますの?」


「イズミア軍の本隊2万を中心に、ボルトアの残存兵やヘック大公国の援軍等を加えた約6万8千の軍勢がヤーウッドへと繋がる全ての街道を封鎖、ヤーウッドを完全に包囲しています」


「対する我がサウスキアの軍勢は、1ヶ月の間に製造した戦人形と敗残兵を含めて、辛うじて1万。厳しい戦いになりますわね」


 珍しく緊張した様子のシャルの言葉を聞いて、俺はうなだれた。


「10万を6万8千まで減らしても、戦力差10倍が7倍になっただけ……」


 ライナーに転生して以来、俺はだいぶ頑張った。どうにかして滅亡イベントにおける圧倒的兵力差を覆そうと努力してきた。そして敵の兵力を3万2千も削った。結果、圧倒的兵力差は変わらず。


「あああっ~! やっぱりサウスキアの滅亡イベントは回避できないのか!? イベントという名の運命は、ただの会社員の俺じゃ変えられないのか!? ああああああっ~!」


 恐れは怒りに、怒りは憎しみに。俺の心はどこかの小さな緑のマスターの言う通り、ダークサイドへと堕ちていく。


「おのれLA4の製作者! 滅亡イベント回避が無理ゲーすぎるんだよ! 次のアップデートでイベント回避を簡単にしろ!」


 なぜ俺がLA4の世界に転生したのかは知らんが、もしどこかで製作者が高みの見物をしているのなら、俺の憎しみに満ちた願いが届くことを期待する。

 なんて、そんな期待をしたって意味はない。


「いやいや、待て待て、落ち着け俺」


 少々感情的になりすぎた。一旦、頭を動かし整理してみよう。


「状況は色々と違うんだ。ヘック大公国の援軍は大幅に減ってるし、他の領地の軍勢もかなり少ないし、何より敵の士気がそんなに高くない。きっと魔物の流入と偽情報のおかげだ。一方でこっちは人材が揃ってるし、兵の士気は高い」


 今までの俺の努力は無駄ではなかったのだ。


「数字だけを見てちゃダメだな。そもそも数字で勝てる戦いじゃないんだ。まともな戦い方じゃなく、奇策で勝つしかない戦いなんだ」


 兵は詭道なり。弱者は弱者の戦い方を。どんなに無理ゲーでも、必ず勝つ方法はあるはず。


 問題は、その勝つ方法に自信が持てないことだ。俺だって1ヶ月間、ただ慌てていたわけでも、ただ遊んでいたわけでもない。なんなら転生初日から今日のために布石を打ってきた。

 けれども敵の大軍を目前にして、一会社員ごときの俺の奇策が成功するかどうか不安になってくる。


 恐れは怒りに、怒りは憎しみに。


「つうか、そもそもなんで俺は馬鹿正直にサウスキア滅亡を回避しようとしているんだ? そうやって真面目に努力して、報われたことなんて一度でもあったか?」


 思えば学校でも大学でもバイトでも会社でも、いつだって俺は大真面目にみんなのために行動し、自分を犠牲にしてきた。自分を犠牲にして他人を助け、でもその功績は俺ではなくみんなの功績に書き換えられ、犠牲となった俺の存在は忘れ去られる。

 どうしてゲーム世界に転生してまで、それを繰り返さないといけないのか。何もかもを捨てて、このまま逃げ出して、ファンタジー世界で自由気ままに過ごしたっていいんじゃないか。


 ふとした思いつきと同時、俺は背後に立つロミーに視線を向けた。


「ダメだダメだ! 思考がおかしくなってる! 落ち着け俺!」


 ロミーの優しい微笑みと、おっとりした雰囲気を失わせたくなくて、なんやかんやで俺はここまで努力してきた。

 もし俺が領主の立場を捨てて逃げ出せば、彼女は二度と微笑みはしないだろう。二度とおっとりとした雰囲気を見せなくなるだろう。


「真面目で何が悪い。俺は自分がやるべきだと思うことをやるだけだ。そして今の俺がやるべきだと思うのは、サウスキア滅亡イベントを回避し、ロミーやシャル、フヅキ、領民のみんなの誇りと幸せを守り抜くことだ」


 ロミーたちがそばにいてくれたおかげで、ようやく俺は冷静な自分に戻れそうだ。

 他方、なぜか困り顔のロミーは申し訳なさそうに俺に声をかけた。


「あ、あの、ライナー様?」


「どうした」


「さっきから、その、心の声が全部……」


「……あ」


 実は俺は、ずっと心の中で一人で葛藤している気になっていた。でも俺は、心の声を全て口に出していた。

 困り顔のロミーの背後で、シャルとフヅキは楽しそうに顔を合わせる。


「兄上、不思議なことを口にしていましたわね。〝かいしゃいん〟とか〝滅亡イベント〟とか」


「おとぎ話に出てくる言葉かな? わたし、ライ兄のおとぎ話、聞きたい!」


 まずいぞ、いろいろとまずいぞ。

 どうにか言い訳してこの場を乗り切らないと。


「これは、あれだ! ほら、現実の出来事を架空の出来事に例えて考える、思考実験のひとつだ! うん!」


 どういうこと!? 俺は何を言ってるの!? 自分でも苦しいと思うぞ、この言い訳は!


 事実、俺の言い訳を聞いたみんなは黙り込んでしまった。いよいよ俺はライナーに転生した異世界の人間だと告白する時が来たのか?

 沈黙に緊張し、心臓が爆発しそうな俺。対するみんなは、一斉に口を開く。


「なるほど! そんなユニークな考え方もあるんですね! さすがライナー様です!」


「またも兄上の新しい側面を見られて嬉しいですわ」


「架空の話って、つまりおとぎ話だよね! 今度スチ姉と一緒に、ライ兄のおとぎ話、聞かせてほしい~!」


 嘘だろ!? あの言い訳が通じた!?

 いや、でもまあ、なんとかこの場を乗り切れそうだから良しとしよう。


 俺は胸を撫で下ろし、大きくを息を吐く。

 そんな俺のもとに、ニタニタと笑ったアルノルトがやってきた。


「陛下、どんどん親父に似てきやがったぜ」


「似てる? どのあたりが?」


「ノーラン様の無茶振りに心労を重ねたグランツが、会議室で野菜両手に童謡を歌いはじめたり、城に迷い込んだカマキリと会話したりと、奇行を重ねてたあたりが、今の陛下と似てるって話だ」


「えっ……」


「苦労人の変人の息子は、苦労人の変人ってこった」


「なんか複雑だ……」


 どうやらリヒトレーベン一家は変人の集まりらしい。

 それにしても、親に似る子か。いかにも親子って感じの話だ。


――俺は俺であって、ライナー=リヒトレーベンでもあるんだよな。


 よく考えると、俺は一度たりともライナーと言葉を交わしたことがない。だからライナーが何を目指し、どんな風に生きてきたのかはわからない。

 それでもライナーの生き様は、ロミーやシャルの中に残っている。ロミーやシャルの中に残るライナーを見る限り、きっと俺とライナーは似た者同士だ。


 ならば俺は、やっぱり俺がやるべきと思うことをやるべきなんだろう。

 決意を新たにし、背筋を伸ばした俺に、シャルが尋ねてきた。


「それで、これからどうしますの? あれだけの大軍に勝つ方法、兄上にはありますの?」


 尋ねられて、俺は大河ドラマの主役ではなく、俺の言葉で答えた。


「一応の作戦はある。実はもう楔も打ち込んである。この戦い、負けるつもりはないさ」


 ただし、勝てる自信もないのだが。

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