4—7 足りない何か

 ヤーウッドを完全に包囲したムスタフの軍勢は、しかしすぐに攻撃を仕掛けてくる気配はなさそうだ。

 俺たちは戦闘準備のため各々の持ち場に散らばった。


 執務室に戻った俺は、あらゆる部署から上がってくる情報をまとめあげてくれるロミーの報告を聞きながら過ごす。

 ロミーはたくさんの書類を抱えながら、相も変わらず微笑んだ。


「みなさん、いつでも出撃できるよう準備は万全ですね」


「だな。頼れる部下たちだよ、まったく」


 ここはLA4の世界、つまり優秀な人材を揃えた者が勝つ世界。優秀な部下たちのおかげで、俺はサウスキア滅亡イベント回避の希望が持てるのだ。

 そんな頼れる部下たちが、俺のために準備を進めてくれている。


「みんなの期待に応えられるよう、もっと作戦を練らないとな。今のままだと、どうにも決定打に欠ける気がして――」


 頭の中で構築した作戦は何かが足りていない。その足りていない何かが、俺から勝つ自信を奪っている。

 だからといって何が決定打になるかはわからない。


 すでにヤーウッドは包囲されているんだ。限られた時間で作戦を完璧なものに仕上げるため、俺は頭を抱え空を見上げた。

 考えて考えて、しかし良いアイデアは思い浮かばず、時間だけが過ぎていく。


 おそらく一人で考えているだけでは答えは出ないだろう。俺はすぐそばに立つロミーにアドバイスを求めようと振り返った。

 そうしてはじめて、俺はロミーがうつむいているのに気がついた。


「どうしたロミー? 浮かない顔してるぞ」


 尋ねた俺に対し、ロミーは数テンポ遅れてから、ブンブンと頭を横に振り微笑みを浮かべて答える。


「いっ、いいえ! なんでもありません! お気になさらず!」


「そうか」


 ならば気にしないようにしよう。

 と思ったのだけれど、今のロミーの微笑みは、はじめて出会ったあの日と同じ、不安を覆い隠すためのものに見える。

 久々なロミーのそんな表情に、あの日の不安が蘇って、俺は耐えられなくなった。


「ダメだ。やっぱり気になる。ロミー、何かあったのか?」


 重ねて尋ねてみれば、ロミーは俺に背中を向けてしまった。


「わざわざライナー様が気にするようなことではありません! 個人的なことですから!」


「そうは言っても、優秀な側近にずっと浮かない顔されてると、なんだか落ち着かないんだ。どんな内容でもいいから、浮かない顔をしてる理由を教えてくれ」


 俺の訴えが届いたのだろうか。ロミーは俺に背を向けたままではあるが、肩を落としながら、ぽつりと言うのだった。


「……私、ライナー様のお役に立てているのか心配で」


 いつものおっとりとした雰囲気はなく、弱々しい口調。

 ロミーは力なく続ける。


「シャル様やフヅキさん、スチアさんたちとは違って、私は〝英雄〟ではありません。戦人形を率いる力も、戦法やスキルといったものも、私は何ひとつ持っていません。私はただの元冒険者なんです」


 そして書類をくしゃくしゃになるほど強く抱きしめ、小さく震えた声でつぶやく。


「もし次の戦いでイズミア軍に負ければ、ライナー様はきっと――」


 想像し得る最悪の未来。しかし充分にあり得る未来。

 瞬間、ロミーは勢いよく振り返った。彼女は涙を浮かべ、優しさをそのままに、思いの丈を打ち明けた。


「私はライナー様と、もっと長く一緒にいたい! だから私、ライナー様のために頑張りたいんです! 私もシャル様のようにみんなに希望を与えて、フヅキさんのように謀略を駆使して、スチアさんのように突撃して、ライナー様を助けたい!」


 涙を輝かせ、強い気持ちを言い切って、唇を噛んで、ロミーは再びうつむいてしまう。


「それなのに……私にできることは限られていて……」


 きっとロミーは凄まじい無力感に襲われているのだろう。自分の置かれた立場に、疑問を抱いてしまっているのだろう。

 なんだか、まるで転生前の俺を見ている気分だ。


 いてもたってもいられなくなった俺は席を立ち、ロミーの前で膝をつき、目前の綺麗な瞳をじっと見つめながら口を開いた。


「俺は、ロミーがいてくれて良かったと、ずっと思ってるぞ」


 ライナーに転生してからというもの、一番長く一緒にいてくれたのはロミーだった。


「ロミーはいつだって俺のそばで雑務をこなしてくれる。部下たちとの調整をしてくれる。俺とは違う視点で戦場を見てくれる。場の雰囲気を明るくしてくれる。その上、魔物や冒険者から俺を守ってくれる」


 それは一見すると地味な役割だが、とても大事なことだ。


「戦場ではシャルやフヅキみたいな英雄の活躍ばかりが目立つかもしれないけど、それはロミーがいてくれるからこそだ。ロミーの活躍があってこそ、俺もみんなも最大限の力を発揮できるんだ」


 縁の下の力持ち、なんて月並みな言葉じゃ表現できないくらいの活躍だ。

 無理やりゲームで例えるなら、ロミーは優秀なゲームシステムそのものである。ゲームではプレイヤーやキャラクターばかりが目立つが、そもそもゲームシステムが優秀でないとゲームは成り立たない。俺にとってロミーは、そのくらいに大事な存在なのである。


「そういう意味では、一番活躍してるのはロミーだと俺は思ってるぞ」


 全て、俺の本心だ。

 言いたいことは全て言った。


 対するロミーは、どう反応するのだろう。


「戦争の時代で活躍するのは〝英雄〟だけじゃない、と。そうでしたね、ライナー様は初対面のときから私のことを――」


 つぶやきながら、ロミーは胸の前で拳を握り、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい! 私、戦いに負けた後のことを考えて、ちょっとネガティブになりすぎていたのかもしれません! 私はこれからも、私にできることでライナー様を支えます! ずっと支え続けます! だって私は、ライナー様の側近ですから!」


 涙を浮かべていることに変わりはない。だけど、もうロミーの表情に無力感は欠片もない。今のロミーは、いつも通りの優しい微笑みを浮かべた、かわいらしくて優秀な側近だ。

 俺は立ち上がり、腰に手を当て、頬を緩める。


「頼んだぞ、ロミー」


「はい!」


 涙を拭い、背筋を伸ばし、でもどこかおっとりとした雰囲気で、ロミーは側近の仕事を再開させた。

 やっぱりロミーはこうでないとな。


 席に戻った俺は、窓の向こうに広がる広大な空を見上げた。


「……戦争の時代で活躍するのは〝英雄〟だけじゃない、か」


 ここはLA4を再現したゲーム世界。だからこそゲームの攻略法で滅亡イベントを回避する。その考え方はきっと間違っていない。だが、それだけでは何かが足りない。


 ならば少し発想を変えてみよう。ここはロミーたちが暮らす現実世界。となればゲームの攻略法以外の方法も通用するはず。

 ゲームには存在しない、〝英雄〟以外が活躍する戦場とは何か。


 ふと頭に思い浮かんだのは、魔物や冒険者を蹴散らすロミーの姿だった。瞬間、足りない何かの正体がわかった。


「なるほど! これだ! 完璧な作戦、思いついたぞ!」


「ホ、ホントですか!? どんな作戦ですか!?」


「相手の弱点を突き、包囲を瓦解させる作戦だ。戦場で活躍するのは〝英雄〟だけじゃないと、ムスタフに叩き込んでやる」


 ちなみに半ばヤケクソな作戦である、というのは伏せておくことにした。

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