5—5 サウスキアの戦い本戦:決着

 俺は両手で剣を構え、ロミーは右手で短剣を構える。

 あのミンリーを圧倒したロミーだ。俺たち二人で戦えば、ムスタフにだって勝てるさ。


 と、ここで並んだ俺たちを見つめていたムスタフが大笑いしはじめた。

 不利な状況での大笑い。俺は思わず尋ねてしまう。


「何がおかしい?」


「いやはや、リヒトレーベン親子に感謝する日が来るとは思ってもみなかったのでな」


 直後、ムスタフは剣を振り上げ俺に襲いかかってきた。

 俺がなんとか剣を受け止めると、この隙にロミーがムスタフの背後へと回る。

 ところがムスタフはロミーのことなど気にしない。彼は背後からのロミーの波状攻撃をあしらい、あくまで俺を狙い続けたのだ。


 何度も剣を受け止めて、その重みに俺は歯を食いしばる。そんな俺に対し、ムスタフはどこか懐かしげな口調で〝雑談〟をはじめた。


「わしはグランツが苦手じゃった。だから何度もグランツを出し抜こうとした。しかしわしは、いつもグランツにだけは勝てなかった」


 知っている。LA4にはグランツとムスタフが功績を競い合うイベントが複数存在するのだ。イベントは常にグランツが勝利し、ムスタフは納得がいかない、という内容である。


 グランツの名を口にした瞬間、ムスタフの斬撃に重みが増したのは気のせいだろうか。

 防御に徹する俺、攻撃に徹するロミーを前に、ムスタフは話を続ける。


「あの男が優秀であるのは認めるが、生真面目すぎる。面白味がない。融通が利かん。なぜあのような男をノーラン様が重用するのか、わしはずっと疑問じゃった」


 言いながら、俺に背を向けロミーの短剣を受け止めるムスタフ。

 彼は剣を振り払い、ロミーを遠くに吹き飛ばすと、即座に振り返り再び俺と対峙する。振り返った彼の顔は、どこかすっきりとしていた。


「グランツがノーラン様を殺したと聞いたとき、長年の疑問が晴れた。グランツは心の底に野心を抱いておったのじゃ。ノーラン様すらも手にかけるほどの、天下への強い野心じゃ。きっとノーラン様は、それを評価していた」


 う~ん、反応に困る。だってグランツがノーランを殺したの、天下への野心じゃなくて俺のちょっとした憂さ晴らしが理由だからね。

 それにしても、俺のちょっとした憂さ晴らしが時代の転換点を作ってしまったのは事実だ。

 剣を大振りしたムスタフは、その剣を俺が受け止めるなり、不敵に笑う。


「ならばわしも負けていられん。ノーラン様の死は次の天下人を決めるレースのはじまりじゃ。わしは必死に軍を動かし、天下に向かって駆け抜けた」


 不敵に笑ったままのムスタフに対し、ロミーは彼の右後ろから攻撃を仕掛ける。だがこれはあっさりと払われてしまった。

 もちろんロミーは諦めない。ロミーは左後ろから、再び右後ろから、背後から、何度もムスタフに斬りかかる。それでも全ての攻撃はムスタフの剣に払われてしまう。


 ムスタフはロミーのことなど眼中にないのだろう。彼はロミーの斬撃を払いながら、残念そうな視線を俺に向け話を再開させた。


「次の天下人は誰か。この究極の勝負の相手がグランツであることに、わしは心が躍った。じゃがグランツの奴、わしが到着する前に野垂れ死におった。そこではじめて、わしはグランツに感謝した。これで次の天下人は、わしに決まったのじゃからな」


 話の途中であろうと斬りかかるロミーを払い続け、ムスタフはため息をつく。


「グランツに感謝する一方で、残念でもあった。もはやわしのライバルとなる人間はこの世にいない。もはや誰も、わしを戦場で楽しませる人間はいない。そう思ったからの」


 ここで、ムスタフの表情に笑みが戻る。


「ところがじゃ。わしの前にお主が立ち塞がった。逆賊の領主が、小僧のように駄々をこね、わしにこんなにも楽しい戦場を用意してくれた。ゆえに、わしはお主に感謝せねばなるまい」


 なるほど、俺はムスタフにとってのおもちゃというわけだ。

 このおじさんは、結局のところライナーというおもちゃに夢中な子供と同じなんだ。次の天下人だなんて立派なレッテルがあったところで、ムスタフも俺たちと同じ人間なんだな。


 しかしムスタフがおじさんであることに変わりはない。


「まったく、年寄りは話が長くて困る。なあロミー」


「同感です」


 俺の呼びかけにロミーはうなずいた。あれだけ激しくムスタフに斬撃を浴びせていた彼女は、今はムスタフから少し離れた場所に立っている。

 それでもなおもロミーを見ようとしないムスタフに対し、発火性のある小さな魔法石を左手に握ったロミーは言うのだった。


「視線は常にライナー様に。まるで〝英雄〟ではない私を無視するかのよう。おかげで罠が完成しました」


 いつもの側近らしい口調での報告と同時、ロミーは発火させた魔法石をポイっと投げる。


 ようやくムスタフはロミーを見つめ、首をかしげた。

 ロミーを無視し続けたムスタフは知らないのだろうが、何かとロミーを見ていた俺は気づいていたぞ。あらゆる方向からムスタフに斬撃を浴びせるロミーは、そのたび左手で握りつぶした火薬玉をムスタフの周囲にばら撒いていたんだ。

 つまり、いまのムスタフの足元は火薬だらけなのである。そんな場所に発火した魔法石を投げ込めばどうなるか。


 答えは目の前の光景だ。俺がムスタフと距離を取った直後、発火した魔法石が地面に落とされ、ばら撒かれた火薬が一斉に燃えはじめる。


「こ、これは……!」


 はじめてムスタフが余裕のない表情を浮かべた。そんな彼の表情も、悔しげな言葉も、強烈な炸裂音と爆炎の中に消えていく。


 しかし火薬の炸裂だけでムスタフは倒せない。少量の火薬は、ムスタフの鎧に傷をつけるのが精一杯だ。いや、それだけで充分だ。

 炸裂音に続き、ロミーの声が響く。


「ライナー様! 今です!」


「言われなくとも!」


 構えた俺とロミーは、白い煙に覆われたムスタフに向けて走り出した。

 一歩一歩を強く踏み締め、両手に握った剣を突き出し、剣先は傷だらけの鎧へ。


「うおおおぉぉ!」


 全力の一撃は、傷つき脆くなった鎧を打ち壊し、ムスタフの腹部に突き刺さった。ロミーの短剣もまた、ムスタフの背中に食い込む。


 硝煙の匂い。肉を切り裂く感触と鈍い音。次の天下人になるはずだった男のうめき声。

 剣を抜けば、ムスタフは腹から鮮血を滴らせ、力なく地面に崩れた。

 俺の隣にロミーがやってくれば、俺はムスタフに向かって言う。


「ムスタフ、お前の目には俺しか映っていなかったんだろうが、戦場で活躍するのは〝英雄〟だけじゃないんだぞ」

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