5—6 サウスキアの戦い本戦:鬨の声

 必死の抵抗の末に繰り広げられた闘争は、俺とロミーの勝利で決着を迎えた。

 ボロボロの鎧を赤く濡らし地面に倒れるムスタフは、恨めしそうに表情を歪める。


「卑怯な手をいくつもいくつも……」


「それが弱者の戦い方だ」


「逆賊の意地、少し甘く見ていたかの……」


 負けを認めたのだろうか。ムスタフはそう言いながら、いつものように不敵に笑った。

 直後、仰向けになって気絶していたミンリーが体を起こす。


「ムスタフ……様……ムスタフ様!?」


 まるで世界の終焉が訪れたかのような顔をして、ミンリーは脇腹を抑えながらムスタフのもとに駆け寄っていく。


「ウソ……そんな……ウソよ! あり得ないわ! こんなの……こんなの……!」


 ムスタフの隣で膝をつき、絶望の叫びを上げるミンリー。

 そんな彼女に、ムスタフは不敵な笑みを浮かべたまま声をかけるのだった。


「聞けミンリー。この戦……わしらの負けじゃ……」


「あ、あり得ません! バカなことを言わないでください!」


「どちらがバカを言っているのじゃ。どう見てもわしらの負けじゃ。ほら……わしはもう……死のうとしているのじゃぞ……わしが死ねば、脆い連合軍がどうなるか、お主ならわかっておろう……」


 広がる血溜まりに、ミンリーは言葉を返せない。

 彼女は押し黙り、うつむき、強く拳を握りしめ、涙が溢れるのを我慢している。彼女はなおも、エリート騎士であり続けようとしているのだろう。

 死にゆくムスタフも、まだイズミア軍の指揮官だ。彼は力を振り絞り口を開いた。


「ミンリーよ……お主は性格に難があるが、優秀な人間に違いはない……。お主ならば今後のイズミアに……必ず繁栄をもたらしてくれよう……。だからこそ……お主に命令を下す。今は軍を撤退させよ。損害は最小限に抑えるのじゃ」


 これはムスタフ最期の命令である。

 押し黙っていたミンリーは、高飛車な表情を取り戻した。


「……お任せください。撤退作戦なんて、私には造作もないことですから」


「その調子じゃ……ミンリーよ……。その不遜こそ……お主の最大の武器じゃ……」


 笑みを浮かべたままのムスタフは、どこか満足げだ。

 ミンリーは騎士らしくひざまずき、血に濡れた手を胸に当て、頭を下げる。


「さようなら、ムスタフ様」


「うむ……達者でな……」


 別れの時間を済ませたミンリー。彼女は立ち上がるなり、氷のように冷たい視線で俺たちを睨みつけた。


「次に会った時は、必ずあなたたちを殺すわ。地獄でもうなされるくらいに、じっくりなぶり殺しにしてやるから、覚悟しなさい」


 怒りや憎しみを通り越した、果てない虚無から這い出す言葉である。俺とロミーは思わず息を呑んでしまった。

 ただ、ミンリーは復讐よりもムスタフの命令を優先したらしい。彼女は俺たちに背を向けると、イズミア軍の指揮馬車に乗り込み、俺たちのもとを去っていった。


 俺たちも俺たちのやるべきことをしよう。そう思い、俺が水晶を手にしたときだった。血溜まりに浮かぶムスタフが口を開く。


「ロミー=ポートライトよ……戦場で活躍するのは〝英雄〟だけでないと……しかと見届けてやったぞ……」


 言われて、ロミーの綺麗な瞳が朝日に輝く。その瞬間は、まるで世界の仕組みが変わったような、そんな雰囲気に包まれていた。

 ロミーを称えて、ムスタフは俺にも声をかける。


「ひとつ……質問しても良いか……?」


 対して俺がムスタフのそばに寄れば、ムスタフは息も絶え絶えに尋ねるのだった。


「お主……わしがグランツを貶しても……表情ひとつ動かさなかったな。お主……本当にグランツの息子なのか……?」


 さすがは次の天下人になるはずだった男。彼は俺の秘密に迫ろうとしている。

 でも、俺の答えは単純だ。

 俺は息を大きく吸って、一切の迷いもなく答える。


「今の俺はライナー=リヒトレーベンだ」


「ほう……そうかそうか……今は……か……」


 満足げな笑みを浮かべたムスタフは、静かに息を引き取った。


 朝日はすでに高く昇り、戦場を明るく照らし出している。遠くではシャルたちが戦う音が響いているが、俺たちの周囲には静けさが訪れていた。

 俺とロミーは背中を合わせ、地面に座り込む。


「終わりましたね」


「終わったな」


「勝ちましたね」


「勝っちゃったな」


 長い戦いが、長いイベントが、ついに終わった。俺はサウスキア滅亡イベントを、ついに回避することに成功した。

 となれば、みんなにもそれを伝えないと。俺は水晶を通し、戦場全体に向かって宣言する。


「ムスタフ=イズミア、ライナー=リヒトレーベンとロミー=ポートライトが討ち取ったり! この戦い、俺たちの勝利だ!」


 瞬間、シャルやフヅキ、アルノルトたちの歓声が、水晶を通さずとも、俺の耳に直接に聞こえてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る