5—4 サウスキアの戦い本戦:闘争
俺とロミーは力を合わせ、ライナーのイベント死という絶望的な運命を変えた。圧倒的な数の差を乗り越え、王手を取った。なら、この世界において絶対的な存在である英雄だって打ち倒せる。
俺とロミーの二人で勝利を掴むんだ。
そんな俺たちの覚悟が伝わったか、ムスタフも剣を抜き、楽しげな笑顔のまま走り出す。
「来い! 逆賊の領主! わしが捻り潰してくれる!」
「こっちのセリフだ!」
勢いそのままに、俺も剣を構えたまま走り出した。
同時にミンリーも走り出し、そのミンリーを狙ってロミーも走り出す。
徐々に近づく、獣のような気迫をまとったムスタフ。俺は息を呑みながらも、勇気とヤケクソを胸に立ち向かう。
幸い、ライナーの体は俺が転生する以前に学んだ剣術を覚えてくれているらしい。ムスタフが振り下ろした剣を、俺は自然と剣で受けることができた。
だが、ムスタフの剣は想像以上に重い。彼が波状攻撃を仕掛けてくれば、俺は剣を受け止めるので精一杯となってしまった。
敵の視線、腕の動き、足の向き、空を斬る剣の音、剣と剣がぶつかり響く金属音、辺りに漂う鉄の匂い。ありとあらゆるものに集中し、脳と筋肉をフル稼働させ、俺はムスタフと戦う。
正直、余裕はなかった。ロミーはミンリーを抑えてくれているようだが、二人の戦いはどちらが優勢かを確認することさえ、今の俺にはできなかった。
何度も何度も、時折火花を散らせ、俺とムスタフは剣をぶつける。
だが俺の余裕のなさが隙を作ったらしい。突如としてムスタフの蹴りが俺の腹にヒットする。剣ではなく蹴り。想定外の攻撃に虚を突かれた俺は、地面に転がってしまった。
ムスタフは俺とは正反対の余裕の笑みを浮かべ、地面に転がる俺を見下し口を開く。
「どうやら剣術は苦手のようじゃな」
「剣と魔法で魔王を倒したことは何度もあるが、実践ははじめてなんでね」
「訳のわからんことを言いおる。そこはグランツに似ておるな」
おいおい、どんだけグランツは奇行を重ねてたんだ。まあ、俺が転生者であることがバレないで助かってるけど。
まあいい。今はそれどころじゃない。俺はすぐに立ち上がり、剣を構えた。剣を構えた瞬間、ムスタフの斬撃が再開、俺はまたしても防戦一方の戦いを強いられる。
こちらは歯を食いしばり、息をするタイミングすら掴めない。一方のムスタフは白い歯をのぞかせ、豪快な掛け声と同時に剣を振り続けている。どっちが優勢かなんて一目瞭然だ。
――だんだん腕の筋肉が痺れてきたな。このままじゃマズイぞ。
剣を受けきれなくなった時、俺は死ぬ。俺が死ねば、サウスキア滅亡イベントが完成してしまう。そうなれば、ロミーやシャルたちは無事では済まないだろう。
――ええい! 弱者は弱者の戦い方だ!
少しでも反撃のチャンスになれば。そう思い、俺はムスタフの右手に噛み付いた。
おっさんの手に噛み付くのはなんとも気持ちが悪いが、他にいい方法が思いつかなかったんだから仕方がない。まさしく窮鼠猫を噛むそのものだな。
右手を噛まれて、ムスタフははじめて痛みに表情を歪める。だけでなく、痛みのあまり剣を地面に落とした。
思いの他うまくいった噛みつき作戦。このチャンスを逃さぬため、俺は剣を振り上げる。
対して武器を落としたムスタフが選んだ選択肢は、非常に単純だった。彼は俺の歯形が残った血の滲む右手で、俺の顔を思いっきり殴ったのだ。
脳みそが頭蓋骨の中で揺れるのを感じながら、俺はよろめき剣を落とす。
危うく気を失いかけながら、俺はなんとか地面に足をつき踏ん張った。そこに、さらなるムスタフの殴打が襲いかかった。
今度は防御姿勢が間に合い顔を殴られずに済んだものの、ムスタフの殴打は先ほどよりも勢いが強い。俺は衝撃を受けきれず、再び地面に倒されてしまった。
視界が揺れ立ち上がることもできない俺を尻目に、ムスタフは悠々と剣を拾うと、不敵に笑って言う。
「先程の強気はどうした? それではわしの首は獲れぬぞ?」
圧倒的なオーラに包まれたムスタフは、そう言いながら剣を振り上げた。
――ダメだ、勝ち目がない。
何もできず、何も思いつかず、俺はただただムスタフの振り上げた剣を見ていることしかできない。
いや、俺は一人じゃない。そもそもこの戦場は、〝英雄〟だけが活躍する場所ではないんだ。
俺に引導を渡すため、ムスタフが剣を振り下ろそうとした瞬間だった。小さなナイフが彼の肩に突き刺さった。
小さなナイフのおかげでムスタフの腕は鈍り、彼の剣は草原に突き刺さった。ムスタフは俺に引導を渡し損ねたのだ。
視野を広げてみれば、ムスタフの背後にはロミーの姿が。さすが優秀な側近、ロミーは小さなナイフを投げ、俺を救ってくれたらしい。
これに怒り心頭なのはミンリーだ。
「ムスタフ様!? ええい! 許さないわ!」
腕、脇腹、足、表情、全てを憤激させて、ミンリーはロミーに斬りかかる。
そんな彼女の斬撃を、ロミーはひらりとかわした。
斬撃をかわされて、ミンリーはさらに怒りを募らせたようである。彼女は剣先をロミーに定め、何度も何度も突き技を繰り出した。
細剣は空を切り続け、何重にもなった風切り音が辺りに響く。だが一向にして、小動物のように駆け回り、体を反らすロミーに細剣が当たる気配はない。
虚しい風切り音を鳴らし続けて、いよいよミンリーは舌打ちした。
「チッ……こいつ、目障りよ!」
そう叫んで、ミンリーの攻撃はますます憤怒に支配されていく。
二人が戦う間、俺はロミーの助太刀を無駄にしないよう立ち上がり、剣を拾い、ムスタフの攻撃に備えた。
ところがムスタフは、ロミーとミンリーの戦いを眺め嘆息していた。
「ほお、ミンリーが苦戦するか。あの娘、やりおる」
「だろ」
「……なぜお主が鼻高々になるんじゃ」
あのムスタフを苦笑いさせてしまった。でも仕方がない。ロミーが褒められて、俺が嬉しくないはずがないのだから。
事実、ロミーはミンリーを圧倒していた。どれだけミンリーが怒りを力に変えようとも、彼女の細剣がロミーに届くことはない。
ロミーは短剣を使わず、ひたすらに回避を続ける。対してミンリーは、攻撃が当たらぬことに怒りを募らせ、剣術の精細さを欠いていく。
まるでがむしゃらに網を振る子供と、ふわりふわりと空を飛ぶ蝶の戦い。
自分が圧倒されている状況が受け入れられなくなったか、ミンリーはロミーを侮辱しはじめる。
「〝英雄〟でもないくせに! 冒険者風情のはぐれ者のくせに! 私の出世の道を邪魔しないで! 私は、あんたみたいな下賤の輩に負けるような弱者じゃないの!」
息を切らしてまで侮辱的な言葉を吐き続けるミンリーは、怒りに任せて細剣を大振りした。
途端、ロミーが一気にミンリーとの距離を縮め、側近ではなく冒険者の顔で口を開く。
「戦闘中に感情的になるのは感心しません」
「はあ? 何を偉そうに――」
「師匠から教わったんです。戦闘中に感情的になった人間は負けるって」
「えっ!? い、いやっ!」
一瞬のことであった。細剣を大振りしあらわになったミンリーの脇の下と脇腹――鎧の隙間にロミーは短剣を斬り込んだのだ。
傷は浅いが、鋭い痛み。ミンリーは悲鳴を上げながら細剣を落とし、膝をつく。
脇腹から垂れる自らの血を見て、ミンリーは痛みと怒りに表情を歪めた。
「貴様ぁぁぁ!」
「終わりです」
ロミーは容赦無くミンリーの顎を蹴り上げる。その衝撃はミンリーの脳を揺らし、仰向けに倒れた彼女を気絶させた。
普段のかわいさからは想像もつかない、精密かつ苛烈な方法でミンリーとの戦いに勝利したロミー。彼女はすかさず俺の隣に立った。
「お待たせしました、ライナー様。ここからは一緒に戦いましょう」
「助かる。どうにも俺だけじゃ、あのおじさんを倒せる気がしなかったからな」
さあ、これで2対1の戦いだ。
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