5—3 サウスキアの戦い本戦:突破
俺とロミーはひたすらに駆ける。ただひたすらに馬を走らせる。
馬を走らせ、全身に感じる風の強さに違和感を抱き、俺は首をかしげた。
「なんかこの馬、速くないか?」
「アルノルト様の戦法の効果が、まだ持続しているみたいです!」
「なるほど、ありがたい」
ムスタフを討ち取るチャンスは、ウーゴの戦法が有効な間だけだ。この短時間で確実に勝負を決めなければならない現状、アルノルトの戦法は非常に助かる。
前にはほとんど敵がいない。だから俺たちは、ひたすらに馬を走らせていた。
しかし後ろには敵がいる。ヘック軍だ。ヘック軍もムスタフの危機に気づいたか、いくらかの戦人形で俺たちを追ってきた。
そんなヘック軍の戦人形たちを、氷魔法の氷柱が次々と串刺しにしていく。
腰にぶら下げた水晶からは、フヅキの元気な声が響いた。
《ライ兄! ロミ姉! 私も援護する~!》
「ありがとうフヅキ!」
フヅキの率いる魔術人形の攻撃魔法が、ヘック軍の追跡を妨害してくれたようだ。
後方はフヅキに任せ、俺たちは前だけを見よう。
味方の攻撃魔法に守られ前へと進めば、この緊急事態にムスタフを守ろうとしたのか、敵の騎士が一人でこちらに向かってきた。
敵の騎士は槍を突き出し、充分すぎるほどの殺意を俺たちに向けている。
ここでロミーが馬を加速させた。
「その敵は私がやります!」
ロミーは腰のポケットから何かを取り出すと、それを右手に敵の騎士へまっしぐら。
武器すら持たず突っ込むロミーに、敵の騎士は情けなどかけずに槍を突き出した。
半ばチキンレースだ。二人の距離はあっという間に縮まり、槍先がロミーに届くまで、あと少し。
と、ここでロミーは左手で手綱を強く握りしめ、槍先が自分の胸に到達する寸前、馬の側面にぶら下がり敵の騎士の槍をかわした。
彼女はその姿勢のまま、右手に持っていた何かを馬の鎧の隙間に潜り込ませる。
どちらも無傷のまますれ違い、敵の騎士はもう一度ロミーを攻撃するため馬を反転させた。直後、馬の鎧が弾け飛び、馬も騎士も地面に転がってしまう。
どうやらロミーは、火薬玉を馬の鎧の隙間に潜り込ませ、それを破裂させたようだ。騎士には考えつかない、冒険者らしい戦い方である。
隣に戻ってきたロミーに、俺は感謝の言葉を口にする。
「助かった」
するとロミーは、いつもの優しい微笑みを見せてくれるのだった。
これだけかっこいい優しい微笑みが、この世にあったとは。
さて、まだまだ俺たちの敵は多いらしい。今度は敵の弓矢や攻撃魔法が俺たちの頭上に迫ってきた。
空を覆い尽くさんばかりの敵の弓矢と攻撃魔法は、しかし青紫色の光の傘に阻まれ、俺たちには届かない。
光の傘が俺たちを守ると同時、水晶からはシャルの声が。
《兄上とロミーは、誰にもやらせはしませんの! わたくしの――シャルの大切な人は、絶対に守り通す!》
みんながいるというのに、少しだけ妹シャルが出てきたぞ。それだけ彼女も本気なんだな。
シャルの障壁魔法のおかげで、敵の遠距離攻撃は気にする必要がなくなった。
もちろん敵はまだいる。敵の指揮馬車に近づいた結果、ムスタフの護衛であったイズミア軍の騎士10人程度も俺たちに近づいてきたのだ。
これにはさすがのロミーも唇を噛む。
「敵の騎士が複数! 想定より多いかもです!」
「あれを突破するのは簡単じゃなさそうだな……」
こういう時こそ猪突猛進系騎士がいてくれれば助かるのだが。
なんて思っていれば、俺の隣でシルバーの長い髪が揺れた。
「護衛は任せろと言ったはずだ」
「スチア!?」
まさかの猪突猛進系騎士の登場だ。
しかし、なぜスチアがここにいるのだろうか。俺と同じ疑問をロミーが口にする。
「ぶ、部隊の指揮はどうしたんですか!?」
「全てフヅキに任せた」
「おいおい、ヤケクソか?」
「お互い様だ」
言ってくれるじゃないか。だったらスチアのヤケクソ、イズミア軍に見せつけてやれ。
「頼んだぞ、スチア!」
「どうかご無事で!」
俺たちの言葉にスチアは左手で軽く応え、槍を握りしめ敵に向かって馬を走らせる。
彼女は敵の騎士たちの中央に突撃するなり、凄まじい勢いで槍を振り回した。敵の騎士たちは風を叩き切る槍を避けるだけでも必死。彼らの意識はスチアに集中せざるを得ない。
あんなに美しく怖い猪突猛進系騎士に襲われて、敵の騎士もかわいそうに。
スチアの突撃が敵の騎士たちを切り崩し、俺たちは騎士たちを乗り越え本命へ。
朝日に照らされた丘を駆け上がれば、6頭の馬に引かれた、金色に輝く巨大な指揮馬車が見えてきた。
「いました! イズミア軍の指揮馬車です!」
ようやくだ。今までの努力が実る瞬間は、俺たちの勝利はもうすぐだ。
もうすぐだというのに、目前には大きな壁が立ちはだかっている。イズミア軍の指揮馬車の隣で、二人の〝英雄〟が俺たちを待ち構えていたのだ。
「あれは――」
「どうやらムスタフも覚悟を決めたみたいだな」
指揮馬車を降り、指揮官ではなく一人の〝英雄〟として、どっしりと仁王立ちするムスタフ。
彼の隣には、着飾った鎧姿にロールした髪をなびかせるミンリーが。
LA4の〝史実〟では、サウスキアを滅ぼし瞬く間に天下人となる領主と、その右腕となる騎士の二人だ。心なしか、どうにも二人には特別なオーラを感じてしまう。
おそらく二人は戦いの準備を整えているのだろう。となれば無理は禁物だ。俺もロミーも馬を降り、ムスタフとミンリーと睨み合う。
睨み合ったところで、ムスタフは気さくに笑った。
「グランツの倅よ、よくぞここまで来た。いやはや、あっぱれじゃ」
戦場だというのに、ムスタフは雑談でもするかのように続ける。
「大胆不敵な突破戦術、敗北の瀬戸際に勝利の道を作り出す。と言えば聞こえはいいが、実際は無謀な突撃。無謀じゃ、ただただ無謀じゃ」
なんだろう、俺たちはナメられているのだろうか。
まあいい。そっちがその気なら、こっちもテキトーに答えてやる。
「仕方ないだろ、あんた相手じゃ無謀じゃない方法での勝ち方が思いつかなかったんだ」
「ふむ、それもそうじゃな。だが、もしわしを討ち取れんかったら、どうするつもりじゃ?」
「どうしようもないさ。だから俺は、俺たちは、必ずお前をここで討ち取る」
言いながら、俺は勢い余って剣を抜いてしまった。おかげでロミーも短剣を握り、ミンリーもすかさず細剣を抜く。
ところがムスタフだけは腕を組んだまま、豪快に笑うのだった。
「そうか! そうかそうか! 面白い! 面白いぞ! お主、本当にグランツの倅か?」
楽しげなムスタフの視線に、俺は転生がバレたかと思いヒヤッとしてしまう。
そんな俺の反応をどう受け取ったのだろう。ムスタフはさらに大笑い。
対照的なのはミンリーだ。彼女は剣を構え、俺を見下し叫んだ。
「逆賊の領主! 私がいる限り、絶対にムスタフ様を討ち取らせはしないわ! あなたみたいな浅ましい人間は、ここで死ぬ運命なのよ!」
強い敵愾心と鋭い剣先が俺に向けられる。
これに応えたのはロミーだ。ロミーは俺の前に立ち、凛とした瞳を浮かべて言った。
「いいえ、ライナー様は負けません! ライナー様を死なせはしません!」
頼もしい宣言だ。
彼女の宣言を聞いて、ミンリーもようやくロミーに興味を持ったらしい。彼女は尋ねた。
「あなたは?」
「ロミー=ポートライト! 元冒険者、今はライナー様の側近です!」
「……聞いたことないわ。まさかあなた、〝英雄〟じゃないわね。フンッ、卑しい身分でよくもムスタフ様の前に立てたものだわ。それだけでも褒めてあげる」
侮辱的な目つきと言葉は、いつも通りのミンリーだな。
この程度の挑発に乗せられるロミーではない。ロミーはミンリーの言葉など気にせず、淡々と短剣を構え続けている。
さて、自己紹介はこのくらいで充分だろう。
俺は緊張感と高揚感を笑顔に変換し、剣を持つ手に力を込めた。
「戦場で活躍するのは〝英雄〟だけじゃないと、二人に見せつけてやろう」
「もちろんです!」
サウスキア滅亡イベントを回避するための、最後の戦いのはじまりだ。
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