5—2 サウスキアの戦い本戦:ヤケクソ作戦

 俺は盤面上で動く複数の赤い駒、その中のひとつ――黄色の矢印マークを背負った駒に注目する。

 一方のロミーは味方の青い駒の戦法ゲージを確認し、すぐに報告してくれた。


「シャル様の戦法とアルノルト様の戦法、発動可能になりました!」


「よし、シャルとアルノルトは即座に戦法発動だ!」


《かしこまりましたわ》


《あいよ》


 即座に発動されたシャルの戦法によって、サウスキア軍のステータスは大幅に上昇した。またアルノルトの戦法と攻撃により、ヘック軍の防御態勢の一部が崩れる。


「戦法発動、うまくいきました。これで皆さん、もう少しだけ耐えられますね」


「ああ、そうでないと困る」


 撤退するにはまだ早すぎるんだ。みんなには戦法パワーで頑張ってもらわないと。

 次に戦法を発動できるのは誰だろうか。


「俺とフヅキ、スチアの戦法ゲージは……あと少しで満杯だな」


「お二人の戦法が発動されれば、ヘック大公国軍を崩せるかもしれませんね!」


 戦法による一発逆転とは、実にゲームらしい。LA4の戦場は、まさに優れた戦法を持つ〝英雄〟たちの独壇場である。

 とはいえ、それは敵も同じなのだが。


 まさにフヅキの戦法ゲージが満杯になった、その瞬間だった。巨獣の低く荘厳な唸り声のような音が辺りに響き渡る。

 本能で恐怖を感じるほどの唸り声が消え去れば、味方部隊の駒の上に浮かぶ戦法ゲージは半分に。

 唸り声に怯え小さく丸まっていたロミーは、冷静さを取り戻し唸り声の正体を口にした。


「い、今のはムスタフの戦法です!」


「前方の複数敵部隊の戦法ゲージを半減させる戦法『獅子の号令』。これまたLA4屈指のチート戦法だな」


「ライナー様とフヅキ様の戦法をはじめ、全味方部隊の戦法、しばらく発動不可です!」


 冷静さは維持しているが、ロミーの声は少し震えていた。

 当然だ。恐ろしいを唸り声を浴びせられ、戦法発動直前で戦法ゲージを半減させられれば、誰だって声を震わせる。LA4のプレイ中に『獅子の号令』で苦しめられキーボードクラッシャーと化したLA4プレイヤーもたくさんいるだろう。

 必ず『獅子の号令』が来ると覚悟していた俺も、実際にやられるとキツいものだ。本物の『獅子の号令』は精神的ダメージまで敵に与えるとは、ちょっと想定外である。


 ただし、怯んでいる場合ではない。これを機にイズミア軍本隊は積極的な攻勢に出たらしく、嫌な報告が連続した。


「イズミア軍本隊、騎馬人形を先頭に突撃を開始!」


《ミンリーが『闇夜の罠』を使ってきたよ~。わたしたち、しばらく動けないよ~》


《他の敵部隊も戦法を発動してきたな。ったく、勘弁してほしいぜ》


 状況は最悪を超え、絶望的だ。

 前線で戦うシャルは、いよいよ現実を突きつけた。


《イズミア軍本隊の接近のおかげか、ヘック大公国軍が持ち直していますの。兄上とフヅキちゃんの戦法が使えないとなれば、残念ながら包囲突破は不可能ですわ》


 敵の弱点であるヘック軍を突破し包囲を食い破る。その道は完全に閉ざされた。

 おそらくムスタフは俺がヘック軍を狙い包囲を食い破ろうとしているのを見破っていたのだろう。俺の狙いを逆手に取り、ヘック軍を餌にして俺たちを城壁の外に引っ張り出したのだろう。

 俺たちはムスタフの思惑通りに動いた。だからこそ水晶に紛れたミンリーの言葉は、喜びと嘲笑に溢れていた。


《逆賊の領主! これでわかったわね! 調子に乗って城壁を越えたあなたの負けよ! あなたごときではムスタフ様には勝てないのよ!》


 甲高い笑い声が転がり、指揮馬車の外からはイズミア軍の戦人形たちの雄叫びが轟く。

 もはや俺たちの負けは確定し、イズミア軍は早くも勝利に沸いているみたいだ。


――まあ、ここまでは上出来だな。


 盤面を眺めた俺は、思わず笑みを浮かべてしまった。

 水晶からはシャルの楽しげな声が聞こえてくる。


《さて兄上、ここからが本命の突破のはじまりですの》


 そんなシャルに続いたのは、飄々とした口調のアルノルト。


《安心しやがれ。やれるだけのことはやってやる。陛下よ、そろそろ出番だぜ》


 続けて、スチアの鋭い言葉が切り込んできた。


《護衛は任せろ》


 打って変わって、今度はフヅキの無邪気な声が響き渡る。


《フッフッフ、全てはライ兄の作戦通りなのだ!》


 絶望的な状況で、なおも俺を信じ続けてくれているみんなの言葉。

 水晶からの声に続いたのは、短剣を腰にぶら下げ、勢いよく立ち上がったロミーである。


「準備は万全です! いつでも行けますよ!」


 頼もしい側近だ。ロミーと一緒なら、俺はこの戦いに負ける気がしない。


「じゃ、本当のヤケクソ作戦開始だ」


 この世界に転生した最初の日、はじめてサウスキア滅亡イベントを回避しようと決めたあの日、俺はすでに勝利のための楔を打ち込んでいたのだ。

 今こそ楔の効果が発揮される時である。


 俺は盤面上、黄色の矢印マークを背負った赤い駒、『ウーゴ=チュニ』と書かれた駒に人差し指を当てた。


「ウーゴ、事前の指示通りによくやってくれた。さあ、今がその時だ!」


《ははっ! 全てはサウスキアのために!》


 黄色の矢印マークに触れれば、ウーゴの威勢の良い声とともに、ウーゴの部隊が青い駒――サウスキア軍の一員に姿を変えた。


「ウーゴ様の部隊、イズミア軍を離反しました!」


 ロミーの報告を聞いて、俺は心の中でガッツポーズを決める。


 転生初日、撤退するサウスキア軍本隊との別れ際、俺はウーゴに1枚の紙切れを渡しておいた。紙切れに書かれていたのは『軍内に裏切り者が出れば彼らと行動を共にし、イズミアに協力を申し出、以降は軍勢を率い可能な限りムスタフの本隊の近くに構え、俺の合図でイズミアから離反しろ』という内容の文章だ。


 いつか必ず、最高のタイミングで使う俺の切り札、それがウーゴだったのである。

 ウーゴはそれを完璧に成し遂げてくれた。イズミア軍本隊の背後を軍勢を率いて駆けていたウーゴは、俺の合図と共にサウスキア軍に戻り、イズミア軍本隊を攻撃してくれたのだ。

 もちろんイズミア軍本隊は驚き、水晶からは怒りを隠そうともしないミンリーの声が聞こえてくる。


《何事っ!? あの凡将、背後から攻撃してきた!? フンッ! せっかくムスタフ様が降伏を受け入れてやったというのに、恩知らずめ! ムスタフ様! すぐさま――》


 まったくどうして、ミンリーは俺の狙い通りの焦り方をしている。

 俺がウーゴを切り札に選んだ理由は単純。ウーゴは絵に描いたようなモブ英雄だからだ。あまりにモブすぎて誰の眼中にもない彼は、隠された切り札に最適の人材だったのだ。


 とはいえ、ウーゴを切り札に選んだ理由はそれだけではないのだが。

 イズミア軍の一員であったがゆえに戦法ゲージが満杯のウーゴ部隊に対し、俺はすぐさま指示を出す。


「ウーゴ! 戦法『功の誘い』を発動しろ!」


《承知!》


 次の瞬間、ウーゴ部隊から赤い霧が飛び出る。赤い霧はイズミア軍本隊の戦人形たちに絡みつき、彼らの頭の中へ染み込んでいった。するとイズミア軍本隊の戦人形たちは、突如として進路を変え、ウーゴ部隊めがけて走り出す。

 さらにはイズミア軍本隊の周囲にいたイズミア連合軍までもが赤い霧に囚われ、ウーゴの部隊を一斉に追いはじめた。

 俺がウーゴの駒を北に動かせば、イズミア軍の駒もぞろぞろと北へ引きずり込まれていく。


 これこそが戦法『功の誘い』の効果だ。『功の誘い』は、敵部隊を一定時間引きつけるという、なかなかに便利なものなのだ。


 たった一人のモブの活躍に、ロミーはパッと表情を明るくさせ報告してくれた。


「敵部隊の戦人形、ウーゴ様の戦法に誘われ北に向かいはじめました!」


「ムスタフは?」


「敵の指揮馬車と英雄たちは突撃を続行しています!」


「よし!」


 敵の総大将であるムスタフが、俺たちの目前で孤立した。

 これこそが俺の狙いだ。最初から俺は、この状況を作るためにヘック軍への攻撃をはじめたんだ。俺はヘック軍を攻撃し、わざとムスタフの餌に釣られることで、逆にムスタフを俺という餌で釣り上げたんだ。


 必死に作り上げた滅亡イベント回避の最初で最後のチャンスである。俺は剣を手に取り立ち上がった。


「行くぞロミー!」


「はい!」


 俺とロミーは完全武装で指揮馬車を飛び出し、東の山脈から昇る朝日に照らされながら、傍に控えていた馬に跨った。

 護衛もほとんどつけず、俺とロミーは二人、馬を走らせる。目的地は当然、ムスタフが乗る孤立した敵軍の指揮馬車だ。

 無謀、下策、向こう見ず――なんとでも言えばいい。これが俺の編み出したヤケクソ作戦なのだ。

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