第5章 逆賊の意地
5—1 サウスキアの戦い本戦:突撃
サウスキア軍のほぼ全軍を引き連れ、俺は城壁を飛び出しヘック大公国軍に襲いかかった。
戦意が低いヘック軍はまさしくイズミア連合軍の包囲網の弱点である。それはムスタフも気づいていたか、イズミア軍本隊の援軍がヘック軍のもとに向かいはじめた。
――援軍が到着する前に、ヘック軍に突破を仕掛けないと。
そう考え、俺はサウスキアの攻勢な可能なほぼ全軍をヘック軍にぶつけたのだ。
太陽は東の果て。篝火だけが揺らぐ暗い戦場には、戦人形たちが地面を揺らす音だけが不気味に轟いている。
作戦の範疇とはいえ、半ば焦ってはじめた戦闘。不安を胸にしながら、俺は指揮馬車の見晴し台に登り、魔法によって夜でも昼のような景色を見られる双眼鏡を使って戦場を眺めた。
最前線では、銀色の鎧と白のマント、シルバーの長い髪を揺らし、槍を振るうスチアを先頭に、サウスキアの騎馬人形隊がヘックの戦人形の戦列に飛び込んでいる。ヘックの戦人形はまともに戦うこともせず、ただただ槍に貫かれていくばかりだ。
戦場を眺める傍ら、盤面を見つめるロミーの報告が聞こえてくる。
「スチア様の突撃でヘック大公国軍は混乱しています!」
「なんとか奇襲は決まったみたいだな」
「はい! フヅキさんの偽情報による戦意の低下、連日の夜襲による統制の低下が効果を発揮したみたいです! あの素人冒険者たちの偽情報拡散も、それなりの成果があったみたいですね! でも――」
盤面を見る限り、とてもじゃないが喜べる状況ではなかった。
スチアの騎馬人形隊に続いた部隊を率いるシャル、フヅキ、アルノルトからも、突撃成功をを霞ませる報告が上がってくる。
《兄上、イズミアの本隊が動き出しましたわ。大軍がこちらに向かってきますの》
《い~っぱい来たよ~! 羊さんの群れみた~い!》
《ヤツら、ここで俺たちを潰して戦を終わらせるつもりなんだろうぜ》
みんなの言う通りだ。俺たちがヘック軍に攻撃を仕掛けた途端、イズミア軍本隊をはじめとした敵の全軍がこちらに向かってワラワラと動き出した。
間違いなく、俺たちは罠にハマったのだ。俺たちはヘック軍という餌に釣られ、イズミア軍に包囲されようとしているのだ。
――普通だったら、もう勝ち目はない。だが俺は負けない。
この程度で諦めてしまっていたら、兵力差7倍は覆せないだろう。サウスキア滅亡イベントの回避など、絶対に不可能だろう。
俺は水晶を手に取り、ヤケクソ指示を出した。
「構うな! 今は目の前の敵に集中しろ! イズミアの弱点を徹底的に叩くんだ!」
罠にハマったところで、当初の目的に変更を加える必要はないのだ。
ヤケクソ指示が全軍に伝わって、シャルたちもヤケクソな戦いをはじめた。スチアの騎馬人形隊は突撃を繰り返し、シャルの盾人形隊と槍人形隊は長槍を振り回し、フヅキの魔術人形隊は攻撃魔法を散らし、アルノルトの剣人形隊は遊軍として暴れ、俺の弓人形隊は矢をばら撒く。
勢いだけの闇雲な戦いは、しかし相手の想定外の攻撃であったらしく、ヘック軍が混乱から立ち直るのを遅れさせるのに成功した。
じりじりと後退していくヘック軍を前に、俺たちは攻撃の手を緩めない。
けれどもヤケクソな戦闘がはじまって十数分が経った頃か。ヘック軍の後退がぴたりと止まった。と同時に敵は盾人形を並べ防御態勢を整え、さらには攻撃魔法を撃ち込んできた。
暗闇に浮かぶ火球に包まれ、サウスキアの戦人形数体が吹き飛び、残骸となって地上に降り注ぐ。そんな光景を眺める俺の耳に、ロミーの報告が届いた。
「イズミア軍の援軍が到着! ヘック大公国軍の反撃も強まっています!」
援軍到着前のヘック軍突破は失敗したようだ。
――もうヤケクソ攻撃じゃ無駄な損害を被るだけだな。
攻勢を続けることへの限界を感じ、俺はシャルたちに次の指示を出す。
「全軍! そろそろ防御態勢を取れ!」
《わかりましたの。フフ、この程度なら、まだまだ耐えられますわ》
《さっすがシャル姉! スチ姉、わたしたちも頑張ろ!》
《ああ》
《ったく、元気なお嬢ちゃんたちだぜ》
短期での突破の失敗、ほぼ確定した敗北、にもかかわらず俺は撤退命令を出さない。この最悪の状況で、シャルたちはいつも通りの明るい雰囲気を崩そうとはしなかった。
それは俺への信頼の証なのだろうか。もしそうだとしたら、俺はみんなの信頼に応えたい。だからみんなには、もう少しだけ耐えてもらわないと。
唇を強く噛んだ俺は、みんなが無事でいてくれるのを願い、双眼鏡を西に向けた。
街道と街道の間に横たわった、雄大な山脈の端に位置する丘陵。闇から群青、群青からオレンジ色へと変わりゆく暁の空のもと、イズミア伯領の旗をひるがえした戦人形の大軍勢が、その丘陵を駆けている。
「来たな、ムスタフ」
「盤面上にもイズミア軍本隊が出現しました!」
サウスキア滅亡イベントにおけるラスボスの登場だ。
俺は気を引き締め、見晴し台を後にし、ゲーム画面を前にしたように盤面を眺めた。
直後だ。水晶からどこか気取った女性の声が聞こえてくる。
《久しぶりね、逆賊の領主!》
「この声は……ウェン=ミンリーです!」
またしても敵からの通信だ。ホント、水晶のセキュリティーが心配になってきたぞ。
水晶の向こうのミンリーは、相も変わらず一部のLA4プレイヤーを喜ばせる、蔑んだような口調で言うのだった。
《あらあら? あなたたち、防御に徹しているの? もしかして、逃げるのは恥だとか思っちゃってる? フンッ、逆賊もバカばっかりね》
直球の悪口にイラッとしながらも、本物のボイス付きミンリーの悪口に少しだけ興奮してしまったのは内緒にしておこう。
ゲーム内の彼女のキャラを考えれば、おそらくミンリーは俺たちを見下したいだけ。
だからこそ俺はミンリーを無視し、シャルたちに声をかけた。
「安い挑発だな。こんな挑発で俺たちを――」
「ライナー様をバカ呼ばわりだなんて、許せません!」
《兄上を侮辱したこと、死ぬまで後悔させてやりますわ》
《バカって言う方がバカなんだぞ!》
「お、お前ら!? 擁護してくれるのは嬉しいけど、挑発には乗るなよ!」
みんな口調が本気だったけど、大丈夫かな……。
いやいや、今は目の前の戦闘に集中だ。
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